03-25 世界を変える決意 その①
*
朧気な意識のなか、マッドの視界に映ったのは金髪碧眼の美少女だった。
煌めくような長い髪が金色に輝き、その瞳の青が透き通るように淡く輝く。桜色に染まる唇が魅惑的に揺れていた。
美少女はマッドに何かを囁いている。だが上手く聞き取れない。朦朧としたまま少女の囁きに耳を傾ける。この世のものとは思えない程美しいソプラノの響きがマッドの耳朶をやさしく撫でていく。
「意識が戻ったの。 大丈夫?」
なるほどこれは夢か。現実世界にこんな美少女がいるわけがない。どうせ夢なら楽しまなければ損だ。どうやら夢の中の美少女は傷ついたマッドを介抱してくれていたらしい。
「ふ……」
ニヒルな笑みと共に、身を起こしたマッドは美少女の肩に手を回しぎゅっと抱き寄せた。
「安心しろ、大丈夫だ」
囁くように言ってみる。 瞬間、
「なにすんじゃ!! スケベ!」
との怒声と共に、顎に衝撃が走った。カチ上げられたマッドの喉仏に一発。さらに鳩尾に二発目の鉄拳が叩きこまれ、炸裂。
「かは……っ!」
乾いた悲鳴と共に10メートルほど吹っ飛んだマッドは、背中を壁に打ちつける。肺の空気全てを吐きだしてから、膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れた。人体急所を攻撃され、呼吸すらままならないほどの激痛が全身を駆け巡っている。常人なら卒倒するダメージの最中、マッドの脳裏に直近の出来事が回想されていく。
敵の大軍をなぎ倒していくラビリス。
黒コートの男に首を切り落とされるタフガイ。
逃げ込んだ小山の洞窟には暗闇の迷宮が広がっており、迷宮を抜けると草の海が広がり――。
そして閃光。
マッドが放った極大殲滅呪文――神滅超撃激流波の光の中から現れた少女……
記憶の断片がチカチカとフラッシュし組み合わさり、マッドはようやく現在置かれている状況を把握しつつあった。
「どうやら俺は生き残っちまったらしいな……」
赤い絨毯を眺めながら、マッドは呟いた。激痛に苛まされている体を起こし、周囲の様子をぐるりと一望する。
豪奢なシャンデリアの灯が照らす、そこそこの広さの部屋。その周囲を囲む白い壁。部屋の中央には紫のクロスが掛けられた円卓があり、円卓の上には人の頭程の大きさの水晶玉がある。円卓を取り囲むように配された6つの椅子。その椅子の上に、3人の男女が座っている。
そのうち2人は知った顔だ。騎士ラビリス。その右隣に弓術士メイ。
メイの右隣には見慣れぬアフロヘアーの少年がいる。
その表情にマッドは少しばかり戦慄を覚えた。少年は眉を吊り上げ、眉間を寄せた鬼のような形相でマッドを睨みつけていたからだ。
誰だこいつは?
と言い掛けたマッドの口を、「ごめんね」と涼やかな女の声が遮る。先ほどの美少女がいた。
「突然抱きつかれてキモイこと言われたから、殴っちゃいました」
そう言ってペコリ、と頭を下げた美少女の腰には、明らかに業物とわかる太刀が提げられており、それを見た瞬間、マッドは記憶の断片の最後のピースがカチリとハマったのを感じた。
そうか。この少女はダンジョンの魔物か……マッドはこの美しい少女に斬られたのだ……
「ここはダンジョンだな……? 俺達は一体どうなったんだ? なぜ魔物とテーブルを囲んでいる?」
マッドが問うと、アフロヘアーの少年が静かに口を開き、
「説明してやるから、座れよ」
と顎で着席を促した。その表情は憤怒に満ちて、おおよそ少年とは思えないような威圧感を放っていた。
「言うとおりにするしかないらしいな」
マッドは立ち上がり、肩をすくめると、つかつかとロングブーツの底を鳴らしながら、空いている席へと向かう。
その隣に、ひょこっと美少女が並び、
「あなたの席はここね」
と、ラビリスの隣の席を案内。「どうも」とマッドが礼を言うと、少女はにこりと愛想笑いを浮かべ、アフロヘアーの少年の隣に座った。
1つの空席を挟んで座った美少女。座った途端、金色の髪が上下に揺れ、ついでに豊満なバストも揺れ、マッドは内心で、おお! と歓声を上げた。無論、表面には出さない。
それにしてもなんて美しい魔物だ。斬られたことなど忘却の彼方。マッドが高鳴る胸の鼓動を抑えられずにいると、
『ふぉふぉふぉ、体の調子はどうや?』
突然、隣の空席からしゃがれた声が聞こえ、マッドはビクっと肩を震わせる。誰もいないはずの席からなぜ声がするのか……。
おそるおそる目をやる。その席には拳ほどの大きさの石ころが1つ転がっていた。
これは
石ころを眺めながら、マッドはそう思った。赤と白が交互に重なり合い美しい縞模様を描くそれは、古来から価値の高い宝石として知られる
怪訝な顔でまじまじと紅縞瑪瑙を眺めていると、
『なんや? そんなに見つめんといてな……』
再度声がしマッドは再びギョっとした。目に見えない
「悪霊・退散! ハアーッ!」
絶叫とともにまっすぐに天に向かって突き出した。 転生前に身につけた除霊の技術……通っていた学校で悪霊相手に孤軍奮闘していた日々をマッドは思い出していた。
「…………」
メイたちから、ゴミを見るような視線が突き刺さっていた。しかしマッドはどこ吹く風で外した手袋を再度嵌めながら、
「やれやれダンジョンだけあって悪霊が多いな。安心しろ……たった今、除霊しておいた」
と満足げに言った。
「……」
どうしたらいいのかわからない。そんな表情が周囲の者たちに浮かび、重い沈黙が流れた。
「そ、その調子だと体は大丈夫そうだなッ!」
と慌てて、ラビリスがフォローし、
「ほんと! 無事でなによりだわ!」
と、メイがそれに続く。
「なんていうか、変な人ですね……」
「ああ……変な人だ」
アフロヘアーの少年と美少女はひそひそと耳打ちしながら、腫れものを触るような視線をマッドに注ぐ。
「聞こえてるぞ、そこのアフロ」
マッドはアフロの少年を睨み返した。美の観点から言えば平凡としかいいようのない外見の少年が、美しい真物の少女と仲良くしているのが気に食わなかったのだ。
*
気に食わない。それに関してはヘルメスも同じ思いだった。マッドは魔力攻撃を放って第2階層の植物型魔物を全滅させた張本人だ。知らなかったとはいえ、マッドがダンジョンに与えた損失は莫大なものであった。
しかもこの男。ステラに抱きついたのである。ヘルメスですらステラと抱擁を交わしたことはないというのに!
そういうわけでヘルメスのマッドに対する印象は最悪だった……よってヘルメスのマッドに対する態度は険悪なものになっていたのだった。
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