04-7 ウィニングサンダーアロー その②
*
孵化室内の状況は動いている。
ちゃきん、と携えた刀を鳴らしつつ戦意十分でメイたちに加勢しようとしたステラであったが、「来ないで!」とのメイの声に遮られピタリと足を止めた。
「今のあたくしの前に出たら、死ぬわよ」
ステラが背中を向けたままメイが言う。
「どういうこと……?」
メイの背中に問うたステラであったが、メイと対峙している〈ドッペルデビル〉にふと視線を移した瞬間、メイの言葉の意味を理解した。メイの右目から放たれている青白い光、それを受けた〈ドッペルデビル〉の体中からバチバチと火花が飛び散っている。雷属性攻撃の照射をうけた肉体が痙攣し、苦痛にのたうちまわっていた。
「あたくしの〈
よく見れば、ラビリスも感電していた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ」
と叫びながら、メイの攻撃を受けて悶えているラビリスの姿を見て、ステラはなんとも言えない気持ちになった。
「ラビリスさん、かわいそう……」
そうとしか言いようがない。ステラは、どうしたらいいのかわからなくなった。
「もちろん打開策は打ってあるわ。ホラ、ラビリスの体に、ロープが巻いてあるでしょう? それを引っ張ってあたくしの視界の外に出そうと思っていたのだけど、ラビリスは重すぎて、あたくしの力じゃとても引っ張れないのよ。困ったわ、ふふふ……」
やれやれと言う風に肩をすくめるメイ。なぜかニヤニヤ笑っていて本当に困っているのだろうか。
「じゃあ、私が引っ張ってあげる。ロープを貸して」
と進言。すぐさまメイの手から放り投げられたロープの端を掴む。
「えい!」
と掛け声とともに、思いっきりロープを引くと、のたうちまわっていたラビリスの体がびょーん、とステラの足元まで引き寄せられる。ステラのスキル〈下剋上〉は、ステラと相手のレベル差が大きければ大きい程、能力値が上昇するスキル。このスキルを使えば、ラビリスを引っ張るくらい造作もないことだった。 ぶしゅう……。 とラビリスの着込んでいる甲冑から、肉の焦げる匂いの煙が立ち込め、ステラはあわてて、
「〈治療(ヒーリング)〉!!」
ジンリン直伝の回復魔術を施した。鎧越しでもこの魔術が機能することは、すでに実証済みだ。治癒の光を浴びたラビリスから、焦げ臭い匂いが消えた。意識はないようだが、これでひとまず大丈夫だろう。
ほっとしたのも一瞬、ステラは再びメイの方へと眼をやる。火花を散らしながらのたうちまわる〈ドッペルデビル〉に向かって、きりきりと弓を引くメイの姿がそこにあった。
「タフガイ、ごめんね。あなたは最高の戦士だったわ……。だから――あたくしの最高の奥義でで殺してあげる、うふふふ……」
バチンバチン、という乾いた炸裂音が、矢から発せられている。よく見ればメイの矢は、メイの瞳と同じく青白い光に包まれバチバチと火花を散らしている。まるで雷雲を思わせる荒々しさ。
メイの表情は見えないが、おそらく彼女は笑っている。メイに雷の力を授けている精霊〈ハオカー〉。この精霊はかなりのひねくれ者で、嬉しい時は泣き、悲しい時は笑うという。その影響を受けているとしたらメイは……。
「ふふふ、アハハハハハ……!! さようなら! タフガイ!」
メイの笑い声はきっと悲しみの裏返しだ。大切な仲間の命を自らの手で奪わなければならない苦痛とはいかほどのものだろうか……ステラの脳裏にふっとジンリンの姿が過った。
もし私がジンリンを殺さなければならない状況に陥ったとしたら……
ステラは胸が締め付けられるような思いがした。そんなのいやすぎる。メイはまさに今、それをやろうとしているのだ。
気が付いた時には手にしたロープをヘルメスに向かって投げつけていた。マッドに羽交い絞めにされているヘルメスの首にしゅるん、とロープが巻きついた。よし、上手くいった。ステラの〈天武の才〉は、すでにメイの〈拘束術(ロープバインド)〉を習得していたのである。
ヘルメスの首に巻きついたロープがガチリと固定されたのを手ごたえで確認したステラは、
「マッドさん! マスターを離して!」
と叫ぶやステラは背負い投げのように前傾しロープを渾身の力で引っ張った。
「うわ!?」
びょーん、と跳びあがり、ぎゅーん、勢いよくステラの方へと引き寄せられるヘルメス。弧を描く軌道で、ステラの頭上を通りすぎたヘルメスは、そして――。
「ウィニングゥゥゥ!」
「うわああー」
「サンダァァァァ!」
「うああああー」
――絶叫と共に、今まさに必殺の一矢〈ウィニング・サンダー・アロー〉を放たんとしているメイの前へと――。
「アロォォォォオォォォオッ!!!」
――落ちた。
悶える〈ドッペルデビル〉の前に落ち、メイと対峙する形で落ちたヘルメス。直後に、メイの弓から、必殺の一撃が電撃を纏った一条の光となって放たれる。
「ふう、あとは任せましたよ、マスター」
ステラはぐいっと額の汗をぬぐう。ミッション・コンプリート。ヘルメスの〈四の死(デッド・フォア)〉ならば、きっとメイの必殺技――〈ウィニング・サンダー・アロー〉にも耐えられる……といいな。
あーあ、何をやってるんだろうな……私。
*
ヘルメスの肩に突き刺さった金属の矢が、込められた電気エネルギーの炸裂と共に蒸発。純粋なエネルギーだけがヘルメスの全身を駆け廻り、眩い稲妻、荒々しい雷鳴がヘルメスの体を迸った。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
ヘルメスは苦悶し絶叫した。一瞬で黒コゲになるのエネルギーを〈四の死(デッドフォア)〉で無効化しながらヘルメスは思った。
なんでおれが、こんな目にあっているんだろう。
〈ドッペルデビル〉を滅ぼすためのエネルギーを一身に受けたヘルメス。彼のアフロヘアーはチリチリに焼け焦げ、身に付けた服はビリビリに破れていく。
「ああああああああああああああああああああああああああ」
ヘルメスのスキル、〈四の
「があああああああああああああああああああああああああああ」
普通の人間ならば、精神が崩壊してもおかしくないほどの苦痛に、ヘルメスは絶叫で抗い、堪え、耐え、そして、
「痛てててて」
しのいだ。耐えきってしまった。 ベッドの爆発、ステラの拳、オネストの名刺、ファムの名刺、グリコの魔術攻撃……何度も致命的なダメージを与えられても立ち上がって来たヘルメスのメンタルは、ウィニングサンダーアローの苦痛をも耐えきった。ジンリンが死を賭して稼いだポイントをゴッソリ失ったがそれはそれとして……
〈雷鳴眼〉の力のほとんどを注ぎこんだ必殺の一撃、〈ウィニング・サンダー・アロー〉をヘルメスにしのがれたメイ。彼女の表情に激しい憎悪の色が走ったのも一瞬、すぐさまはっとバツが悪そうに頭を掻き、煌煌と輝く右目――〈雷鳴眼〉を右手で覆い隠した。
「ヘ、ヘルメス、なんで邪魔をしたの?」
なんでって聞かれてもって感じだった。なんせ、ヘルメスはステラに投げ飛ばされただけなのだから。
「さあ……ステラに聞いてくれ……」
そう言うと、ヘルメスは全裸のまま立ち上がり、ポンポンと体中の煤を落とす。なんだろう。ステラにはいつもひどい目に合わされている。慣れているから怒りとか憎しみとかそういう感情はもはやない。きっとステラには何か考えがあったのであろう……と仏のような心境にヘルメスは達していた。
「どういうことなの? ステラ」
眼帯を素早い動作で再び装着しながらメイはステラに問う。メイの顔には悔しさ半分、安堵が半分、といった様相の、なんともいえない色が浮かんでいる。
「メイちゃんが、悲しそうだった」
つかつか、とメイの傍に歩いてゆくステラ。
「メイちゃんにタフガイを殺させちゃダメだって思って、咄嗟にマスターを投げました。自分の仲間を殺すって、きっとすごく辛いことだと思うから」
「……」
俯き無言を返したメイの肩が小さく震えていた。
「それにね」
ステラはメイの両肩の上そっと掌をのせ、膝を曲げ、俯くメイの顔を下から覗きこむと、
「タフガイさんは、まだ、生きている」
と力強く言った。メイはひどく悲しそうな顔をした。
「……でも」
ポツリと呟き、ヘルメスの隣で横たわる〈ドッペルデビル〉――タフガイだったものに視線を移したメイ。〈ウィニング・サンダー・アロー〉こそ不発に終わったが、〈雷鳴眼〉の無差別電撃攻撃を浴び続けた〈ドッペルデビル〉は、横たわったままピクリとも動かない。
メイは顔を上げ、ジッとステラの瞳を見つめながら、
「敵の魔物は殺さなきゃ……タフガイが他の人を傷つける前に殺さなきゃって思って……でも、本当は」
メイはとぎれとぎれの口調で言うと、ステラの胸に顔を埋めと号泣した。
「本当はタフガイさんを殺したくなかったんだよね」
胸元で泣くメイの髪を撫でながら、ステラが言った。
「大丈夫だよ、メイちゃん。メイちゃんの仲間は――タフガイさんは、私たちが思っていたよりずっと強かったみたい。見て」
メイが〈ドッペルデビル〉の方へと視線を移した。 動かなくなった〈ドッペルデビル〉の体には、明らかな変化が訪れていた。紫色の液体が固まって造られた頭部、および右腕の色が紫色から肌色へと変色している。
ドッペルデビルが発していた嫌な感じは消えていた……メイはおそるおそる〈ドッペルデビル〉に近付くと、うつ伏せに倒れている〈ドッペルデビル〉の体をくるんとひっくり返し、その顔を覗き込んだ。
「これは……タフガイの顔!?」
メイが驚きの声を上げると、ステラはこくんと頷いた。
「うん。〈ドッペルデビル〉はタフガイさんの体を乗っ取ろうとしてたみたいだけど……どうやらタフガイさん乗っ取り返したみたい」
「ほんと!? ほんとに!?」
「うん。ドッペルデビルの力も取り込んで前よりも強くなってるよ」
ステラが首肯すると同時に、メイは横たわるタフガイの胸に顔をうずめて「わーん」と泣き始めた。案外、よく泣く人なのかもしれないな、とヘルメスは思った。
「今はドッペルデビルと共生しているみたいな状態だけど、ドッペルデビルの生命反応はどんどん弱くなってる。時間が立てばきっとタフガイさんの体の中で消滅すると思う……」
タフガイは魔物と人間が融合した存在〈合成人間(アソート)〉。魔物との融合に対してもともと強い耐性をもっていたのだった。タフガイの体を乗っ取ろうとした時点で、ドッペルデビルの命運は尽きていたのだ。
ピクリとも動かないタフガイであったが、しかしその寝顔は安らかだ。きっと元通りに回復するのだろう。
「良かった……良かったわ……」
横たわるタフガイの胸にメイは顔をうずめて泣いた。
ポイントも服も失ったが、ドッペルデビルの危機は去り、タフガイさんは復活した。結果的にメイたちとの絆は深まったのではないか。
「マスター、危ない目に合わせてしまってすいませんでした……危ないところに行くなとマスターにさんざん言っておきながら……申し訳ありません」
ステラが頭を下げている。とても珍しいことであった。
「いいんだ。メイの技を止めるにはああするしかなかったんだろ。ドッペルベビルが死んでタフガイさんが復活したなら、結果オーライじゃないか。ウィニングサンダーアローはきつかったけど、俺はみんなの役に立てからうれしいんだぜ」
「すごいドMですね」
「あァ?」
ステラへの怒りはあるがとりあえず。ヘルメスはほっと胸を撫で下ろしたのだった。
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