04-12 大人の駆け引き♡ その②




「あんな奇襲を受けて生き残れたのは……運がよかったですね」


 転移回線が遮断され、光を失った転送魔法陣に、端末デバイスのコードをとりつけながらブラック・ハットが言った。


 たしかにドッペルデビルたちの奇襲は脅威だった。ただ運がよかったという言葉で片付けられては、命を落としたジンリンが浮かばれない。ヘルメスが生き残れたのはジンリンが勝ってくれたからだ。その命と引き換えに……ヘルメスはむっとしていたが態度には出さないように努めた。


「しかしガレキの城もおかしなことをする。奇襲でびっくりさせたい気持ちはわかるんですけどね。これ『戦力の逐次投入ちくじとうにゅう』じゃないですか。最低限目標を達成できるだけの兵力を投入しなかったらそりゃあ勝てませんよ。返り討ちにされるだけですよね」


 ヘルメスは「ちがう」と言いたかったが堪えた。ブラックハットの意見はまっとうな正論なのだが、バター男爵だって、グリフォノイドロードだってドッペルデビルだって、ガレキの城の

侵入者たちは皆強敵だった。全滅してもおかしくない侵入者たちをステラとジンリンが命賭けで戦って撃退したのだ。


 それを『戦力の逐次投入』の一言で片づけられてしまっては、彼女らの奮闘が報われない。ジンリンなんて命を……。ヘルメスはなんとも言えないやるせなさを味わっていた。


「全く以って意味がわからない。ガレキの城はたった2体を送り込んだところで、返り討ちに逢うだけって計算ができないんだろうね」


 ブラック・ハットは、戦争を数字で考え、語る男だ。グリフォノイドロードやドッペルデビルが如何に強大な力を持っていようとも、彼の頭の中では『2体』という数字でしかないのだ。そしてその『2体』と戦って死んだジンリンも、きっと彼の頭の中では『1体』という数字に過ぎないのだろう。


 『1体』の犠牲で『2体』を倒した。大いに結構じゃないですか。こちらの犠牲を上回る損害をガレキの城に与え続ければ、いつかはガレキの城に勝てますよ。


 ブラックハットはそのうちそんな事を口にしそうな予感がして、ヘルメスはため息を吐いた。  


「その話はもうやめてくれませんか」


 そして懇願するように話を打ち切った。


 これ以上バアルを軽んじる発言を聞くと、『ひょっとしておれの方がバアルよりも有能なんじゃね?』と思ってしまいそうだ。


 ジンリンが死んでわかった。バアルを甘く見てはいけない。バアル相手に慢心したらきっとみんな死ぬことになるだろう。


 だからこれ以上ブラック・ハットの話を聞きたくはなかった。


 話を打ち切られたブラック・ハットは、つまらなそうに肩をすくめると、手に持った端末デバイスと向き合った。


 ブラック・ハットの端末デバイスは、指令室の水晶玉を長方形にしたような代物だ。透明なガラス板に見えるそれは様々な情報を映し出す画面モニターで、表面をタッチすることで操作するらしい。少なくともヘルメスにはそう見えた。


 端末デバイスの画面を覗きこんでみる。細かい文字や色鮮やかな図面が浮かび上がっている。ということはわかるが、文字や図面が何を意味しているかまではわからなかった。


端末デバイスに興味がおありですか?」


 ヘルメスが神妙な顔をしていると、ブラック・ハットがにこりと笑いながら言った。この人はよく喋る。ちょっとでもきっかけがあればすぐに話しかけてくるのだ。


「……え、いや。端末デバイスに興味はないですが、ブラック・ハットさんが何をやっているのかは気になります」


 しどろもどろながらも正直に応えた。すると、


「転移回線のクラッキング痕を調べてるんですよ。どこのだれがどんなプロセスで、このダンジョンの転移回線ネットワークに侵入したのかを明らかにしているんです。原因をちゃんと解明しないと効果的な対策はできないですからね」


「へえ」


 ヘルメスは相槌を打ちながら感心した。ブラック・ハットの言葉に、はじめて好ましいものを感じた。なんというかプロの心意気のようなものを感じたからだ。


「で、ですね。気になることがあるんですが、ちょいと質問していいですか」


「あ、はい」


「このダンジョンにで転移してきた人はいますか? オネストさんと私以外で」  


「グリフォノイドロードと、ドッペルデビル」


 真っ先に思いついたのはその2体だ。


「他には」


 他に誰がいたっけか。ヘルメスは記憶を辿り、そして思い出した、


「魔物あっせん所のファムさんと、ジンリン」


「ん、ファムって“あの”ファム・ヴァージですか?」


 ブラックハットが驚きの表情をみせたので、ヘルメスは少し戸惑った。ファムはジンリンに『絶対に戦うな』と言わしめた強者だが、業界ではかなり有名な人なのかもしれなかった。


「そうです。ほらこれファムさんにもらった名刺です」


 ヘルメスは胸ポケットに入れていたファムの名刺をブラックハットに見せた。


「そうか……たぶん、そういうことだ」


「どういうことなんです?」


 ヘルメスが聞くとブラックハットは苦々しく笑った。


「いや、ね。ダンジョンの転移回線ネットワークをクラッキングするなんて、そもそも不可能なんですよ。長い年月をかけて作られたセキュリティを突破するなんて出来るわけがない。だからこのダンジョンがクラッキングされたって通報を受けた時、嘘だろって思ったんです。で、調べてみたわけですが、やっぱり転移回線自体には異常がなかった」


「はあ?」


 わけがわからない。転移回線に異常がないならなぜドッペルデビルとグリフォノイドロードが転移魔方陣から侵入することができたのか。


「私には原因がなんとなくわかりました。このダンジョンには何者かの手によって“直通転移回線ホットライン”が敷かれているんですよ」


「ホットライン……?」


転移回線ネットワークの抜け道です。セキュリティの壁に力づくで空間魔法の穴を開けられちゃってるんですよ、このダンジョンは。ドッペルデビルたちはその抜け穴を通ってこのダンジョンに転移して来たんです」


 ブラックハットはそう断言すると、


「おそらくファムが転移の抜け穴を開けたんでしょう。そのファムって人、転移魔法陣を使わずにどこかに転移したりしませんでしたか?」


 ヘルメスの脳裏に、つい先日の光景が思い浮かんだ。ジンリンを送り届けてくれた魔物あっせん所職員のファムさん。


 ファムさんはたしかに『転移~、ワープ、瞬間移動~! ほい! ほい! ほい!』と壊滅的にダサい呪文を唱えて姿を消していった!


「たしかに、変な呪文を唱えて転移してました……だけどブラックハットさん。それだとまるでファムさんがバアルの仲間みたいじゃないですか。おれのダンジョンに魔物あっせん所の職員として侵入してホットラインとやらを設置していったみたいじゃないですか」


「断言はしていませんよ。その可能性が高い、と言っているだけで。まあ中立であるはずの魔物あっせん所の職員がガレキの城に加担していたとなれば、あっせん所の中立性は失われ企業の評判は地に堕ちる……異世界企業全体を揺るがす大スキャンダルですよ」


「そんな」


 にわかに信じられない話だった。ファムはジンリンをちゃんと送り届けてくれた。もしファムがバアルと通じていると言うのなら、ヘルメスに戦力ジンリンを与えるのはおかしいし、出会ったその場でヘルメスを殺すという選択肢もあったはずだ。ファムはそれをしなかった。表面的には魔物あっせん所の務めを果たして帰った。


 ファムを信じたい気持ちはある。


 しかし、なぜ転移魔方陣を使わずに呪文を唱えて帰る必要があったのか……ブラックハットに指摘されなければ気が付かなかった違和感がヘルメスの中で大きくなっていく。


「ふむ。しかし、このダンジョンとガレキの城の間に、直通転移回線ホットラインを繋げることができるとしたらファムで間違いないですよ……」


「そ、そうですか」


「まあ怪しいと思ったら用心しておくのが危機管理の基本。もし彼女がこのダンジョンを訪れることがあったら、警戒した方がいい」


 警戒した方がいい。と言われても。とヘルメスは思った。


 ファムをこれ以上ダンジョンに干渉させるなという意味なのだろうが、空間を自在に転移する魔術師相手に有効な対策はほとんどない。


 現状で思いつく対策は1つだけだ。


 すなわちやられる前にやれ。


 魔術は強力だが発動までに時間がかかる。ならばファムが魔術を使う前に――


 そこでヘルメスは自分の考えにぞっとした。


 なんてことを考えてるんだ、おれは。


 敵だと確定したわけでもないのに、ファムを殺す算段を整えていた自分が恐ろしい。ヘルメスは顔をしかめて閉口した。


「どうかしました? ボーっとして」


 ブラックハットの声に、「い、いえ。なんでもありません」と返しながらも、ヘルメスは自分自身の考えに戸惑っていた。ダンジョンマスターとして経験を積むほどに自分は変わってしまう。成長している、と言えるかもしれないが、もしかしたら大事な何かを捨てているだけなのかもしれない。


 そんなヘルメスの不穏な心情など知らないブラックハットは、


「きっとお疲れなのでしょうね……」


 と、ありふれた台詞で斟酌しんしゃくしそれから、


「まあ、いい。とりあえず、私の仕事は終わりました。ガレキの城とのホットラインは閉鎖しましたし、ファムへの対策として、転移魔術を3回だけ無効化する特殊なネットワークセキュリティーを設置しました。ひとまずはご安心ください」


 と仕事の報告をした。ブラックハットの言葉がセンチメンタリズムに浸りかけたヘルメスの嗜好を一気に現実へと引き戻していく。


 この人、仕事メチャクチャ早いな。


 作業を開始してからおそらく10分と経過していないはずだ。ブラックハットの迅速すぎる対応に驚嘆しつつも、ヘルメスの脳裏に疑問が1つ湧いた。


「ありがとうございます。ところで、なぜ転移魔術のセキュリティに3回の回数制限を設定したんですか?」


 転移魔術無効。敵の転移魔術を封じる強力なセキュリティーだ、3回といわず無制限に無効化すればいいのでは……とヘルメスは思ったのだ。


「えーっと、このダンジョンの将来のためですかね。敵だけでなく味方の転移魔法も無効化してしまうんです。いずれヘルメスさんのダンジョンにも転移魔法の使い手が所属するかもしれません。その時転移魔法が使えなかったら困るでしょう。ですから無効化に回数制限を設けさせていただきました」


 なるほど。確かにブラックハットの言う通り、長い目で見れば転移魔法は使えた方がいいのかもしれない。と、そこまで考えてヘルメスは気がついてしまった。  


 ――つまりこれって。ファムさんが転移魔法を3回唱えるまでにおれたちの手であの人を“何とか”しろってことか。


 “何とか”とは、すなわちファムの正体を暴きシロクロハッキリさせることだ。シロならこれまで通りの付き合いを続ければいい。


 しかしクロなら。つまりファムがバアルと繋がっているならば、ファムと戦い――そして殺すということか。


 ヘルメスは回数制限の裏に隠れたブラックハットの思惟を読みとってしまった。 まっとうな仕事の裏にどす黒い思惟を塗りこめる。きっとこれが大人のやり方なのだ。


「……えげつないですね」


 思わず口を衝いて出たぼやきに、ブラックハットはにやっと笑った。


「何のことですかな。私はセキュリティを強化しただけですよ?」


 ファムを殺す算段を暗に整えておいて、よくもぬけぬけと。と思ったが、口には出さなかった。口論を仕掛けたところでとぼけられるのが目に見えていたからだ。その代わりとばかりに、


「あなたはなぜ、おれたちに協力してくれるんです?」


 と尋ねてみる。ブラックハットは苦笑し、


「決まってるじゃないですか、――これが私の仕事だからですよ」


 とだけ答えた。重々しい口調には明確なピリオドを感じ取ったヘルメスは、それ以上ブラックハットを追及することができなかった。ただ「そうですか」とだけ応じた。大人は肝心なことに何も応えてくれない。ブラックハットの背後に何者かの思惟が働いているのはわかるが、具体的なことは何1つとして明らかになっていない。


 バカにしやがってと思う反面、しかしどうしたらいいのかわからず、ヘルメスは口を閉ざした。


 その時だった。


 光を失っていたはずの転移魔法陣が突如輝きを取り戻し、床から吹き上げる光が薄暗かった部屋を照らした。あまりの眩さにヘルメスは思わず「うわ!」と驚きの声を上げてしまった。


「びっくりした。急に光ったから」


「復旧したダンジョンの転移回線ネットワークが動き出したんですよ。ネットワークを切断したままでは、注文したものが届かず不便ですからね」


「なるほど。じゃあ魔方陣が光ってるのは、注文した物が届くってことですね」


 現在ヘルメスが外部に注文しているモノは2つ。


 1つは死体屋に注文した、老婆の死体。


 もう1つは魔物斡旋所に注文した魔物、――武人セタンタだ。


  老婆の死体が届くのならば何も問題ない。ジンリンの新しい肉体として注文したものだがもう必要なくなった……速やかにポイントに変換すればいい。


 問題はセタンタが届いた場合だった。セタンタが無事に仲間になってくれるのか。という心配もある。


 それより心配なのがセタンタに同行しているであろう魔物あっせん所職員――ファム・ヴァージ──ガレキの城のスパイの容疑者と相まみえることだった。

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