03-19 対話のテーブル その①





 ぎい……。



 ゆっくりと外側へと開いてゆく扉。その影にメイは隠れるようにして、中の様子を探っていた。『アリーヴェ・デルチ』なる声が聞こえてきたのは、たしかにこの部屋のはずだ。


 この部屋の中には、“何者か”がいる。おそらくこの部屋にいる“何者か”との戦いは避けられないだろう。と、メイは思っていた。


 2つ上の階層で出会った女型の魔物。あれは、かなり手強い相手だった。神滅超撃激流波を無傷でしのぎ、上級魔術と剣術を使いこなす魔物。その上、地の利もある敵となれば苦戦は必須。だからメイは女型の魔物との戦いを避けた。メイの狙いはダンジョンマスターのみ!


 少数精鋭で来た以上、むやみやたらと戦闘をすべきではない。


 強敵との戦いはラビリスに任せよう。ひょっとしたら追いかけてくるかもしれないが、それはそれで好都合。逃げながら戦うメイと、追いながら戦うラビリスで挟み討ちにできる。そう決断するや否やメイは“残像”で目くらましをして下の階層へと向かった。


 単身で下層へと進むのは賭けだったが、勝算はあった。マッドの放った神滅超撃激流波が敵を一掃しているはずだったからだ。思惑どおり下層には魔物が1体もいなかった。メイは無人のフロアを一直線に走破。さらに下の階層へ進み、階段直下の落とし穴を飛び越え、今に至るわけだが……。


  ゆっくりと開いてゆく扉。中にいるはずの“何か”が、出会いがしらに魔法でも放って来るかと警戒していたが今のところそんな気配は感じられない。おそらく、“何か”もまた、こちらの出方を伺っているのだ。


 となれば……。メイの脳裏に“先手必勝”の4文字が浮かんだ。手の内の探り合いなどに付き合っていられない。一方的に攻撃し勝利し先へ進む。今のメイの精神状態を例えるなら放たれた1本の矢であった。最少手数でまっすぐに。ダンジョンマスターを射抜くまで。決して止まらない!!


 メイは、腰に提げた矢筒から、1本の矢を取り出すと弓につがえた。その一連の動作は一切の淀みがなく流れるように滑らか。そのまま玄を引く。キリキリと軋む弦の先で、放たれる瞬間を今か今かと待つ、矢。扉の影から身を踊りだしたメイは技の名前を叫んだ。


「スピーディー・ウィンド・アロー!」


 ――瞬時に照準を定め、放つ。瞬間、まっすぐ飛び出した矢が空気を切り裂いてゆく。


 ひゅん。


 一呼吸にも満たない僅かな間に、矢は5メートルの距離を進み、部屋にいた“何か”に迫る。 メイの奇襲に虚を衝かれたのか、はたまた戦闘タイプの魔物ではないのか“何か”は避けもせず、防ぎもせず、ただただ驚愕していた。そして矢は“何か”にヒットした。そのアフロヘアーの下、額のど真ん中に矢が衝突し、ゴツン、と固い音を響かせる。その瞬間メイは奇襲の成功を確信した。


 メイの必殺技の1つ。スピーディー・ウィンド・アロー。多彩な技を持つメイ、その中でもっとも速い技。先手をとるのにこれほど適した技はない。


 はずだったが、しかし。


「え……?」


 メイは驚愕した。直撃したはずのその矢は、どういうわけか突き刺さることなくテーブルの上にポトリと落ちたのだ。不発ですって!?


 そんなバカな――。メイの技に限って、不発などありえない。だとすると〈能力〉。それしか考えられない。何らかの〈能力〉を使って、スピーディー・ウィンド・アローをしのいだのだ。


 “何か”――アフロヘアーの少年は顔をしかめ、額をさすりながら、


「いてててて、きつい御挨拶だな。侵入者さんよ」


 とメイに言った。どこにでもいそうな平凡な顔つきをしているが、その目には鋭い光が宿っている。しかし、怒りや敵意、殺気のような気は感じられない。心に決めた覚悟――それだけが滲み出ているようなそんな眼差しだった。


 百戦錬磨のメイであったが、そんな眼差しの持ち主には出会ったことがなかった。


 メイは警戒を強めながらも、追撃は止めることにした。少年の能力が未知数な以上少しばかり様子を見るのも悪くない。


 攻撃をするのは悪意を含んだ気配を感じてからでも遅くはない。 追撃を止めたメイに安堵したのか少年はニカっとくったくない笑みを浮かべた。



「おれは、ヘルメス。ヘルメス・トリストメギスト……げふんげふん。まあヘルメスと呼んでくれ」


 と、わざとらしい咳払いとともに自己紹介。そして、テーブルの上のカップを指差して、


「テーブルの上にコーヒーがあるだろ。さっき“承認”したばかりのアツアツだぜ。これがなかなかにうまい。一杯飲んでいかないか?  話がしたいんだ」


 と言うのだ。普通に考えれば罠……だがメイはヘルメスとやらの話を聞く必要があるな、とほぼ反射的に判断した。


 他の階層とは違いこの階層には下層へ続く階段がなかった。普通に考えればこの階層が最下層ということになる。だが大ダンジョン――“ガレキの城”の規模を考えれば、この階層が最下層であるはずがない。階段を3つ降りただけで最下層――ガレキの城がそんなお手軽なダンジョンであるはずがないのだ。


 ということはつまり。この階層はなんらかの課題をクリアすることで先へ進むタイプの階層なのではないか。だとすればこのヘルメスとやらがその課題に関わっている可能性が高い。


 それならばさきほど放った矢がこの少年に通用しなかったことにも説明がつく。例えばこの階層には〈戦闘行為無効〉のような縛りが課せられているのかも。


 お互いにダメージを与えることができないフロア。敵の役目は戦闘ではなく課題を提供すること。課題を解けば先へ進めるが、課題を解かない限り先へは進めない。というある意味強敵ひしめくフロアよりも厄介なダンジョンがあるとメイは聞いたことがあった。


「……コーヒーは要らない。だけど、話は聞いてあげてもよくてよ」



 そう言うと、メイは少年の向かいの席に王宮仕込みの優雅な所作で歩いてゆき、優雅な所作で座った。そしてがしと力強く腕を組み、すらりと足を組むと、眼帯をしていない方の目で、ジロリとヘルメスを睨みつけた。


 かくして侵入者は対話のテーブルに着いたのだった。

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