03-28 不吉の来訪
*
その後、ヘルメスたちは司令室でわいわいがやがやと歓談して過ごした。
“森”に侵入してから3日間、まともに食事をしていないというラビリスとマッドとメイには、ポイントで買ったダンジョンの食事を振る舞った。
食事の必要がないヘルメスたちは食べなかったが、メイたちによればダンジョンの食事はものすごく美味しいらしい。
そんな感じでヘルメスたちは敵味方に分かれ戦ったことを忘れ、楽しい時間を過ごしたのだった。
しばらく歓談した後で、メイたち3人はスイッチが切れたかのように唐突に眠った。メイは椅子の上で。ラビリスとマッドは床の上に寝転んで。寝る場所を選ばない3人の寝姿にヘルメスは歴戦の猛者の逞しさを感じた。
無防備な寝姿をさらしていることから鑑みるに、ヘルメスたちのことはもう敵とは思っていないようだ。
大変な一日だった。ダンジョン解放直後にバター男爵の襲撃を受け、さらに午後にはバアルからの電話、加えてメイたちとのバトル。
心が休まる暇がなかったが、きっと明日もこんな感じ……というかこれからずっと。ヘルメスが世界を変えるその時まで戦いの日々は続くのだ。
と、感慨もそこそこに、ヘルメスは欠伸を噛み殺した。ふと隣を見れば、ステラもメイと同じように椅子の上で突っ伏して眠っていた。
おれもそろそろ寝るかな。ベッドが欲しいなあ。
と思ったその時だった。
水晶玉の
侵入者か!?
一気に眠気が吹き飛んだヘルメスは、水晶玉をのぞきこみ、そして、ほっと胸を撫で下ろした。
『死体屋が到着しました』
よかった。侵入者じゃなかった。モニターを切り替え、転送魔法陣の部屋を映し出す。背の高い優男とやけに露出の多い恰好の少女の姿を視認した。ヘルメスは、ジンリンに向かって、
「おいジンリン、死体が届いたってさ」と呼びかける。
『ふぉふぉ、そんじゃあいっしょに行くで、ヘルメス!』
意気揚々と返したジンリンに「なんでおれも行かなきゃならないんだ?」と問いたくなったのも一瞬、すぐさまジンリンに高価な死体を買ってあげられなかったことを思い出した。
「しょうがねえな」
と言ったヘルメスの肩に、ジンリンがぴょんととび乗った。
石ころの姿のジンリンは機動力に欠ける。
死体を買ってあげられなかった罪滅ぼし、ではないが、まあ足がわりになってあげるくらいのサービスはしてあげよう。
今日の戦いを乗り切ることができたのは、ジンリンのおかげと言っても過言ではないのだから。
ヘルメスとジンリンは、4人を起こさぬようにそっと指令室を抜けだし、通路に出る。5メートル感覚で設置された燭台、その上でと揺らめく蝋燭の灯が、レンガ造りの通路をちらちらと照らしていた。
『ヘルメスよ』
指令室から転送魔法陣の部屋までの20メートルの距離を歩く最中、肩の上のジンリンが語りかけてきた。ヘルメスは「なんだ」とぶっきらぼうに応じる。
『ヘルメスの決意表明な、よかったで。今日の戦いで大事な体を失くして、あの体で魔術を極めるっつう目標まで失くしてしまったうちやが……そのな……お前のおかげで新しい目標ができたわ』
改めて言われるとひどく気恥かしい。ヘルメスは「へえ?」と相槌を打った。
『ヘルメスの世界を変えるっつう夢な。うちが叶えたるわ。つまり……あれやな。ヘルメスの夢はうちの夢にもなったつうことや。ヘルメスの夢がうちの生きる理由になったつうことや』
こうも率直に想いを伝えられるとなんともむずがゆい気持ちになる。「はいはい、ありがとよ」、とぶっきらぼうに返したヘルメスは、しかし、うれしかった。同時に、肩に乗っかるジンリンの重さをひしひしと実感し、きゅっと身が引き締まる。
いや、ジンリンだけではない。ステラも、メイも、ラビリスも、マッドも。自分に力を貸してくれる全ての命の重さがヘルメスの双肩に乗っている。ダンジョンマスターの責任を痛いくらいに感じながら、ヘルメスは歩いた。
やがて転送魔法陣の部屋の前に到着。両開きの扉を力を込めて開くと、ぎい……という重低音の響きがヘルメスたちの来訪を歓迎した。転送魔法陣の部屋には一組の男女の姿があった。
男の方は超絶イケメンだ。煌めく長い銀髪に整った顔立ち。スタイル抜群の長身を黒いコートとスラックスで包んでいた。
圧倒的美的スペックの差に心が折れそうになったヘルメスは、女の方へと視線を移した。
女の方は可愛らしかった。幼さを残したあどけない顔に浮かぶ無邪気な笑顔がよく似合う。ただファッションは奇抜を極めていた。ショッキングピンクの金属で胸元と股間だけを隠していた。ちょっとどうかなあと思えたが、まあそれも個性と思えばかわいく見えてくる。
よく見ると女の背からは褐色の翼が生えており天使か――あるいは悪魔の姿をヘルメスに想起させた。
それにしてもなんて挑発的な格好なんだ。ゴクリと唾を呑んだヘルメスを、
『こら、ヘルメス! 死体を送るだけでいい所を、わざわざ来てくれたんや。しっかり挨拶をせんか』
と、肩の上でジンリンが注意した。ヘルメスは慌てて2人に向かって叩頭した。
「あ、はじめまして! このダンジョンのマスター、ヘルメスです。わざわざご足労いただきありがとうございます。さっそく品物を見せていただきたいのですが」
ヘルメスが言い終わると、女の方がくつくつと笑い始め、男の方はニヤニヤと口元に意地の悪い笑みを浮かべる。
はて、おれ何かおかしなこと言ったっけ?
ヘルメスは自分がつい先ほど口にした挨拶を思い出してみるがやはり心当たりはない。「あの、なにか?」とおそるおそる口にしたヘルメスをよそに、2人の男女は顔を見合わせて、
「くくくく、こいつまだ気付いてないみたいですよ……」
「はははは、まあ彼は電話した時も頭悪そうだったからね。それよりさっきグリをつけ忘れた?」
「ごめんなさいグリ……」
「いや、許すよ。ナイスグリに免じて」
「ありがとグリ!」
意味不明なやり取りに虚を突かれながらも、ヘルメスは全身の肌が粟立っていくのを感じた。この男の“声”は、聞いたことがある……!
「お、お前は……!」
ヘルメスが絞り出すように言うと、男はその涼しい目をヘルメスに向け、にい、と口元を歪ませた。
「――やあ、僕だよ」
その声をヘルメスは知っていた。
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