03-21 騎士 VS 魔女っ子




 その頃。所変わって第2階層。


 神滅超撃激流波によって荒涼な焼け野原と化したフロアで、2人の戦士が殺意の火花を散らしていた。


 片や身の丈ほどもある大剣を軽々と振りまわす騎士――ラビリス。


 片や石ころの姿となった魔術師――ジンリン。


 2人の戦いは壮絶を極めた。騎士が剣を振るたびに爆風が吹き荒れ、魔術師が転がるたび地面から炎の柱が噴き上がる。爆風と炎柱。互いの技が交差する。その度に、大規模な爆発が起こり、第2階層はたちまち、火の海――あるいは灼熱の地獄と化していった。


  一見互角の攻防だが実は違う。


 直撃こそしないもののジリジリ体力を減らし続けているのはラビリスだ。


 ジンリンは黒魔術〈属性変化【炎】エレメントチェンジ・ファイア〉によって炎属性となっている。よってジンリンは周囲の炎を吸収し、魔力・体力を回復しながら戦うことができるのだ。


『ほれほれほれほれほれ!!』


 ジンリンの声と共に、3本の炎の柱が噴き出し、噴き出した柱から小さな〈魔弾〉が幾つも飛び出し群をしてラビリスに襲いかかる。群れを成した〈魔弾〉の群れが、ラビリスを貫かんと殺到。上、下、左、右。全方位から迫る〈魔弾〉から逃がれることはできない。


「く……、おおおぉぉッ!」


 ラビリスが横薙ぎに剣を払う。剣閃と共に巻き起こった熱風が、殺到する〈魔弾〉のベクトルを強引に捻じ曲げる。ラビリスを核に収束する軌道を描いていた〈魔弾〉の群れが統率をうしなった軍隊のごとく飛散しビリヤードの球のごとく周囲の〈魔弾〉とぶつかり合い、その度に爆発が起こった。


 魔弾の群れに熱を帯びた剣風をぶつける。そうすることでラビリスは恐るべき炎の魔術をどうにかしのいでいた。しかし、いつまでもしのぎきれるものではない。  


 黒コートの男から受けたダメージの影響で思うように剣が振れない。加えて最大の重荷となっているのがラビリスの背後。そこに横たわる2人の負傷者――タフガイとマッドであった。


 2人をかばいながら10分近く戦い未だ魔法の直撃を受けていないラビリスの技量は賞賛に値する。


 しかしながらそうしていられるのも最早あと5分と言ったところだろう。


 直撃はせずとも炎が放たれる度にフロアの温度は上昇しラビリスの体力を奪っていく。剣を振るたび背中に鋭い痛みが走り痛んだ骨が軋む。ゆっくりと……しかし確実に限界の時は近づいていた。


『ほれほれほれほれ!!!!』


 しのいでもしのいでも、次から次へと炎の球が殺到する。周囲の炎を吸収しているジンリンの魔力は無尽蔵と言ってもよい。加えて、石ころの体は小さく一度地面に落ちてしまえばすぐに背景に溶け込んでしまう。ましてそこかしこから炎が噴き出している今地面に転がるたった1つの石ころを探すのは困難だった。


 魔術の心得があれば敵の魔力を探ることもできたのだろうが、残念ながらラビリスにはそれができない。


 状況的には詰んでいる。ラビリスにできることは、敵の猛攻から身を守ることだけ。


 もはや、この戦いは戦いとは呼べず、蹂躙じゅうりんと呼んだ方が適当なのかもしれない。


 しかしラビリスは諦めない。ラビリスの胸の内で輝く1つの希望――それが彼を奮い立たせているのだった。


 単身下層へ向かったメイ。彼女がダンジョンマスターを倒しさえすればこの戦いは終わる。


 だから。ラビリスは大剣を振りまわし襲いくる炎の群れを払いながら叫んだ。


「早くしてくれーッ! 姫~ッ!」


 当然メイの返事はない。そのかわりにジンリンが答えた。


『あんたこそ、とっととくたばっちまいな! うちはヘルメスのとこに行かなあかんのや!』


 炎の柱から間断なく放たれていた〈魔弾〉の速射が収まった。その代わりとばかりに、ラビリスを囲むように噴き出していた炎の柱が空中の一点に向かって渦を巻きながら集まってゆく。ジリジリ、とフロアの殺気が高まって行くのをラビリスは感じた。


 ――来る。敵は最大の魔法を放って一気にカタをつける気でいるに違いない。


 直感が走ると同時に、ラビリスは深く息を吸い、剣を中段に構えた。ラビリスに打てる最強の剣技――〈|騎士の夜陰《ナイトオブナイト〉の構えである。


 最大の魔法は、最強の剣技で相殺する。しのげなければ一巻の終わり。しかし、しのぎ切ることができればチャンスだ。大技の直後には必ず隙が生じるはず。相変わらず敵の姿は見えないが何とかなるかもしれない。幾多の修羅場をくぐった経験でわかる。


 ――ここが勝負の正念場ッ!


 やがて。フロア中の炎が一点に収束した。拳ほどの大きさにまで凝縮した炎の塊が圧倒的な熱気を放ちながら眩い光を放っている。小さな炎の球。しかしそのエネルギー量は今までの〈魔弾〉の比ではない。例えるなら小型の太陽。


 しかしラビリスは恐れることなく、その小さな恒星に向かって猛然と突進した。突き出した剣の周りにドス黒いオーラがまとわりつき、ラビリスの体全体を包みこむ。ラビリスの体を蝕む呪い。その呪力の全てを解放し自身の身体能力を限界以上に強化する。とっておきの奥義――。


『あんまり技の名前を叫ぶのは好きやないが……あんたの流儀に敬意を表して叫ばしてもらうで! 〈日輪童子サンズオブサン〉!!』


「うぉぉぉぉぉ、〈騎士の夜陰ナイトオブナイトォォォ――――ッ!〉」


 絶叫とともに、2人の技が交じわった。瞬間、閃光とともにフロア全体が激しい熱風が吹きあれ、大気が激しく震え土埃が舞いあがる。衝突した力と力が拮抗し、幾重もの波紋を大気中に描いて行く。


「うぉぉぉぉぉぉぉーッ」







「うぉぉぉぉぉぉーッ!」


 第2階層まで辿りついたヘルメスを待ちうけていたものは、騎士とジンリンの殺し合いであった。


「……」


 初めて見たマジの殺し合い。ポカーンとした表情を浮かべながらヘルメスはその迫力に飲まれた。ジンリンとラビリスの戦い。その光景はあまりにも現実離れしていた。


 これに比べたらステラとヘルメスの戦いなんておままごとだ。


「ほら! さっさとやめさせなさい。仲間が死んでからじゃ遅いのよ!」


 メイの鋭い口調がヘルメスの耳朶を刺し、ヘルメスはようやく我に帰る。


「そうだ……。 早くやめさせないと!」


 言うや、ヘルメスは2人の元へ駆け寄ろうとし、しかし、足を縛っているロープにつまづき、顔面からすっ転んだ。


「ぶひぇ」


 口の中が苦い。第2階層の土が口の中に入ってしまった。ヘルメスは懸命に体を起こそうするが、しかし両腕も縛られているため起き上がることができない。仕方がないので、うつ伏せの姿勢のまま叫んだ。


「ジンリン! 戦いをやめろ! そいつらはガレキの城の魔物じゃない! 共闘できるかもしれないんだ」


「……おばあちゃん……もう止めて!」


 ヘルメスの声にステラの声が続く。ステラは第3階層でヘルメスたちと合流した。


 ステラはメイに追いつくや即座に襲いかかろうとしたのだが、ヘルメスが人質に取られているのを見てただちに投降。捕虜となり現在はヘルメスと同様にロープで全身を縛られている。


 もっともステラは魔術も使うことができるから、ロープの拘束くらいならすぐに抜けだすことができるだろう。そうしないのはヘルメスが人質になってしまったからだ。


「や゛め゛でぐれ゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!」


 だからヘルメスは力の限り叫んだ。叫ぶあまり声が枯れてしまっていたが、そんなことを気にしている余裕はない。


 しかし。激しい戦いの最中にいるジンリンに2人の声が届かず、ラビリスとジンリンは戦いを続けるのだった。


「あらあら、ダンジョンマスターさん。ダンジョンマスターのくせに自分の魔物も制御できないの?  こっちはあなたを殺して、強制的に戦いを止めることもできるんだから。それが嫌だったら、もっと気合入れてやりなさい。あなたもね。美人の魔物さん」


 そう言うとメイはステラの尻を蹴飛ばし、ヘルメスの隣にうつ伏せに倒した。


「く……っ!」


 短い呻きとともに現れたステラの横顔にヘルメスはドキっとした。美少女が縛られて恥辱に喘いでいる。そんなシチュエーションに思うところがないでもなかったのである。


「……マスター。なにジロジロ見てるんですか。早くおばあちゃんを止めましょう」


「……ん? あ、ああ、そうだな。おーい、ジンリンやめろー! 戦いをやめろー。“命令”だー」


 ステラの冷ややかな視線が突き刺さり、ヘルメスは再度叫んだのだった。30秒ほど叫び続けたところで、ようやくジンリンとラビリスの戦いは終わった。 死者が出なかったのが不思議なくらいの死闘であった。

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