04-9 ふたりの来訪者 その①
*
ヘルメスのダンジョン孵化室である。ドッペルデビルが残した悪臭の残り香がうっすらと漂う部屋には行列ができていた。
さきほど生まれた200体のヘビ男たちの表情は期待に満ちている。今か今かと“名付け”の順番を待っているのだ。ヘビ男たちは生まれたばかりだが、すでに成人の体つきをしており、ヘルメス達の言葉を理解出来るくらいの知力もあった。 生まれて5秒で戦力となりえる。さすがは魔物であった。しかも生まれた瞬間にヘルメスを主と認識していたので、“名付け”は実にスムーズに行われた。
「よし、お前の名前は『ヘビーナ』だ」
「ヘビ!」
「ヘビ男の名前を『ヘビーナ』で登録しました」
ヘルメスの前で跪(ひざまず)く、ヘビ男の一体に名前をつけ、ステラがそれを登録する。この作業をひたすら繰り返してきたわけだが、このヘビ男は何体目だろうか。200体もの名前を考えるのがこんなにも面倒だとは思わなかった。
最初のうちこそ、“リーゼロッタ”だの“ガンビーノ”だの凝った名前を付けていたが、30体を超えてからは割と適当な名前を付けていた。 しかしヘビ男はどんな名前を付けられても文句ひとつ言わず、「ヘビ!」と快活な返事をして嬉しそうに帰って行く。名前を持たぬ彼らにとっては、名を賜ることはやはり嬉しいのだろう。例えどんなに適当な名前であっても。
「では次の者、前へどうぞ」
ステラが後続のヘビ男を案内する。すると「ヘビ!」と快活な返事と共に、順番を待っていたヘビ男がヘルメスの前へと進み出る。
ヘビ男の外見は、もともと人間が魔物化して生まれた魔物なだけあって、かなり人間に近い。2足歩行だし、2本腕だし、指の数は5本。だが、人とは決定的に違う点が3つある。 まず、顔つきがちがう。顎と額の間隔が狭く、耳と耳の間隔は広い。ひし形の輪郭の上に、ぎょろりとした目と、大きく裂けた口が乗っかっていて、笑うと先の割れた舌がチロチロと覗く。人間とヘビの特徴を足して2でわったような顔つきをしている。
次に、肌が違う。人間の肌と違い、ヘビ男の肌は、肌色のウロコで覆われているので、さわるとザラザラする。
最後に、腕の関節の数がかなり多く、可動範囲が広い。ウネウネと寝身のようにうねり、ヒュンと鞭のようにしなる腕の動きは、それこそ蛇を思わせる、人間の常識とはまったく異なる動きが可能である。
「よし、お前の名前は『ヘビーニ』だ」
「ヘビ!」
「ヘビ男の名前を『ヘビーニ』で登録しました」
満足そうに笑い帰ってゆくヘビーニの背中を見届けながら、ヘルメスはステラに尋ねた。
「あと何体?」
「あと19体です。がんばって」
ステラが力強い口調で応えると、ヘルメスはこくりと頷いた。名前を付ける作業は面倒だが、ヘルメスにはダンジョンマスターとして、彼らが幸せに暮らしてゆけるように努力する責任がある。なにより新たな仲間が増えるのは嬉しい。2時間にも及ぶ名付け作業に疲れを感じていたヘルメスだったが気を引き締め残りの“名付け”に臨んだ。
*
ヘルメスとステラはヘビ男200体の名付けを終えると、彼らを第3階層へと移動させた。全裸で誕生したヘビ男たちであったが、名付けのついでに服を装備させたので今は全裸ではない。彼らに与えた服は1ポイントで買うことができる「安い服」というアイテムだ。防御力は皆無だが服さえ来てもらえれば目のやり場に困ることはない。
本来ヘビ男たちは第1階層に配置する予定であったが、彼らは戦闘の訓練を一切受けていない。生まれ持った戦闘能力は高いが効果的な力の使い方を知らない今の段階で最も危険な第1階層に配置するのは時期尚早だ。まずは、彼らに戦闘の訓練を施し、戦い方を学習してもらわねばならない。 が。
「戦闘の訓練かあ……」
第3階層を元気に駆け回るヘビ男たちを眺めながらヘルメスはぼやいた。訓練が終わるまではヘビ男たちは戦力外。実戦に投入すればきっと死んでしまうだろう。犠牲を出したくないヘルメスとしては、それだけは避けたいが……。
「武術は一朝一夕で身につくものではありません(私という例外はいるけど)。最悪、今の段階での実戦投入もやむなしですかね。生半可に身に着けた武術よりは、魔物の本能に任せた戦い方のほうがマシでしょう。実戦の中で本物の戦士は生まれますから」
ヘルメスの隣でステラが淡々と言った。ヘルメスはむっとした表情で、
「つまり、彼らの何人かは死んでもしょうがないと」
「今の時点で実戦投入すれば9割は死ぬでしょう。しかし生き残った1割は、屈強な戦士になる……」
ステラは時折こういう物騒なことを言う。
「お前には、人の心がないのか」
「私は人間ではありませんから……でも彼らを死なせたくないマスターの気持ちは理解できます。彼らが最低限の戦術を学びさえすれば死亡率は格段に下がりますから。ポイントを無駄にしないためにもやっぱり戦闘の訓練は必要なんですよね……」
ステラはそういうとさびしそうに目を伏せた。ステラは習得しているスキルの数こそ多いが、スキルの熟練度は低い。ヘビ男たちに訓練を施すことはできないのだった。
「だよなあ。ラビリスさんに頼んでみるしかないかなあ」
「でもお客さんに頼むのは申し訳ないですよね……おばあちゃんが生きていればなあ……」
ヘルメスは「だな」と相槌を打つと、奥歯を強く噛み合わせた。 ジンリンはもともと、ボスモンスター兼、第2階層の植物型魔物の世話係兼、〈調合〉スキルによるアイテム作成係兼、ヘビ男たちの魔術教官を務める予定だった。1体で4役を果たす、マルチなモンスターだったわけだが、果たすはずだった役割を全うする前に死なせてしまった。
「バアルめ……」
ジンリンのことを考えるたび、バアルへの憎しみが炎のようにふつふつと沸き上がる。きっとこの気持ちはバアルを倒すその時まで消えないのだろう。
「いつか、必ず」
仇をとってやるからな。と心の中で誓う。 その時である。
「あ!」
と突然ステラがぱんと両手を合わせ声を上げた。
「どうしたステラ?」
「指令室にお客さんが来られました」
どうやらステラは、〈ステータスチェッカー〉で、来客を察知したらしい。
「誰だ!?」
ヘルメスは声を荒げて詰問した。バアルの魔物、〈グリフォノイドロード〉と〈ドッペルデビル〉は来客を装って、ヘルメスのダンジョンに侵入してきた。来客だからと言って、決して安心することはできないのだ。が、ステラはニコっと笑って、
「大丈夫。知っている人ですよ。地獄の一丁目銀行のオネスト様です」
「なんだオネストさんか」
ヘルメスはほっと胸を撫で下ろした。最強の銀行員にして借金取立人オネスト・ホーネスト。
ある意味で最も怖い来訪者だがジンリンが〈グリフォノイドロード〉を倒したことでヘルメスは大量のポイントを獲得している。全額返済額にこそ届かなかったが、金利の100,000ポイントと合わせて借入金額の元本を大きく返済できるくらいのポイントが手元にある。
「ええ、おばあちゃんのおかげで胸を張ってオネストさんに会えますね」
「うん、ホントジンリンのおかげだな……」
そうして2人は指令室へと向かった。
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