02-3 査定結果と大人の事情 その③
『つまりヘルメスさんのダンジョンと「ガレキの城」が争うことになるのは決定的ってわけなんです。ダンジョンの敷地内にできたダンジョンなんて、鬱陶しくてしょうがないでしょうから。100年以上続く大ダンジョンとできたばっかりのダンジョンが争う。こうなるともう戦う前から勝敗は見えてるってわけで、すまねえがあっしはヘルメスさんには大した融資ができねえと思っていやした』
「いや、勝ちますけど? ヅラのくせに失礼な」
と言ったのはステラだった。ヘルメスはすかさず「失礼なのはお前だろ!」とツッコむと、「あ、いや、こっちの話です。続けてください」とオネストに話を続けるように促す。
『ところが、上(地獄の一丁目銀行上層部)はそうは考えなかった。それどころかヘルメスさんのダンジョンを利用した、
「それが“戦争”ですか」
とわかったような相槌を打ったヘルメスだったが、全く事態を飲みこめていない。知ったかぶりなヤツなのだ。
『第六世界はねえ。銀行泣かせのダンジョン不毛世界なんでさあ。なんたって7つしかダンジョンがない。それら7つの大ダンジョン――“7つの大罪”はもう融資が必要ないくらい成長しきっていやす。そんな感じで第六世界は均衡状態に
「――俺のダンジョンができるまでは……ですか?」
ようやく話がつかめてきたヘルメスだった。
『そうでやす。上はヘルメスさんのダンジョンを鉄砲玉にして、張り付いた見てえにポイントの動かねえ第六世界に風穴を開けようとしてるんでさ』
そうか。そういうことか。ヘルメスの頭が今までにないスピードで回転していた。
「つまり、銀行さんは俺に融資をすることで、ガレキの城を消耗させようとしているんですね?
俺のダンジョンが今のままだったら、あっという間にガレキの城に叩き潰されてしまう。だけどポイントがあれば話は別だ。十分な迎撃態勢さえ整えば、ガレキの城だって簡単には俺のダンジョンを叩き潰せなくなる。俺のダンジョンを叩き潰そうと思ったら、それこそ戦力の大半をつぎ込まざるを得なくなるだろう、と」
こんなことは初めてだ。こんなシリアスな長ゼリフを噛まずにしゃべることができただなんて。ヘルメスは自分の成した偉業に驚いていた。
『そういうことでやす。ヘルメスさんがガレキの城を消耗させる。消耗したガレキの城はポイントが必要になる』
「そこで、地獄の一丁目銀行の出番ってわけですか」
『そうでやす……。簡単にはいかねえでしょうが上手くことが進めば、ヘルメスさんを叩きつぶすためにガレキの搭はあっしらから多額の融資を受けることになるでしょう。“7つの大罪”クラスのダンジョンなら、それこそうん億、うん十億単位の融資額になる。そうなればしめたもの、多額のポイントが銀行に転がり込むって寸法なわけでさあ』
はあ、というため息が水晶玉から聞こえた。オネストとしても不本意なのだろう。
それに。銀行の目的が「ガレキの城」への融資だとわかってしまった。どんなに善戦をしたとしても、最終的に銀行が味方するのは「ガレキの城」であってヘルメス達ではないとわかってしまった。
銀行がヘルメス達に融資をするのは「ガレキの城」を消耗させるためであって、ヘルメスを勝たせるためではない。
そう。――ヘルメス達は「ガラスの城」に負けると。銀行の描いたシナリオではそう決まっているのだ。しかし。
『……これが上の企みでやす。ようはヘルメスさんはあっしらの金儲けのダシに使われるってことなんでやす。あっしとしてはそういうコスイやり方は好かねえんですが。上には逆らえませんで。すまないねえ。あんたらみてえな若いのに“大人の事情”背負わせちまうことになりやすが、どうだい? これでも融資を受けるかい?』
本来打ち明ける必要のない“大人の事情”。しかしオネストは隠さずに打ち明けてくれた。その誠実さに胸が熱くなる。オネストは問うているのだ。
負けることになっている勝負に挑むか否か!?
――もう答えは決まっている。
「謝らねえでくれよ、オネストさん! どの道、融資を受けれなかったら俺たちは何もできずに死んでたと思うんだ。金儲けのためであれなんであれ、融資が受けることができて、少しだけど希望が見えた。俺頑張るよ! トイチの利息でも死ぬよりはマシだ、融資を受けるよ!」
自信があるわけではない。しかし、やれることはやるべきだ。絶対に生き残ってやる。そう決心したヘルメスの顔は晴れやかであった。ヘルメスはようやく腹をくくりつつあった。 しかし。
『つまり、1,000,000ポイントの融資を受けるってことでやすね? 言っておきやすがうちの銀行はハンパねえ。利息は10日ごとにきっちり取り立てに行きやすし、返済の見込みがねえようなら、代わりにあんたの――命を貰うことになるんですぜ? 』
え?
殺気を帯びたオネストの口調に、ヘルメスはの覚悟はぐらついた。
『本当のところをいうと、あっしがこうして事情を打ち明けたのは、いざあんたを殺すってなった時、躊躇しねえためでしてね。事情を知らねえ若もんを殺すのは忍びねえ。見逃すこともあるかもしれねえが、こうして事情を打ち明けて、それでも融資を受けるってえ覚悟ある若もんなら話は別だ。あっしは迷いなくあんたを殺しやすぜ』
ぐらつく覚悟にダメ押しの一撃をくらった気分だった。
考えようによっては「ガレキの城」よりも、銀行の方が脅威なのではないか? トイチの利息に加え、オネストのようなレベルカンストに命を狙われるとなったら、それはもう、死ぬしかないのではないか?
「ちょ、」
と考えさせてください。 そう言い掛けたヘルメスだったが、「上等です!」とステラの
「私のマスターはアフロだけど、やるときはやる男。ガレキの城だろうが地獄の一丁目銀行だろうが、絶対に負けません! 私をこの世界に呼び出した男はそういう男のはずです! ちょっとやそっとの困難でくじける人じゃありません。ですよね? マスター?」
ステラが晴れやかな笑顔をまっすぐに向ける。ヘルメスがそれに向き合う。サファイアの瞳に一切の曇りはない。
――おれを信じてくれている。そんな瞳だった。
「この俺のどこをどう見たらそういう男になるんだか……。まったくもって理解不能だが、」
とヘルメスは切り出す。彼の覚悟はもう体勢を立て直していた。
「それでもおれはダンジョンマスターなんです。おれを信じてくれるステラのためにも黙って殺されるわけにはいかない。おれたちが生き残るために全力を尽くさないといけないんだ。だからお願いします。融資をしてください。――おれたちが生き残るチャンスをください」
わりとガチで言ってしまってちょっと恥ずかしくなったヘルメスだったが、彼の心に後悔はない。
しばらくの沈黙があって、
『わかりやした。いい覚悟だと思いやした。若いってのはいいねえ。早速ポイントを送りますぜ。後で確認してくんなさい。毎度、ご利用ありがとうございやした』
そういい残して、オネストは通信を切った。
どっと疲れ、椅子にヘタレこんだヘルメスの顔を、ステラはいたわるように見つめていた。
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