02-6 ダンジョンオープン!
*
さて、少しだけ時を戻し、場所を移す。 時はヘルメスのダンジョンが解放される12秒前、場所はヘルメスのダンジョンの指令室である。
白い壁と、赤い絨毯が引かれた床と、豪奢なシャンデリアがつり下がった天井。その中央には円卓があり、円卓の上には人の頭程の大きさの水晶玉が置かれている。
その水晶玉を真剣な表情で見つめる、1組の男女。男はアフロで女は美少女。
ヘルメスとステラである。
ダンジョン作りはすでに終わった。新たな配下となる魔物の購入もすでに済ませた。にもかかわらず部屋にはヘルメスとステラしかいないのである。
「ダンジョン解放まであと12秒。カウント開始、10、9、8……。」
ステラがカウントを開始した。このカウントが0になった瞬間、ヘルメスのダンジョンが解放され、外界から押し寄せる侵入者との戦いが始まる。もう後戻りはできない。ヘルメスの顔は緊張で青ざめていた。
ヘルメスの指令室には新たに外のダンジョンと繋がる扉が設置されている。扉を開ければそこはヘルメスのダンジョンである。
2日間寝ずに、ステラの助言を聞きながらダンジョン目録の吟味を重ね、ヘルメスの知恵の全てを振り絞って、まさにヘルメスの魂の結晶と言ってもいいダンジョンが出来上がった。 ヘルメスのダンジョンは第1階層、第2階層、第3階層、第4階層の4つの階層で構成されている。
まず第1階層。
出入り口から最も近いこのフロアはダンジョンの顔であり、要でもある。ヘルメスはここを最も重要なフロアと位置付け、魔物を多く配置した。侵入者と魔物を直接戦わせることで、魔物に実戦経験を積ませようという狙いもある。
このフロアは狭いレンガ作りの通路が入り組んだ迷路のような構造をしている。敵と自分たちの物量差を鑑みて、できるだけ1対1に近い状況で魔物が戦えるように、また地の利を活かした奇襲がかけられるようにと考慮したつもりだ。
フロアには照明を敢えて設けなかった。そうしたのはこのフロアに配置した魔物――ヘビ男の特性を活かすためだ。
ピット器官というスキルを保有するこの魔物は暗闇でも視界が利くため、暗闇での戦闘にめっぽう強いのである。
また、♂(オス)と♀(メス)とで能力値の特性が異なるのも魅力的だった。力の強いヘビ男(♂)は剣や斧による接近戦、魔力の高いヘビ男(♀)は黒魔術による遠距離攻撃をそれぞれ得意としているのだ。
そのため、ヘビ男(♀)の黒魔術の集中砲火で敵を一掃、残った敵をヘビ男(♂)による接近戦で仕留めるといった魔法と打撃を織り混ぜた戦術をとることができる。人語を理解でき、さらに戦術を理解する知能まで持っているヘビ男だからこそ可能な戦術だ。
またヘビ男たちの居住空間もこのフロアにはあり、侵入者の無い時は繁殖をし、ポイントの消費を抑えつつ戦力を増強することが可能。ヘビ男が十分に増えたら、随時ポイントに変換して借金返済の足しにしようとヘルメスは目論んでいた。
と、ここまでは良かったが、ここで誤算が発生した。肝心のヘビ男たちが、ダンジョン解放までに卵から
気を取り直して第2階層。
第1階層のコンセプトを『直接的な戦闘』とすると、この第2階層のコンセプトは『間接的な戦闘』と言っていいだろう。
第1階層を突破するような猛者を倒すために作られたこのフロアには、植物型の魔物やブービートラップを多く配置したのである。 このフロアに植物タイプの魔物を配置したのには3つの理由がある。
まず、育てやすいということ。植物タイプの魔物は水、土、光などの生育条件さえ整えれば、勝手に育ってくれる。ヘビ男などの動物型の魔物と比べて育成に手を掛けずに済むのだ。
次にスキルの特殊性。植物型の魔物はヘビ男のような物理攻撃と魔法攻撃は出来ないが、その代わりに毒や麻痺、混乱といったステータス異常を引き起こすスキルを有しているのである。
最後に、ブービートラップとの相性。植物型の魔物は基本的に動きまわることがないため、誤ってトラップに引っかかる心配が少ない。そのため、殺傷力の高いブービートラップを遠慮なく仕掛けることができたのだ。
こうして第2階層は、魔物の特殊なスキルと殺傷力の高いブービートラップで侵入者をじわじわと追い詰めていくタイプのフロアとなった。 基本的にまっすぐな気性のヘルメスは、こういったタイプのダンジョンを考えるのが苦手だったので、第2階層を構想するにあたりステラの知恵を大いに借りた。そのため第2階層はステラの性悪さが大いに反映された感じの、いやらしいフロアとなっているのである。
しかしここでも誤算が発生した。肝心の植物型の魔物の種が、ダンジョン解放までに発芽しなかったのである。
せめてもの救いがブービートラップは健在である点だが、魔物のスキルとのコンビネーションなしで果たして機能するかどうか……。
心配は尽きないが第3階層。
ヘルメスはこのフロアをボスフロアとして位置付けていた。第2階層を突破した強者を強力な魔物で以って迎え撃つ。一切の策を排した純粋な力と力のぶつかり合い……。そんなロマン溢れるフロアにしようと思っていた。 配置する魔物はもちろんドラゴン。最強の生命体ドラゴンと屈強な猛者たちの戦い。このシチュエーションに胸が躍らない男はいない……わけではないのだろうが、少なくともヘルメスは胸躍らせていた。
ところが、ステラは猛反対した。ドラゴンは強いがポイントの消費量が大きく、扱うのも難しい。現段階で配置するのは現実的ではない。弱い魔物も使い方次第で強力な戦力となる。第3階層も第1、第2階層のように何らかの策を以って敵を迎撃するフロアにすべきです、と。
男のロマンと女のリアルが対立したのである。まあよくあることだ。
2人は激しく罵り合い、髪の毛を引っ張り合って争った。結果から言うとヘルメスが折れた。ステラの金髪を引きぬくことを躊躇したヘルメスに対し、ステラは容赦なくヘルメスの髪を引っ張り、最終的にヘルメスはアフロの1割を持っていかれてしまった。
こうして何らかの策を弄すること決まった第3階層。しかし口論に勝利したステラは特に構想を持っていなかった。
おいおい、偉そうなことをいっておいて、何のプランもねえじゃねえか。どうすんだよ第3階層。お前が責任とって考えろよ。俺は知らねえ。
とヘルメスは協力を拒んだのだが、それがいけなかった。
じゃあ、私の好きな魔物の楽園にしちゃお♪ 第3階層はロリコン男爵100体が幼女を求めて
結局趣味に走るのかよ! ならドラゴンでいいじゃねえか! 何が悲しくて幼女対策に力を注がなきゃいけないんだよ。
とヘルメスは激しく憤った。
再び口論となり、ヘルメスのアフロがさらに1割持っていかれた時点で2人は気が付いた。
――こんなくだらないことで争っている場合ではないと。
ただちに和解した2人は協力して第3階層の構想を練ったのである。
強い魔物を配置するというコンセプトはいいと思うんだ。そうだオネスト(ロリコン公爵)のような達人を配置してはどうだろう? ボスフロアとしても、ヘビ男や俺たちの練度を高める訓練場としても機能するのでは。
うん、それはいいですね。
かくして、このフロアには2体の達人を配置することとなった。
1体目の達人、セタンタ。
武術の達人とされる人属の魔物。普段は少年の姿をしているが、戦闘時には変身し戦闘形態となって戦うらしい。
〈槍術【超】〉、
〈剣術【達】〉、
〈斧術【達】〉、
のスキルを所持するこの魔物は、戦闘能力が高そうなのは勿論、ヘビ男(♂)たちの教官の役割も果たしてくれそうだ。
また普段は少年の姿をしているという点にも惹かれた。根拠はないが話が通じそうな気がする。
2体目の達人、ハッグ。
様々な魔術を使いこなすという精霊属の魔物。老婆のような姿をしているという。
〈黒魔術【達】〉、
〈白魔術【達】〉
といった2種類の魔法系スキルの他、〈調合〉スキルも有するこの魔物は、侵入者との戦闘、ヘビ女(♀)の育成の他、第2階層の植物系魔物を使ったアイテム作成にも貢献してくれそうだ。 老婆のような姿をしている点にも惹かれた。根拠はないが話をきいてくれそうな気がする。
以上。2体合わせて250,000ポイントの出費は痛いかったが、ドラゴンに比べれば安いものだ。
かくして、第3階層はボスフロア兼訓練場として運用することとなったのである。
ヘルメスたちに誤算があったとすれば、肝心の2体の魔物がダンジョン解放までに到着しなかったことだ。ある程度成熟しているこの2体を呼び出すには、【魔物あっせん所】という施設の仲介が必要で、あっせん所への登録、手続き書類の作成、など多くの手間がかかったのだ。
現在こちらへ向かっているそうだが、果たして到着するのはいつなのか。
*
「どうしてこうなった」
ヘルメスは頭を抱えていた。正確にはところどころちぎれたアフロヘアーをわしづかみにして
結局何の対策もできていないじゃないか。
ちなみに第4階層はヘルメスたちの居住空間である指令室や、魔物の卵を孵化させるための孵化室、ダンジョンの設備にエネルギーを供給する魔導炉、魔物の輸送に使う転送魔法陣など、ダンジョンの核となる設備が配されたフロアであるから、このフロアで戦うわけにはいかない。
ヘビ男が卵から
――いや、いるが。しかし。
ヘルメスは申し訳なさそうにステラの顔を見た。淡々とカウントダウンを続けるステラの顔は険しく、いつもよりも緊張しているように見える。
「3、2、1、0。――ダンジョンが解放されました」
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