02-8 侵入者 その②
ステラの声が頭の中で響いた。この感覚はステラを呼び出して以来だ。久しぶりだなと思いつつも、
(ああ、犬みたいな動物がいる。あんまり危険な感じはしない。てか、侵入者がいるってなんでわかるんだ? 水晶玉に
と軽口を叩いた。犬のような動物が恐ろしいものだとは思えず、少し気がゆるんでいた。
(いえ、“気”というか、私のスキル〈ステータスチェッカー〉でダンジョンに敵が入ってくればすぐさま感知できるんです。ダンジョン目録に敵のステータスも自動的に記載されますよ。確認してみてください。たぶん最終ページを見ればいいと思います)
なになに、そういうことは早く言え、と思いつつヘルメスはダンジョン目録の最終ページを開く。不思議なことに【魔物のステータス】の項の次に【侵入者のステータス】という項が追加されていた。
――――――――――――――――――――
【侵入者のステータス】
“基本情報”
名前:結界犬59683号
性別:♂
階級:うろつく者
系統:鳥獣属
種名:結界犬
――――――――――――――――――――
(結界犬59683号? こいつただの犬じゃないのか? あと侵入者の能力値やらスキルは見れないんだな)
と問う。
(結界犬はれっきとした魔物です。名前があるということは、おそらくガレキの城のダンジョンマスターの
ナイショな情報まで説明してしまったステラだった。
思っていることがダイレクトに伝わってしまうリンクの指環による念話は下手をすれば人間関係の悪化を招きかねない。なかなか扱いが難しいアイテムなのだ。
ヘルメスはツッコミたい衝動に駆られたが、今はそんなことをしている場合ではない。
( 大丈夫なのか!? )
とヘルメスはステラの身を案じた。
(ええと、おそらくそんなに強い魔物ではないかと。ただちょっとだけスキルが厄介かもしれません。あ、階段に到着!)
ステラの声でヘルメスは再びマップを確認する。結界犬のステータスを確認している間にもヤツは迷宮を着々と進んでいたらしい。今はちょうど入口と第2階層に続く階段の中間あたりをうろついている。
(第1階層につきました。速やかに侵入者を排除します)
マップにの右上、階段の辺りに突如青丸のマーカーが表示された。青丸はステラの現在位置を表したものだ。
(がんばれ!)
ヘルメスは応援することしかできなかった。それが少し歯がゆい。
*
第1階層へと続く階段を8段飛ばしで駆けのぼり、勢い余って壁にぶつかりそうになったステラは、たんたんっと軽快に壁を蹴ってその勢いを
たん……。と壁を蹴った音が狭い通路に反響し、すぐさま闇に溶けて消えていく。
あちゃ、失敗失敗。こんなことで音を立ててるようじゃまだまだね。とステラはチロリと舌を出して自戒した。
第4階層からここまで全力で走ってみた。体を得たのは初めてだし、全力で体を動かしたのも初めての経験だったが、問題ない。この体は強い。腰に提げた太刀も思っていたより軽く、動きを妨げることがない。大丈夫。いける。やれる。殺れる、よね?
一切の照明を排した第1階層は、通常であれば深い暗闇がひたすら続く空間に見えただろうが、ステラの視力は壁も、床も、天井も、闇に覆い隠されたそれらを正確に捉えていた。
第1階層の構造も侵入者の位置も手に取るようにわかる。どうやら侵入者は思ったより近いところにいるようだ。
(第1階層につきました。速やかに侵入者を排除します)
ヘルメスに念話を送ると、ステラは思い切り床を蹴った。その一蹴りでステラは見る間に加速、離れた距離をあっという間に潰していく。階段前から曲がり角へほぼ一瞬で移動したステラは、つま先が地面に触れる直前に方向転換し、次の跳躍先を見据え、着地した瞬間に床を蹴る。
曲がり角から曲がり角へ。
さながら疾風のような俊敏さでダンジョンを駆けるステラは、迷いなく侵入者に近づいていった。
――侵入者まであと一蹴りっ。
空中で方向転換しながらステラは太刀の鯉口を切る。視界の先にいるはずの侵入者を見据えるため、かっと目を見開く。
いた、侵入者……!
――結界犬59683号は迷宮の袋小路で片足をがばりと上げて、小便、もといマーキングをしていた。
すこし大きめのド―ベルマンといった外見のその魔物はステラにまだ気が付いていないようだ。どうやら夜目が利かないらしい。
犬にしか見えないけどあれは魔物。気付かれる前に、気付かれるより速く。大丈夫。いける。
──やれる。
(がんばれ!)
ヘルメスの念話が頭の中を通りすぎて行った。侵入者がステラの方へ首を向けた。
ステラは太刀の柄に手を駆けると、着地の勢いを膝を曲げて殺し、その反動を利用して床を思い切り蹴った。
――
ステラと侵入者を隔てる距離が一瞬で埋まり、交錯する。
瞬間。 ステラの腰から横薙ぎに鞘走った
すたんっ、とステラが着地すると同時に、結界犬59683号の首は胴体を斜めに滑っていき、ステラが振りかえった時には、コロンと床に落ちていた。
「四次元刀剣術――〈
眼下に転がる結界犬59683号の首を見降ろしながら呟き、ふう、と深く息を吐くステラの顔は自信に満ちた微笑みを湛えていた。
やれた。
それが彼女の自信につながっていた。
*
ヘルメスの目には白い影が、結界犬59683号の横を通り抜けたようにしか見えなかった。
通り抜けた瞬間、マップ上の赤丸が消え、水晶玉の
実に一瞬で、正にあっけなく。気付いた時には侵入者は撃破されていた。
(『結界犬を1体撃破しました。1,000ポイントを獲得しました。死体を30ポイントに変換できます。変換しますか?』)
頭の中でステラの声が響く。
「“承認”」 呟くと、結界犬59683号の死体が光の粒子になって消えていく。水晶玉の画面ごしにその様子を眺めながら、ヘルメスは苦々しい笑みを浮かべた。
ダンジョンとしての初戦を勝利で飾ったというのに、素直に喜べないのは、それを実行したのがステラだからだ。ステラの手を汚してしまった。後悔の念が込み上げてくる。 しかし、そんな自分の感情はこの際関係がない。
(よっしゃあ! よくやったステラ!)
念話でステラを
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