02-2  査定結果と大人の事情 その②




『プルルルル、プルルルル』


 水晶玉の断続的な電子音と、トントンと肩に伝わるステラの指先の感触で、ヘルメスは目を覚ました。首が少し痛みがあるのは椅子に座った姿勢で眠ったからだろう。


 恐怖で眠れずにいたヘルメスだったが、なんだかんだで眠ってしまった。疲れが恐怖を上回っていたのだろうが、それにしても体がだるい。


「おはようございます」


 爽やかな笑顔でステラが言った。口の周りによだれの跡が付いていた。きっとよく眠ったに違いない。


「おはよう。 ってこの部屋にいると、朝って感じしないな」


 ヘルメスたちのいる部屋には扉もなければドアもない。ステラによれば部屋は地表から20メートルの地下に埋まっているそうだ。 こうしている間も『プルルルル、プルルル』、と電子音が鳴り続けていた。さっきから鳴ってるけどどうすりゃいいの? とヘルメスが水晶玉を指差す。


「あ、たぶん、地獄の一丁目銀行からですね。査定の結果が出たのでしょう。水晶玉に両手をかざせば、回線がつながるはずです」


 ステラに言われた通り、両手をかざしてみる。『ガチャ』という音が断続的な電子音を遮った。


『ヘルメスさんのお宅かい?』


 名乗りこそしなかったが、このドスの利いた声は地獄の一丁目銀行のオネストに違いない。オネストのいかにも銀行マンといった風情のスーツ姿が脳裏に浮かんだのも一瞬、ヘルメスは「はい、ヘルメスです。お世話になります」と答える。


『どうもお世話になっておりやす。地獄の一丁目銀行のオネストですぜ。昨日はどうも。――査定の結果が出たんでお知らせしやした』


 来たか! ヘルメスの顔に緊張が走る。


 オネストの言う査定とは、銀行によるダンジョンマスターの資質や立地などを調査、および融資額を算定を指す。ヘルメスがダンジョンマスターとして大成できるかどうか、、ヘルメスのダンジョンに将来性はあるかを調べ、その調査結果から融資可能なポイント額を算定するのだ。


 融資ポイントが高ければ、それはつまりヘルメスのダンジョンの将来性が高く評価されたということである。


 ――つまり、いっぱいポイント貸してあげるからダンジョン頑張ってね! あんたならきっと利息も含めて返済できやすぜ!


 と銀行に太鼓判を押してもらったようなもの。


 逆に融資ポイントが低ければ、それは銀行がヘルメスのダンジョンを将来性なしと見限ったということになる。


 ――つまり、あんたじゃどうせすぐ殺されちゃうんじゃね?


 ポイント返済できないんじゃね? そんな奴にポイント貸して損したくねえですぜ! と銀行から死刑宣告を受けたにも等しい。


 だからヘルメスはごくりと固唾を飲んでオネストの声に耳を傾けていた。


『結果から言いますと、ヘルメスさんのダンジョンへの融資ポイントは1,000,000に決まりやした』


 淡々とした口調でオネストが言いきると同時に、ヘルメスは「ひゃ、ひゃくまん!」と驚嘆の声を上げた。


「ろ、ロリコン男爵500体分!」


 と言ったのはステラである。彼女はなぜかロリコン男爵と言う魔物に執着しているのだ。ちなみにロリコン男爵の単価は2,000ポイント。


『不服ですかい?』

「いえ! もっと少ないと思っていたのでうれしいです」


 とヘルメスが言うと、オネストは対照的な苦々しい口調で続ける。


『まあ、ダンジョンマスターへの初期融資額の平均は100,000ポイントですから、ヘルメスさんへの融資額は通常の10倍ってことになりやすね』


「それって、俺のダンジョンに普通の10倍の価値があるってことですか? うおお!」


 ヘルメスが歓喜の雄たけびを上げた。しかし。


『ヘルメスさんあんた幸せ者だね。こういう上手い話しにはウラがあるって思わねえですか?』


 1,000,000ポイントの融資を得られると聞き、生き残る希望を見出しかけていたヘルメスだったが、オネストの鋭い口調に後ろから刺されたような気分になった。


「ウラってどういうことです? まさか利息も通常の10倍だとかそういう話ですか?」

『いや、ご安心くだせえ。利息は通常通りのトイチですぜ』


 トイチ。つまり10日毎に1割の利子がつくという意味である。


 1,000,000(100万)ポイントの融資を受けたら、10日後に100,000(10万)ポイントの利息が発生するということだ。ややこしいから経過は省くが、10日で1割の調子で利息が付いていくと、一年後には30,000,000(3,000万)ポイント近くまで借金は膨れ上がることになる。


 つまり借りた額の30倍ものポイントを返済するハメになるのだ! 


 恐るべき暴利である。


 常識的に考えて返済不可能な暴利に、安心するどころか頭痛と目眩めまいと吐き気をもよおしたヘルメスだったが、オネストの言う“話のウラ”とは、利息のことではないらしい。


「じゃあ、話のウラって一体何なんですか!?」


 吐き気を堪えながら気力を振り絞って言うと、


『あんまり大きな声では言えねえが、と言うか、銀行からは固く口止めされやすが……。顧客との間に隠し事はしちゃアいけねえ。あんたとあっしの目線は同じでなきゃアいけねえンだ……』


 と重々しい口調でオネストが話を切り出すのだった。第六世界とダンジョンと地獄の一丁目銀行にまつわる大人の事情を……。






『単刀直入にいうと上(地獄の一丁目銀行上層部)はね、ヘルメスさんのダンジョンと「ガレキの城」に大規模な“戦争”をさせようってハラなんでさあ』

「ガレキの城と戦争だって!?」


 と言ってみたものの、意味がわかっていないヘルメスだった。ガレキってなんだっけ? ガレージキットの略だっけ? と思ったヘルメスはオタクだった可能性がある。


 ステラはと言うと「最初からそのつもりでしたけどね」とさも当然と言う風に頷いていた。


『あんたらのダンジョンのすぐ近くにあったでしょう? 瓦礫がれきやごみやがらくたが積み重なってできた城が。あれが「ガレキの城」でやす。第六世界に存在する7つの大ダンジョン――“7つの大罪”の1つでさあ。ヘルメスさんのダンジョンは偶然にも、「ガレキの城」の領域テリトリー――「死の音がする森」の真下に出来ちまった』


 ヘルメスは昨日みた光景を思い出す。夜空に浮かぶ赤い月に照らし出されたいびつな城。その麓に広がる鬱蒼とした森。森が奏でる死を予感させる不吉な音を。

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