04-10 ふたりの来訪者 その②




 指令室に戻ったヘルメスとステラを待ちうけていたものは、少し疲れた感じのオネストだった。 そう感じたのはオネストの頭に違和感があったからだ。


 その……言いづらいのだがヅラがズレていた。それによく見ればスーツがところどころ破れ、襟やネクタイが曲がっている。


「アポもとらずにすいやせんね……」


「いえいえ、お久しぶりですオネストさん」


「おっと挨拶が遅れやした。お久しぶりでやす、ヘルメスさん、ステラさん。お世話になっておりやす」


 と、オネストはにこやかに笑いながら簡単に挨拶をし、ヘルメスに掌を差し出し握手を求める。ヘルメスは握手に応えるべく手を伸ばしたが、オネストの血まみれの手を見てギョっとした。


「おっと手が汚れていやしたか、すいやせん。あっしとしたことが粗相しちまった」


「オネストさん、なにか……事故にあったみたいですけどどうしたんです?」


「……イエ、大したことじゃあないんです。お構いなく」


 間髪いれず投げかけたヘルメスの問いをオネストははぐらかした。質問には答えたくない、あるいは答えられない事情があるのだろうか。 怪しい……いぶかしんでいると今度はステラが口を開いた。


「オネスト様、今日はどんなご用件で来たんですか? 利息の返済期限までまだ日がありますけど……?」


「……今日あっしが来たのはね……」


 オネストがネクタイを直しながら言った。


「……の手伝いでさ。管理局、転送魔方陣の修理をしてェらしいんです。が、このダンジョン、転移回線が遮断されちまってて修理しようにも転移どころか連絡すらできねェ」


「あ、そっか……おばあちゃんがドッペルデビルたちを倒した後、転送魔方陣を使えなくしたんでした」


 ステラが言うと、オネストは頷いた。


「そこであっしに手伝いの依頼が来たんでさ。あっしは転送魔方陣がなくてもここに来れやすからね」


 オネストは限界まで極めた剣術で空間そのものを裂くことができる。それを利用して世界のどこにでも瞬間移動することができるのだ。


「じゃあ管理局の人がこれから来るんですか?」


「ヘルメスさんたちがよければですがね。ただ転送魔方陣が使えねえと魔物あっせん所なんかもここに来れねえ……このままじゃいろいろ不便でしょう」


「たしかに。それはそうですね」


 魔物あっせん所に注文していた〈セタンタ〉はまだダンジョンに到着していない。ヘビ男たちを戦力に育て上げるためにもセタンタの力は必要だ。それにジンリンの代わりとなる魔物も補充しなければ……今後のことを考えれば転送魔方陣の復旧は必須だった。


「てなわけで管理局のモンをここに喚びてェんですが、よろしいですか?」


 ヘルメスとステラは頷き「お願いします」と言った。


「がってん承知。そんでは【ブラックハット】さん、カモンですぜ!」


 直後、空間に裂け目が現れた。裂け目はみるみる広がっていき、その中から一人の男がぬうっと出現した。


 その男――ブラックハットの外見は例えるなら棒っきれだった。すらりというよりはひょろりとした細身。身長はおそらく2メートルほど。大男だ。


 頭には黒いシルクハットを被り蝶ネクタイのタキシードで身を包んだいかにも紳士然としたその男は、人当たりの良い笑顔を浮かべていた。ブラックハットは「毎度!」と挨拶をすると、ひょいっと脱いだ頭のシルクハットを胸の前で抱きながら、ぺこりとお辞儀をした。


 ブラックハットの頭頂部がヘルメスの視界に入った。瞬間、ヘルメスの目がくらんだ。


「う……」


 ブラックハットの頭頂部には、毛が一本も生えていなかった――つまりブラックハットはハゲていた。


「どうも転移管理局のブラックハットです。よろしくお願いします」


 と名刺を差し出す。


「どうも、ダンジョンマスターのヘルメス・トリストメギストぶひぇです。よろしくお願いします」


 とヘルメスは名刺を受け取りながら挨拶を返した。ヘルメスは気が付いていないが、忌まわしいと思っていたフルネームを淀みなく自己紹介していた。ブラックハットはヘルメスの名前を笑わなかった。


 名刺には次のように記載されていた。


――――――――――――――――――

名前:ブラックハット

所属:転移管理局第6世界支部

階級:転移回線管理課 課長

種族:気狂い帽子マッドハッター

――――――――――――――――――


「ふうん……課長クラスがきてくれたんだ……?」


 名刺を覗き込みながらステラが言った。


「何か問題があるのか?」


「いえ。担当者クラスが来るかなと思っていたので」


 ステラがちらりとブラックハットを見た。


「わけあって第6世界支部は人手不足なんです。ですから僕も現場に出ています」


「そうなんですね」


 転移管理局は人手が足りないのか。ヘルメスが思うよりもきつい仕事なのかもしれない。


「では早速なんですけど、転移回線を見せてもらってもいいですか」


「よろしくお願いします」


「二度と敵にクラッキングされないように厳重なセキュリティにしてくださいね!」


「お任せあれ。じゃあ早速、転移魔法陣の部屋に案内してもらおうかな」


「ステラ、ブラックハットさんの案内を頼む」


「……」


 ステラはむっとした表情で黙っていた。


「どうした?」


「……いえ。マスター。私、なんだか気分がよくないみたいなんです。ブラックハットさんの案内代わってもらってもいいですか? 私はオネストさんとこの部屋で待ってますから」


 ステラはステラでオネストに用があるということらしい。オネストの様子はたしかに怪しかったが……オネストのことはステラに任せ、ヘルメスとブラックハットは指令室を後にした。

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