02-5 傲慢のバアル
*
死の音がする森――7つの大ダンジョンの1つ“ガレキの城”の第一階層に当たる樹海である。一国に匹敵する広さを持つその森は、ガレキの城が
死の音がする森に隣接する国は4つ。東のシャクヤク、西のヒナゲシ、北のジンチョウゲ、南のタンポポ。それら4つの国々は年々広がる樹海に国土を蝕まれ続けていた。
4つの国々の王たちが、ガレキの城のダンジョンマスターの首に莫大な懸賞金を掛けたのは言うまでもない。
4つの国々の冒険者たちは、ガレキの城を攻略すべく森に足を踏み入れていく。しかしガレキの城にたどり着いたものはここ50年の間現れていない。
「ガレキの城が目印になるんだ、迷うないはずがない」
とタカをくくった東の国の冒険者は森の中を3日3晩さまよった挙句力尽きた。
「大人数で少しづつ陣を広げながら攻略していけばよいのだ」
と慎重に攻略を進めた西の国の兵団は、3日3晩森の魔物に襲われ続け、終いに食い殺された。
「遠距離魔法でダンジョンごとぶっ飛ばしてやる! 喰らえ!
と叫んだ北の魔導師だったが、しかしMPが足りなかった。
「遠距離攻撃でダンジョンごとぶっ飛ばしてやる! 喰らえ! ウィニングサンダーアロー!」
と南の弓使いが放った矢は、その辺に落ちた。
かくして人々は必死の抵抗を続けたが、それも実らず、未だに森は攻略できないまま100年以上が経過した。
その間も森はゆっくりと拡大し、城はゆっくりと拡張していく。今や、死の音がする森は世界のどんな森よりも広大で不吉で、ガレキの城は世界のどんな城よりも巨大で
だれか! 助けてくれ!
そんな人々の苦しむ顔を想像してうっとりと美味い酒を呑んでいる1人の男がいた。
ガレキでできた巨大で歪な城の最上階、ガラクタとごみで出来た部屋の真ん中で。 巨大なソファーに腰をおろしながら、その男は酒を呑んでいた。
その男――名を“
*
壁も床も天井も、全てがガラクタで出来たごちゃごちゃとした部屋。強い日差しが天井に設置されたステンドグラスを通過して、色とりどりな
部屋の中央に置かれた巨大なソファは、ヒョウ柄や虎柄や牛柄の毛皮を継ぎ
ソファの上に深く腰を落とし、うっとりと目をつぶっている男。この男こそがガレキの城の主である。
男の顔は、乱雑なガレキ部屋とは対照的に整然としていた。きれいなカーブを描く輪郭にすっと高い鼻筋が通った、それはそれは整った顔。死人のように血の気の無い青白い肌。さらりと流れるような長髪が銀糸のごとく輝きを放つ。 街の人間10人に彼の顔写真を見せ、イケメンかツケメンか? と問うたら、10人中10人が「え? ツケメン?」と答えそうな美青年である。
そんな美青年が着ている服、なんとヘルメスと同じダンジョンマスターの服である。すなわち白いシャツに襟の高い黒のコートとパンツ。ヘルメスと違う点といえば、胸元のスカーフを身につけていないくらいで、代わりに白いシャツのボタンを大胆に外して胸元をはだけている。
そんなセクシーな男は左手でファサっと髪を掻きわけながら、右手のワイングラスに入った琥珀色の液体をコクリと飲み干す。その所作は優雅で、彼の姿を見ている者がいれば目を奪われていたかもしれない。
「プハー。たまらないね。ゲェーップ。人々の苦しむ姿を想像しながら呑む。ゲェーップ。酒の味は」
初台詞がこれでは台無しである。しかし、まあ部屋には彼しかいないのだから、それもしょうがないことかもしれない。
しばらくうっとりと目を閉じていた彼は、空になったグラスを宙にかざす。うっすらと目をひらく。琥珀色の瞳があらわれた。その瞳で愛おしそうにグラスを眺めると彼は、 「“承認”」 と短く呟く。するとグラスの上に白い光の球が現れ、そこから琥珀色の液体がグラスに注がれていく。
聡い読者の皆様なら、今頃、「あれは! ダンジョンマスターの真骨頂その②“アイテム生産”能力!! この男まさか!?」とお思いになられただろう。その通り、この男ダンジョンマスターなのである。
再び一杯になったグラスを今度はぐいっと一気に飲み干すと、男はまたしても「プハー」と
「ゲェーップ。素晴らしいナイスゲップ。そう思わないか? アナト」
ぶつぶつと意味不明な独り言をつぶやいている彼は頭がおかしいにちがいない。しかし、彼の口調は誰かに話しかけているようでもある。
「ふ……。まただんまりかい? アナト……。本当に君はこの世界から消えてしまったのかい?」
男は苦々しい自嘲の笑みをたたえ、手に持ったグラスを宙に放り投げた。 弧を描く軌道で宙を舞ったグラスが床の上に落ちる。パリンと音を立てて割れ、ガラスの破片が床に散らばったが、男はそれを気にする素振りも見せない。 男は天井のステンドガラスを仰ぎ見ると、天井に話しかけるように、
「僕は今日も人を殺し続けている。ダンジョンもずいぶん大きくなった。君が好きだった森もどんどん広くなっている。でもね、アナト。君がいないんじゃ虚しいだけさ」
そして大きく口を開き、呟く。
「“承認”」
男の頭上に光の球が現れ、そこから琥珀色の液体がドボドボと流れ落ちる。流れ落ちた先には男の開いた口があった。「あ゛ー」と言いながら、浴びるように酒を呑む。というか文字通り酒を浴びていた。
「ほら! 僕はこんな下品な真似をしているんだよ! さあアナト! 愚かな兄を叱ってくおくれ! あの頃のように!」
「バアル様」
降り注ぐ酒を浴びながら両腕を広げ天に向かって叫ぶ。正に変態の所業であった。忘我の彼方に彼を、女の声が呼びとめた。しかし女の姿はどこにも見えない。
「なんだ! 僕はァ忙しいんだ! 見てわからないのか!? つまらない用事だったらポイントに変換してやるぞ!」
酒でびちゃびちゃになりながら叫ぶ。見てわかれと言われてもって感じではある。
「侵入者でございます」
「アァ!? んなもん殺せばいいだろう! つまらない用事で僕の邪魔をするな! ははあ、そんなにポイントにして欲しいのか? 望み通りポイントにしてやるよ」
怒り心頭といった面持ちの男は指を鳴らそうと中指と親指で輪を作る。男が中指を弾き、パチンと指が鳴った時、この女の声はポイントとなって消えるのだろう。
しかし。
男の凶行にもひるまず女の声は続けるのだ。
「待ってください、バアル様! その侵入者、普通ではありません――」
「ンン!?」
「――侵入者はダンジョ」
パチン 男が指の音が部屋に響き渡ると、部屋は再びの静寂に包まれた。
「バカなやつだ。そんなこと僕が把握していないとでも思ったのか? 僕を甘く見るな」
男は再び目をつぶる。全身酒でビッチョビチョだった彼の身体はすっかり乾いていた。おそらく先ほどの指パッチンで、体を濡らしていた酒もポイントに変換したのだろう。
「新規のダンジョンが僕のダンジョンの中にできたのか……。珍しいこともあるんだね、アナト。でもちっとも面白くないよ……ねえ、アナト」
男はふたたびソファにもたれた。そのまま動かなくなった。
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