01-13  銀行にポイントを借りよう その⑥

「ひと目であっしの〈四次元刀剣術〉を使えるようになってやすし……ステラさんが成長したらと思うと恐ろしいですぜ……ダンジョンの運営から戦闘までかなり頼りになるんじゃアありやせんか?  はじめの魔物としては5段階評価で文句なしの5。ですが、」

「ですが?」

「ちょいとこれは強すぎる。ヘルメスさんの手に余るかもしれやせんな。ヘルメスさんに〈四のデッドフォア〉がついちまったのは仕方がないかもねえ」


 オネストがしみじみと言うとヘルメスは眉をひそめた。


「どういう……意味なんですか?」

「ヘルメスさんじゃ、ステラさんの攻撃に耐えられないって意味ですぜ。ヘルメスさん、ステラさんから何度かダメージを受けてやしやせんか?」

「それは……」


 ヘルメスは口篭もった。


「ヘルメスさんのステータスじゃあステラさんにちょっと小突かれたくらいで死んじまいますぜ。ステラさん、“ダンジョンマスター特攻”のスキルを所持してやすからね……

 〈初心者モード〉のスキルが付いていたから生きてやすが保護期間が終わったらアウトですぜ。肝に銘じておくんなさい」


 ステラからのダメージ??  ヘルメスは記憶を辿る。


 股間にヘッドバッドをかましたら壁まで殴り飛ばされた。


 場を和ますためにステラの性格は悪いと冗談を言ったらひじ打ちを喰らって床に顔面を叩きつける羽目になった。


 たしかに2回、ステラから攻撃を受けている! しかし、それが死ぬほどのダメージだったとは思っていなかった。


 ラブコメにありがちなギャグ演出だと思っていた……許容範囲の暴力だと……あんなで死んじゃうのか。ヘルメスは背筋にぞっと冷気が這うのを感じた。


「それと。もう1つ忠告しておきてェことがあるんでやすが……」


 オネストの心配そうな表情が、ヘルメスの背中を這いまわっている冷気の温度を一層下げる。


 「はい」と相槌を打ったヘルメスの顔色は少し青冷めていた。


 それに気付いたヘルメスは少しでも熱を得ようとコーヒーを口に含む。コーヒーの心地よい温度と香りと苦みがヘルメスの口の中いっぱいに広がったその時である。


「あんたステラさんに惚れてないかい?」


 とオネストがなんの躊躇ちゅうちょもなく言った。


「ぶふぅっ!!」


 その瞬間、そっぽを向いていたはずのステラがコーヒーを吹きだした。ステラの口から飛び出した漆黒の滴が宙を舞い、キラキラとシャンデリアの灯を反射しながら弧を描き、ボトボト床に落ちて行く。


 ステラはそっぽを向きながらも、ヘルメスとオネストの話に聞き耳を立てていたのであった。


 ヘルメスはと言うと、舌の上でコーヒーの味を十分に堪能しゆっくりと飲みこむ。コーヒーの温かさが喉を通り過ぎ、至福の美味に包まれ、ほっと一息ついた。その後で、


「なななな、なんでそんなこと聞くんですか!?」


 とベタなセリフを繰り出した。コーヒーを飲みながら何と言い返そうかと考えていたヘルメスだったが、やはりベタで行くことに決めたのだった。


 ステラは床に落ちたコーヒーのシミを眺めながら、「そこは一緒に吹きだすところでしょう!?」とツッコみそうになっている自分を懸命に抑えている。


 ツッコミは彼女の役割ではないのだ。今のところ。


 2人の慌てぶりを見て、自分の推測が図星だったと確信したであろうオネストは、


「ヘルメスさんに〈魔物愛好家〉のスキルが付いているのを見て、カマかけてみやした。まあ、あっしとしちゃあ惚れてようが惚れて無かろうがどっちでもいいんですがね」 


 どっちでもいいならカマなんかかけんな! と内心でいきどおったヘルメスだったが、ここは大人しく「そうですか」と言っておく。


「あっしはねえ。魔物を甘やかしちゃあいけねえって忠告したかったんでさ。たとえそれがステラさんのような美しい魔物でもね」


 ステラの顔がドヤ顔になったのも一瞬、オネストは続ける。


「最近のダンマス(ダンジョンマスターのこと)はねぇ。なんていうか自分の魔物に甘いんでさァ。とくに女型の魔物を最初に呼び出すようなヤツはね」


 オネストは暗にヘルメスのことを指していたのだが、当のヘルメスは(へえ~そんなヤツもいるんだな)と他人事のように聞いていた。


「命の優先順位を間違っちまうんだねえ……挙句の果てに君を守るために戦うぜ、なんてダンマス自ら敵に挑んでさ。結果その魔物よりも先に死んじまうんだから笑えねェ。ダンマスが死んじまったら、ダンジョンの魔物も同時に消滅しちまうんだ。あっしが何が言いたいかわかるかい? ヘルメスさん」


 突然話題を振られたヘルメスだったが、オネストが何を言いたいのかはわからなかった。かといって「わかりません」と答えるのも悔しいので、知ったかぶることに決めた。


「ああ。勿論わかったぜ、オネストさん。肝に銘じとくよ」


 オネストはフっと口元に晴れやかな笑みを浮かべると、


「わかってくれたならいいんです。くれぐれも肝に銘じといてくだせェ。男と男の約束ですぜ」


 と言うや、腕をヘルメスの方へまっすぐに突き出し親指をグッと立てる。


 ヘルメスもそれに続いてグっと親指を立て、おまけにウインクまでした。


 2人は男の約束を交わしたのである。


 オネストと男の約束を交したヘルメスだったが、結局彼が何が言いたいのかはわからなかった。

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