04-11 大人の駆け引き♡ その①



 ヘルメスとブラックハットが部屋出て行った。パタン。と扉が閉まり、指令室はオネストとステラの二人きりとなった。



「いやあ、ステラさんのような美しい魔物と一緒にいると、なんだか落ち着かねえですな」


 ポリポリと頭を掻きながら、照れ臭そうにオネストが言った。


「……」


 ステラはオネストにじとりとした視線を突きさしながら無言を返した。オネストの様子は明らかにおかしい。服は乱れているし、ズラはズレているし、なによりヘルメスの「なにがあったんですか」の問いをオネストははぐらかした。

 

 つまりオネストにはということだ。


 ではその事情とは何か? オネストはなにを隠している?


 ステラはオネストたちがヘルメスの髪の毛をかき集めているうちに思考を巡らせ、説得力ある1つの仮説に辿りついていた。すなわち、


 ――オネストはガレキの城に行っていたのではないか?


 そう考えるとオネストが負傷の理由を明かさないことに一応の説明はつく。ヘルメスにガレキの城との接触がバレれば、地獄の一丁目銀行の信用は地に落ちる。借金を返し終えたら銀行とヘルメスの取引は二度となくなるだろう。だからオネストは何があったのかを語らなかったのではないか?


 無論、ただのカンであり確証はない。でも確かめておきたい。


 もしオネストがガレキの城のスパイなら、こちらの情報を漏らされる前に。……このダンジョンで最強の銀行員オネストをどうにかできる魔物は〈下克上〉を持つステラに置いて他はない。勝ち目は万にひとつもないだろう……しかしゼロではない……はずだ。


 だからステラはオネストと2人きりになったのであった。


 さてどうやって確かめようか? などと考えていると、オネストがにっこり笑いながら、口を開いた。


「そういえばステラさんは気分が悪かったんですな。ガレキの城の隣じゃあ気が休まる暇もないでしょう。あっしに構わず、椅子に腰かけて休んでくだせえ」


 ステラの身体のことを案じる優しい口調に胸が痛んだ。気分が悪いと言ったのはうそだったからだ。


「……いえ、少し楽になってきました。このままで大丈夫そうです。それよりオネストさん、あなたこそケガをされているようです…… 私は回復魔法が使えますから、よかったら治療させていただけませんか?」


 にっこり。美少女スマイルで言うと、オネストは苦々しく笑った。


「こんな怪我はかすり傷ですが……。まあせっかくの申し出を無碍にするのも申し訳ねえし、お願いしやしょうかね」


 ステラはオネストを警戒させないように腰の刀を外した。それからゆったりした足取りで歩み寄った。


 手を伸ばせば、オネストに触れられる距離まで近づいたステラは、とりあえず、


「では、上着を脱いでください」


 と言ってみた。どうやったらガレキの城との繋がりを聞き出せるかは検討もつかないが、オネストの傷口を観察すればなんらかの証拠が見つかるかもしれない。見つからなかったとしても最強の銀行員オネストを傷つけた技――その片鱗くらいは見ることができるかもしれない…… とステラは目論んでいたのだが。


「え? 脱がなくても治療はできるでしょう?」


 怪しまれた。そりゃそうか。異性の前で服を脱ぐのはオネストだっていやか。ステラは内心でペロリと舌を出しながら、瞬時に思索を巡らせた。


「オネスト様の装備品――フランネルスーツ【魔改】は対魔術性能が非常に高く、回復魔法が通らない可能性があるんです。お恥ずかしい話、私は回復魔術の初心者なんです。脱いでいただいた方が治療がしやすいのですが」


「はは、それならしょうがねえ。ステラさん見てえな美人に裸を見られるのは、なんだか恥ずかしいですがね」


 照れ臭そうに言った直後、オネストはステラに背中を向け、バっと一瞬で上着を脱いだ。


 ステラは目をらん、と輝やかせ、オネストの背中を凝視する。


 オネストの背中は――筋肉、というよりは鋼のようだった。無防備に背中を晒しているにも関わらず全くスキがない。紳士のスーツに隠した獣のような暴力性を垣間見たステラは思わず感嘆の声を漏らした。


「すごいカラダ……ですね」


 オネストは頭をポリポリと掻きながら、


「500年も銀行に勤めりゃ誰でもこうなりやすよ」


 と謙遜した。


「フム……」


 それにしても脱がしてみなければわからないものだ。


 オネストの背中には青アザがいくつもできていた。オネストはやはり誰かと戦っていたようだ。 アザと言うことは打撃だろうか?  


 ただの打撃ではない。オネストの装備品の防御力を突破し、肉体にダメージを与える爆弾めいた破壊力のある打撃……


「このケガどうしたんですか?」

「ちょっと転んじまったんでさ」


 あからさまなウソ……オネストはケガの原因を話す気はないらしい。これは手強いな……どうやって探りをいれたものか。


 うーん。


 思い出したのはジンリンだった。生理現象に働きかけることで正常な判断力を奪ったジンリンの魔法。あんな感じでどうにかできないだろうか。そうだ。


「はぁいでは治療をしますねぇ。痛いところはないですかぁ??」


 ステラは甘えるような口調で語りかけてみたのだった。普通に聞いてもオネストは口を割らないだろう。ならば――色仕掛けハニートラップだ!  男の本能に働きかけ正常な判断能力を奪うのだ。ステラはついに伝家の宝刀の柄に手を掛けた。


 が。


「あのねえ、ステラさん。失礼ですが、痛いところなんて見りゃあわかるでしょ。傷を負っているところが痛いに決まってやす。ひょっとして妙な雰囲気に飲まれて変な気を起しかけてるんじゃあねえですか?」


 ステラの意に反して、オネストの反応はつれない。それどころか色仕掛けを見抜いているかのような口ぶりにステラは戦慄した。


「ま、まさか!! ほら、見ただけはわからない痛いところがあるかもと思って聞いてみただけですよ? そりゃあ、すごいカラダだって思うけどまったくそんな気はないですよ。まったくそんな気はないです。 えへへ」


 と取り繕い、抜きかけた伝家の宝刀――色仕掛けハニートラップを投げ捨てたステラであった。


 そういえばオネストはロリコン伯爵だった。ナイスバディのステラはすでに幼女の範疇ストライクゾーンから外れてしまっているということか。幼女でありたかったわけではないがなんだか悲しい……


 ステラは自分のナイスバディを悔やんだ。


 ステラは魔性の美少女だが、万人に愛されるわけではないのだ。


「それより早く治療を済ませてくれませんか? ヘルメスさんが戻ってきたら誤解されるかもしれねえから」


 オネストがさらに釘を刺してくる。さすがベテラン銀行員。社会に揉まれた経験がステラとは段違いだ。駆け引きで勝てる気がしない。


 しっかりしているよでうっかりしているステラは、実は駆け引きが苦手なのかもしれなかった。


 思い返せばステラはメイにも出し抜かれている。美貌と才能にあふれたステラだが、歴戦の猛者を前にすると経験不足という弱点が露呈してしまう。


「はあ」


 ステラはあからさまなため息をはいた。


 ――私って、もっと出来る子だと思っていたのだけど。


 近頃のステラは失敗続きだ。


 主人であるヘルメスを叩きのめし〈四のデッドフォア〉を発動させてダンジョンに多大な損害を与えたし、メイの侵入を許してしまったし、ジンリンを助けられなかったし、ドッペルデビルの封印は失敗に終わるし。


 そして、今回もまた失敗のようだ。オネストから情報を聞き出すことはできそうもない。


 ダンジョンの防衛だって今はヘビ男がいるしメイやラビリスだって協力してくれるだろう。そのうちセタンタだって来るし。


 ――私って、もう要らない子……なのかな。


「ステラさん、どうしやした? 」


 オネストの声に、ステラははっとした。


 ――何をしてるんだ私、お客さんの後ろで落ち込んだりして。気が付けば少し視界が霞んでいる。半泣きになっていたようだ。ステラはごしごし、と目を擦った。


「す、すいません、すぐに始めますから」


 声が震えてしまっていた。


「なんかあったんですか。元気がねえようですが」


 うわうわ、オネストに気を使わせてしまっている。ステラは「いえいえ!」と取り繕い、治療をはじめることにした。〈治癒ヒーリング〉を発動。傷口の端から端までなぞっていく。たったそれだけの動作でアザが治っていく。ステラは魔術の出力が高いので回復魔法の効きがいいのだ。その代わり精度と燃費が悪いのだが……緻密な魔術制御を教えてくれる指南役ジンリンはもういない……自力で覚えていくしかない。


 だいぶ使い慣れた感のあった「治療ヒーリング」。レベルが高いオネストにも利くのかは不安だったがこのとおり、ステラでもオネストの傷を問題なく癒すことができた。


「ほう良い腕なんじゃねえか、ステラさん」


 とオネストに褒められステラは素直に嬉しかった。


「ありがとうございます。しばらくの間アトが残ってしまうかもしれませんけど」


「気にしやせんよ……そのステラさん……さっきから様子が変ですがどうしたんですか? あっしでよければ話聞きやしょうか」


 あ! これはまずいとステラは思った。どしたん話聞こうか→おれならそんな思いさせないのに→挿れるね、という女泣かせの詐欺師の手法を思い出したからだ。ステラは口ごもった。


「うーん質問を変えやしょうか」


 オネストが振り返った。眼鏡が光を反射してキラリと光った。


「さっきからあっしに探り入れてますが、何が聞きてえんです? ズバッと言ってくれねえか? なんだかもどかしくてしょうがねえ」



 あーあ。ばれてたか。


 どうも私はちまちました駆け引きが性に合わないみたい。ステラは戸惑ったがそれも一瞬。すぐさま聞きたいことを一気に口にした。


「オネストさん、ここに来た本当の目的はなんなんですか? もしかしてガレキの城に行ってたんじゃないですか? この傷はガレキの城の魔物がつけたものですか?」


 怒濤のように質問をしたステラだった。聞きたいことを聞けるって気持ちいい! ステラはすっとした。


 そのかわりステラはオネストを疑っていることをストレートに伝えてしまっていた……


 駆け引きにおいて単刀直入に聞くのは悪手とされる。相手が質問を攻撃と受け取る可能性があるからだ。ゆえに大人のコミュニケーションでは相手の立場や感情を尊重することが求められる……敬語や社交辞令、婉曲な言い回し、忖度や空気読みと言った対話技術はそのためにある。


 ステラはそうした技術が壊滅的に苦手であった。

 

「へへ……根拠もないのに……すげえカンしていやすね」


 オネストが眼鏡をくいと上げるとニカッと笑った。レンズの奥の瞳が冷たく光った。 




******

あとがき


 この話、超手直ししました……難しかった……

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