02-9 侵入者 その③
(はい! まずは初戦を勝利で収めました。ぶい!)
画面に映るステラは誇らしげにVサインを高々と掲げていた。
ステラの様子にほっとするべきなのか、ぞくりとするべきなのかわからず困惑しながらも、ヘルメスはやるべきことをやろうと思った。
(どうだった!? 第1階層の出来は。戦いやすかったか?)
実際に戦ったものの意見を聞き、問題点があれば改善する。今のヘルメスにできるのはそれくらいだった。
(うーん。相手は私が見えてなかったみたいでしたから、戦いやすかったのかな。と思います。1回戦っただけだから、はっきりとは言えませんけど)
(そうか。とりあえずこのまま様子を見るよ)
と言い終わった瞬間、画面上のステラの目つきが鋭くなった。
水晶玉が再び赤く点滅し、≪要警戒! 侵入者です≫との表示。
慌てて、マップを確認する。 第1階層の入口辺りにポツリと赤丸が表示された。それで終わりではなく、新たなマーカーが次々にポツリ、ポツリと増えて行く。
(なんかいっぱい来たようですね、1、2、3、4、5?)
ヘルメスは水晶玉を操作して、入口付近を映す。
水晶玉には犬のような動物が4体(結界犬と思われる)。それから、全身にバターのようなものをぬりたくったほぼ全裸の男が1体映っていた。全身がテカテカと光沢を帯びている。この男はもしかすると変態かもしれなかった。
犬の群れは変態のような男に群がっている。男のことを慕っているのか、それとも男の肌の味が好きなのか、しきりに男の脚を舐めては嬉しそうに尻尾をふっている。
変態のような男は犬のような動物に脚を舐められるたびに、ビクンビクンと肩を震わせ恍惚の表情を浮かべている。頭頂部の髪がごっそり抜け落ちたカッパのような髪型が印象的な男だった。隆々とした
(気をつけろ、ステラ! 明らかにヤベエ雰囲気だ。いろんな意味で)
言うやヘルメスはダンジョン目録を確認する。犬のような動物はやはり、さきほどステラが倒した結界犬という魔物だった。それが4体。変態のような男はというと、
「バター……男爵……」
――――――――――――――――――――
【侵入者のステータス】
“基本情報”
名前:バター男爵1号
性別:♂
階級:うろつく者どもを従えし者
系統:人属
種名:バター男爵
――――――――――――――――――――
*
暗闇の迷宮に続々と敵の気配が増えて行く。
先ほどまで5体だった敵の数は、いまや10体を超えていた。
敵は今のところ入口付近の広場に固まっていて、迷宮の奥へと進む気配を見せていないが、ステラは逆にそれが恐ろしい。
(なんか敵が集まって固まって全然動かない。宴会でもやるつもりなのかな)
ヘルメスが
(違いますよ。たぶん数を集めて、それから進軍するつもりなんでしょう)
と言ってやる。ヘルメスは予想通り、
(どういうことだってばよ!)
と返した。バカの相手は疲れる。
しかし、ヘルメスはバカではない。未熟なのだ。
そして、未熟を自覚しているからこそ、わからないことは即座に質問をする。
ヘルメスをダンジョンマスターとして一人前に育てるのもステラの役目の1つ。説明する時間は惜しいが、なるべく質問には答えてあげたい。今は理解できなくても、いずれヘルメスの将来につながるはずだ。
(敵はバカじゃないってことです。敵は何者かの指揮系統の元、統率された行動を取っています。むやみに突撃するのでもなく、バラバラに散開するのでもなく、固って、慎重に、確実に、このダンジョンを攻略しようとしている。そういう意図が感じられます)
(固まって来られたら群単位で相手をしなきゃいけない。早い話が物量差にフルボッコにされるかもってことか)
(ええ“戦術”に関してはそうです。それにこの行動から敵の“戦略”も垣間見えます。
解放直後と言っていいタイミングで、敵が本格的に攻略を開始したと言うことはつまり敵は私たちを早い段階で――私たちのダンジョンがダンジョンとして成長する前にさっさと潰そうと即座に判断したってことです。だから敵はバカじゃない)
(う、なるほど。今の俺達のあり様を見れば、確かに効果的だよな。時間さえあれば、ステラが1人で戦うことにはならなかったし。その、すまん。もっとおれが上手くダンジョンを作れていたら)
(いえ気にしないでください。マスターが作った第1階層。敵の戦略はともかく、戦術はほぼ無効化できてるんですから)
(え?)
(ほら。第1階層は、狭い通路が入り組んで出来た構造でしょう? 敵の隊列は必然的に1列縦隊となります。ですので仮に敵が100体侵入してきたとしても、私が直接戦うのは先頭の1体だけ。1対100の戦闘じゃなく、1対1の戦闘を100回です。私が勝ち続ければ、なんの問題もない。だから大丈夫です!
以上、説明終わり!
マスターは残りの、えと、121,000ポイントの使い方を考えててくださいね。では!)
と言ってみたもののステラは少し不安だった。先ほどの魔物には奇襲が成功したから勝てたが、真っ向から勝負して勝てる保証はない。
しかも相手は群だ。仮に勝てたとしても、即座に次の魔物が襲ってくる。
ヘビ男が孵化するまで残り25時間。その間一切休憩をせずに1対1を繰り返す。果たして体力が持つだろうか。
いや持たせる。やるしかない。やるしかないのだ。不安でクラクラしそうになってくる。
ヘルメスが“ がんばれ!”くらいは言ってくれるかなと思ったステラだったが、ヘルメスは何も言わなかった。
きっと、そんな言葉は気休めにもならないとわかっているのだろう。
こうしている間にも敵の数は増え続けている。すでに30を超えた。そろそろ進軍をはじめる頃合いか。
ステラはあらかじめ決めていた迎撃ポイントへと向かう。足音を立てぬよう慎重に、息遣いが漏れないように呼吸を殺して。
しばらく歩いてそこに到着した。第2階層へと続く階段の前に。ここなら死角に潜むことが出来るのは勿論、いざとなったら第2階層へ逃げることもできる。
深く腰を落とし、刀の柄に手を添え、敵が間合いに入って来るのをじっと待つ。ステラの気配が暗闇の中に溶けていく。
ステラが階段前に陣取ったのとほぼ同時に、敵の群れはゆっくりとダンジョンの奥へ進み始めたようだ。敵の動きに呼応するようにダンジョン内の空気がぬるりと動いた気がした。殺気を孕んだ風のようなものを肌で感じながらも、ステラは微動だにしない。
否、動くわけにはいかないのだ。物音を立ててしまえば、敵に存在を察知されてしまう。そうなれば先制攻撃の機会を失うことになるかもしれない。
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