04-13 大人の駆け引き♡ その③
*
ファムがくるかもしれない。そう思うとヘルメスは脈拍は激しく波打った。ブラックハットによれば、ファムはガレキの城と通じている可能性が高いらしい……
ガレキの城との繋がりを確かめる策などヘルメスには思いつかない。迂闊に動いて下手を打てば、セタンタやファムと戦うことになりかねない。セタンタは武術の達人でジンリンに並ぶ強さを持つ魔物のはずだし、ファムはジンリンが『絶対に戦うな』と忠告するほどの魔術の使い手だ。
おれひとりじゃダメだ。ステラを呼ばないと……
そう思った時には転送魔方陣の光のなかから二人の来訪者が現れた。ひとりはマントを羽織った少年……武術の達人というイメージから筋肉質な巨漢をイメージしていたが、目の前の彼は背が低くかわいらしい顔をしている。おそらくこの少年がセタンタだろう。
そしてもう一人は眼鏡の秘書めいた美女――魔物あっせん所職員ファム・ヴァージであった。
*
「ん……?」
なんだか頭がぼうっとする。おれは何をしていたんだっけ。としばし考え、ヘルメスは思い出した。
セタンタがダンジョンにやってきたのだった。
名前を持たぬ“彼”は転送魔方陣の中央でひとり座禅を組んでいる。瞑想をしているようだ。寝ている可能性もあるが……
彼の”名づけ”をしなければ。だが彼は武術の達人。交渉を有利に進めるにはたぶん相応の武力が必要な気がする。
おれひとりじゃダメだ。ステラを呼ばないと……
「ブラックハットさん、おれ、ちょっとステラを呼びます」
「え、あ……? わかりました」
言うや早いやヘルメスはリンクの指環を使ってステラに念話を送る。ステラが横にいればなんとかなる。 戦いも交渉もステラさえいれば。
(ステラ……! 魔法陣の部屋に来てくれ。セタンタが届いたんだけど、おれだけじゃ不安なんだ)
(……)
(どうしたんだ?)
返事が無い。居眠りでもしているのだろうか。しかしステラはオネストの相手をしているはずだ。たしかにステラは常識に欠けるところがあるが、来客の前で居眠りなどするだろうか……?
(おい! ステラ! 寝てる場合じゃねえ! 起きろ!)
再度呼びかけてみたが、ステラからの返事はない。ひょっとしたらリンクの指環の故障かもしれないと思い至ったヘルメスは、転送魔法陣の扉から身を乗り出して、指令室に向かって大声で叫んだ。
「おーい! ステラー! 来てくれー!!」
……。
沈黙。胸騒ぎがし、ヘルメスが駆けだしそうになったその時、 ぎい。 と指令室の扉が開いた。
指令室から出てきた人物はステラではなくオネストだ。なんだか挙動がおかしい。
いつものような落ちつきが全くなく、おどおどしているのだ。加えて上半身裸だった。スーツ姿の時はスマートな印象のオネストだが、スーツを脱いだ姿は一転野性的な印象だ。
問題はステラと2人きりだったはずのオネストが、なんで半裸なのかということだった。
「オ、オネストさん!」
「ヘ、ヘルメスさん。ちょいとまずいことになりやした」
ステラの身になにかあったのだ。ヘルメスは指令室までのダッシュで向かった。 セタンタのことを忘れたわけではないが、それよりステラのことが心配だった。
「なにがあったんです」
オネストに尋ねながら、指令室の中を覗き込み、唖然とした。 指令室は原型をとどめていなかった。天井を飾っていた豪奢なシャンデリアは床に落ち、破片をそこら中に飛び散らせているし、蝋燭の灯が床の絨毯に落ちて、赤い炎がそこここでちろちろと光っていた。部屋の中央に配置したテーブルや椅子は粉々、テーブルの上に置いた水晶玉は真っ二つ。
ステラは真っ赤な絨毯の上に横たわっていた。身に付けていたはずの白いドレスは、なぜか身につけていなかった。つまりステラは全裸で、ピクリとも動かずに沈黙しているのだった。
オネストとステラの間で何があったかは知らない。しかしステラは全裸でしかも動かなくて、部屋にはステラとオネストしかいないからつまりステラはオネストに危害を加えられたと考えるのが自然で……!
「何をしたんだ!! あんたは!」
頭の中の思考回路が高速で回転し、思考の混沌状態に陥ったのもつかの間、ヘルメスの中で何かがキレた。気が付くとオネストに向かって殴りかかっていた。
突き出した拳に硬い感触が伝わり、オネストの頬がゆっくりと歪んでいく。そのまま拳を振りきると、オネストは指令室の壁まで吹っ飛んで行った。
*
「というわけでやして、ステラさんはちょっと寝ているだけなんです。あっしが危害を加えたわけじゃあねえ。あくまで“四次元刀剣術”の訓練をしてただけです。いろいろ話しているうちに訓練の流れになりやしてね。くれぐれも誤解しないでいただきたいんでやすが、ステラさんが服を着てないのはあっしの仕業じゃねえ。ステラさんの服が、ステラさんの動きについていけずに破れてしまったんです。
あっしとステラさんには大きなステータスの差がありやした。だからステラさん『下剋上』を使ったんでさ。そんであっしとほぼ同じレベルの動きをした結果、ステラさんの身体も、服もボロボロになっちまったんでやす。
それにあっしはロリコン伯爵です。幼女以外に欲情したりしやせん。あっしにはカミさんも娘もいたんです。女房はかつて幼女でしたが娘が生まれたころにはすっかり幼女じゃなくなっちまいまして、今度は娘があっしの欲情の対象になっちまいました。いけねえいけねえとわかっていてもどうしょうもねえ。こんなんじゃ家庭は持てねえ、てなわけで女房とは別れたんです。それきり娘にも会えてねえ! 家庭も顧みぬ筋金入りの変態なんですよ、あっしは! ですからステラさんみたいな美女には決して欲情したりしやせん! 信じてくだせえ!」
必死で弁明するオネストに、ヘルメスは怒りと哀れみの籠った視線を向けていた。そして、
「信じますよ。殴ってしまってすいませんでした」
と言った。オネストを思いっきりぶん殴ってしまったヘルメス。だがよくよく考えれてみればレベルカンストのオネストが自分のヘナチョコパンチを躱せないはずがない。つまりオネストはあえて殴られたのだ。殴らせ、ヘルメスの頭を冷やすために。
たしかにそうでなければオネストの弁明を聞く気にはならなかっただろう。戦闘能力の高いオネストが誤解を解こうと必死で弁明する姿は正直みっともなかった。しかしみっともないからこそ必死さが伝わり、ヘルメスはオネストのことを信じる気になったのだった。
オネストによれば、ステラはオネストに『四次元刀剣術』の教えを請うたのだという。しかしオネストとステラではレベル差がありすぎて訓練にならなかった。だからステラは無理をした。『下剋上』スキルを使いオネストと同レベルまでに自分の能力値を上げたのだ。そして限界を超える動きをして、装備品がレベル差に耐えられず破損し意識を失ってしまった……そういうことらしかった。
「すいやせん。まさかこんなことになるなんて!!」
そう言うとオネストは深々と頭を下げ謝罪した。
「いえ、いいんですよ。頭を上げてください」
ヘルメスはオネストを許した。
「済んでしまったことをぐちぐちと追及する気はおれにはありませんよ。おれがオネストさんを殴ったことで、この件はもう終わり。オネストさんが罪悪感を感じる必要なんてないんですよ。むしろオネストさんは悪くないとさえ思っています。ステラが相手をするには強すぎたってだけで」
とまあ。ヘルメスはオネストに免罪符を渡したわけだけれど、果たして、それだけで彼の罪悪感が消えるわけではない。オネストはステラに対して罪悪感を覚えているのだから、オネストを許してやれるのは、ステラだけだ。
だからヘルメスは、
「なんて。ステラならそう言ってオネストさんを許すと思いますよ」
とつけ加えた。
「ヘルメスさん……すいやせん」
とオネストの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。ともかくこの話はもう終わりにしなければならない。いつまでもこんなやりとりを続けていたら、ただでさえ不機嫌そうな“彼”の怒りが爆発してしまうかもしれない。
ヘルメスは笑顔をつくって「もういいですよ」と無言の合図をオネストに送ると、8メートル先、転送魔方陣の部屋の前で仁王立ちしている“彼”に視線を送り、声を掛けた。
「お待たせしてすまねえな。いろいろと取りこんでてさ」
「……」
案の定の沈黙に、ヘルメスは困惑する。ダンジョンに転移してきてからというもの、一言も口を開いていない“彼”は、おそらく怒っているのだろう。
“セタンタ”。
“彼”はそう呼ばれる魔物の一体である。名前はまだない。今はまだ。
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