03-24 生理現象 その②
その辺でしろと言われ、唖然とした顔のメイにステラは続ける。
「あなたたち“森”を通ってきたんだよね? 3人の男に囲まれて旅をしてきたんだよね? その間どうしていたの? その辺でしてたんでしょ? 今更恥ずかしがることないじゃないですか」
「も、森には陰があったけど、ここは見通しが良すぎるわ。それに男の子もいるし……」
「マスターの目が気になるんですね? たしかにマスターはスケベですけど……だったら私が目を塞いであげましょうか。それなら大丈夫でしょう?」
「いやよ! 目を塞いでも音が聞こえるかもしれないじゃない! 」
「だったらこうしようか……まず私がマスターの鼓膜を破ります。それから目を塞ぎます。こうすれば聞こえないし見えないでしょ?」
「それなら安心だわ♪ あ、鼓膜を破るのはあたくしがやるわ。目を塞ぐのよろしくね♪」
「そうだ! 万が一にも見えないように眼球も潰しちゃいましょう!」
「名案ね♪」
冗談じゃない! ヘルメスは必死で転がり、メイの傍を離れると、
「おまえらいい加減にしろ!」
と怒鳴り、ロープを引きちぎって立ち上がり、腕を組み、仁王立ちの姿勢となった。ロープを引きちぎることができたのは、おそらく、火事場のバカ力的な能力が発動したためだろう。
「たかがトイレで大げさに恥ずかしがりやがって! しょうがないだろ! 聖人君子も傾国の美女もトイレに行くんだ! 堂々としろよ! 鼓膜を破るとか眼球を潰すとか、トイレのために何でそんな恐ろしい目に遭わされるんだよ!」
言いたいことを全部言って、それから2人の女を睨みつける。
「……」
「……」
無言。2人は何も言わなかった。そのかわり、2人の瞳からポロポロと涙が流れはじめた。「う、うぅ、怒られた~」、と嗚咽を漏らすメイを、
「ごめんね。マスターのせいで泣かせちゃったね。ごめんねマスターのせいで」
と慰めるステラ。間違ったことは言ってないと思うのだが、女性に泣かれると罪悪感がこみ上げてくるのはなぜだろう。
てかこいつらなんか仲良くなってねえか??
ヘルメスは、バツが悪そうに苦笑いを浮かべ、次いで、申し訳なさそうに、
「あのさ……思ったんだけどさ。おれとステラがそういう生理現象を催さないのって、ひょっとしてあれじゃないか? ダンジョンに所属しているからじゃないか?」
と言った。
「……!」
ステラはピンときたようだ。「はい、そのとおりです」と頷くと、
「ダンジョンマスターに名前を授かった者は様々な特典を与えられます。まず不老の力。歳をとることがなくなります。それから健康の力。たいていの病気にかからなくなります。それに伴って尿意や食欲といった生理現象も起こらなくなります。例外はありますけど……」
「だったらさ、侵入者さんに、このダンジョンに所属してもらったらいいんじゃないか? そうすれば生理現象の悩みから解放されるだろ?」
「はい! ダンジョンに所属すれば私たちと同じようにダンジョンの特典を得ることができます。やり方はおばあちゃんのときと大体同じです。マスターが侵入者に新たな“名前”を与え、それを侵入者が受け入れれば、その瞬間からダンジョンに所属できます」
「なるほどな。どうだい侵入者さん。おれのつけた名前を受け入れる、それだけであんたの悩みは永久に解決するんだぜ。しかも歳も取らなくなる。悪い話じゃないと思うんだけど」
「なんか、すごく、あやしい、話、だと思うけど」
「なに心配いらないさ。ダンジョンに所属すると言っても、あんたにはあんたの生活があるんだし、このダンジョンにずっと住めなんて言わないよ。別荘みたいなもんだと思ってくれればいい」
「そうだよ、安心して。嘘は1つも言ってないよ」
「そ、そうね。嘘だったら、殺すわ! それだけの話! そろそろ、限界かもしれないから……。いいわ……! やってちょうだい!」
ヘルメスとステラは見つめ合うと「よし」と頷き、そして、
「よし、あんたの名前は……。うーん、どうしよっか? ステラ」
「“おしっ娘”とかどうですか?」
ステラが目を輝かせて言い、ヘルメスは深く頷いた。
「よしそれでいこう! じゃあ、あんたの名前は――!」
その瞬間、
「冗談じゃないわよ!! あたくしにはメイヴ・ディ・クリスト・ドゥ・タンポポという立派な名前があるの! 王家に連なる誇り高き名前よ! あだ名とは言えそんな下品な名前、受け入れられるわけないでしょう!」
声を荒げてメイが怒鳴り散らした。まあ当然か、とヘルメスは頭を掻き、
「なるほど……メイ・デ・クリス・ド・タンポね。なあステラ。元の名前をおれが付け直すこともできるのか?」
「はいできますよ。同じ名前で上書きした、って扱いになります。あ、でもマスターは長い名前だと噛んじゃうから、なるべく短くしたほうがいいですよ」
「わかった。じゃあ、あんたの名前は――“メイ”で」
「マスターの名前、受け入れますか?」
「それなら……いいわ」
メイが名前を受け入れた瞬間、すっと顔色が良くなった。おそらく尿意がおさまったのだろう。そしてヘルメスはぐっと拳を握った。
「『侵入者が名付けを受け入れました。侵入者の名前を“メイ”で登録しました。侵入者を傘下に引き入れました。引き抜きボーナス50,000ポイントを獲得。“メイ”のステータスを閲覧できるようになりました。ポイントを消費することで“メイ”を別の魔物に変化できます。しますか?』」
「いや、さすがにそれはかわいそうだろ」
「『了解しました』」
「というわけで、」
ヘルメスはきょとん、としているメイを指差し、にっと笑うと、
「あんたはたった今からおれのものだ!」
*
自分を指差しながら満面の笑みを浮かべるヘルメスを見たメイが、真っ先に思い浮かべた単語は「はめられた!?」だった。なにか、とんでもない過ちを犯してしまったのではないか。尿意が消え冷静になった頭に、ヘルメスの言葉がリフレインする。
『あんたはたった今からおれのものだ』
その言葉は聞き捨てならないものがある。自分は自分だ。だれのものでもない。
メイはヘルメスの真意を探るべく問う。
「どういう意味……?」
するとヘルメスはバツが悪そうに頭をポリポリ掻きながら、
「あ、おれのもの、ってのは言いすぎたかもな。あんたはおれの仲間だ、そういう意味さ」
と言い、ステラはそれに「うん、」と頷いてから、
「えーとね。メイちゃんはもろもろの生理現象をがまんできるようになった代わりに、マスターの
と、当然のように言い放った。瞬間、メイは頭の中が真っ白になった。
マスターの
「――騙したのね!」
「はめられた」その疑惑が確信に変わった瞬間、メイは間髪いれずに弓に矢をつがえ、「スピーディー・ウィンド・アロー」と叫んだ。瞬く間に放たれた矢が、音速の3倍の速さでヘルメスの額目掛けて飛んで行く。
しかし、その矢がヘルメスに届くことはなかった。
きん。
ほぼ直線的に飛ぶ矢の軌道と、ステラの腰の辺りから現れた弧を描く軌道が交わった瞬間。甲高い衝突音とともに矢は推進力を失いぽとんと地面に落ちた。
唖然とした表情で浮かべたのも一瞬、すぐさまメイは顔を上げ、ステラを睨みつけた。矢を斬り落としたステラは抜いた刀を鞘に納めながら、「ふう」と安堵の息をもらすと、
「大丈夫。
その青く輝く眼光を強めながら、
「――マスターが死ねばメイちゃんも死んじゃうから……それだけは忘れないでね」
見知らぬ誰かに心臓を鷲掴みにされたような不快感を伴うその言葉に、メイは戦慄した。
「そ、んな」
絞り出すように発した声に、ステラは続ける。
「それにマスターがその気になればメイちゃんをこの世から消滅させることだってできるからね」
ステラが言い終わった瞬間、メイは膝を折り、すとんと地面に尻を落とした。がっくりとうなだれ、
「……卑怯だわ、そんなの」
と呟き、泣いた。たまらなく悔しかった。今日出会ったばかりのアフロの少年に、自分の生殺与奪を握られてしまった。国民の期待を一身に背負った自分が、最強集団諸国連合攻略隊のメンバーである自分が。あまりのふがいなさに涙が出る。ぽたぽたと、地面に落ちる滴。
その落下点に、すっと黒い靴がさしこんだ。光沢のある皮靴の上に落ちた涙の粒が、ぱん、と弾け、飛び散る。
「確かに、卑怯だったかもしれない」
頭上からヘルメスの声がしメイは頭を上げた。
「おれとしてもこんな手段はとりたくなかったんだ。だけどしょうがなかった。こうしなければメイの尿意を止めることは出来なかったんだ」
ヘルメスは心底申し訳なさそうな顔でメイを見下ろしていた。そして、ステラの方へ振り返り、
「ステラ。所属登録を解除することはできるのか?」
「はい。できますよ。ただしその瞬間、メイちゃんは再び尿意に襲われることになりますが」
「――だってさ。どうする? まあその辺ですればいい話だしな。解除するかどうかはメイにまかせるさ」
メイは一瞬考え、
「だったら、あたくしはあなたの
と言った。
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下ネタすいませんでした……!
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