01-14  外の世界を見てみよう

「さあて、これで査定の材料は大体そろいやした。あとはダンジョンの立地ですが……。お2人さん、ダンジョンの外へ出たことはおありで?」

「あるわけねぇだろ!」


 あるわけねぇだろ! と内心で激しいツッコミをいれつつも、口では「ありません」と返事をしようと思っていたヘルメスは、心のセリフをそのまま言い放ってしまっていた。


 すぐさま「すいませんでしたぁああ!」と叫びながら、どうしちゃったんだ俺!?  と自問する。 考えてみれば、ヘルメスは気が付いたらダンジョンにいて、それから一睡もしていない。おまけに4度も死に至るダメージを受けているらしいのだ。疲れているのかもしれなかった。


 失礼極まりないヘルメスだったが、それをオネストは咎めもしないどころかハハと豪胆に笑った。器の大きい男なのだ。


「これからあっしはダンジョンのちょうど真上に空間跳躍して、このダンジョンの立地条件を確認してから銀行に帰ろうと思ってやす。どうです?  良ければヘルメスさんたちも一緒に外に行きやせんか?  ダンジョンの立地を確認しとけば、どんなダンジョンにするかもおのずと決まって来るもんですぜ」


 ヘルメスは「うーん」と考える素振りを見せた。外の世界をみたい気持ちはもちろんあるが怖くもある。


 ステラはというと、


「ダンジョンの外なんかに興味はありません。でもオネストさんがそんなに言うなら行ってあげないこともないけど?」


 とツンデレ的なセリフを吐いて、目をキラキラさせていた。どうやらステラは外に行ってみたいらしい。


 ステラのデレを見てしまったヘルメスは、内心で仕方ねえなと呟くと、


「ステラが行きたいなら、行ってやってもいいぞ」


 と言った。ステラのツンデレが伝染うつってしまっていた。


 横柄な態度の2人だったが、オネストはそれを気にするでもない。ひょっとしたら器が大きいというよりは、実力が違いすぎて腹も立たないのかもしれない。


 それに考えてみればオネストの話は悪い話ではない。むしろチャンスだ。オネストの言う通り、ダンジョンの立地を確認しておけば、おのずとどんなダンジョンを作るかも決まって来る。


 例えば。ダンジョンが街の近くにあったなら、多くの冒険者が攻略に訪れるだろう。


 となれば冒険者からポイントを稼ぐタイプのダンジョン――つまり冒険者を殺すもしくは金品を奪うダンジョンを構築する必要がある。


 逆に街から遠く離れたところにあれば、冒険者が来訪することは稀だろうから“もの作り”、もしくは“交配”を利用して、コツコツポイントを稼ぐタイプのダンジョンを作るべきだろう。


 上記のようなプランを画策するためにも、外の世界はこの目で見ておくべきだ。しかし懸念材料がないわけでもない。


「あ、オネストさん、もしこのダンジョンの真上が戦場とかだったらどうする?

 空間転移で外に出た瞬間、大砲が飛んできてドカーンみたいなことがないとは言えないだろう??」

「安心してくだせえ。お2人の命はあっしが必ず守りやす。」

「マスターは〈初心者モード〉のスキルがあるから死にませんよ。それにマスターの命は私が必ず守ります。さあ、外の世界を見に行きましょう」


 どん! と胸を叩いて言うオネストとステラは頼もしかったが、すでにヘルメスはこの2人から死に至るほどのダメージを与えられていることを忘れてはいけない。 自分をいとも簡単に殺すようなヤツらに守ると言われて、それを信じ切っていいものだろうか?  


 ――畢竟ひっきょう、自分の身は自分で守るべきで、自分の身を守る実力がないのなら、外に出るべきではない。


 それにだ。


 ステラがまだ頭の中の声だったころ、たしかこう言ったはずだ。


 ――“ダンジョンの外に出れば殺される。殺されて死ぬ”と。


 それが引っかかる。ダンジョンの外にはおれの命を狙う敵がうじゃうじゃひしめいているんじゃないのか?


 と懸念材料を頭の中で整理したヘルメスだったが、まあ今は〈初心者モード〉のスキルがあるから死にはしない。問題はないだろう、と安易な結論に至った。ヘルメスはもともと考えることが得意ではなく、さらに彼は疲労と睡魔で判断力が低下していた。


 それゆえに状況に流されてしまったのだ。


「よぉし、そんじゃあいこうぜェ! 外の世界の下見に!」


 ヘルメスはもうやけっぱちのハイテンションである。


「はい! マスターは私の傍から離れないように! マスター迷子になる。私守れない。マスター死ぬ」


  妙にテンションが高いのはステラも同じだった。ハイテンションのあまり、カタコトになってしまっていた。


 カタコトでも死と言う言葉の響きは恐ろしかったが、どうせ死なねえから大丈夫だろう、とヘルメスは思った。


「そんじゃあ行きやすぜ」


 そう言うとオネストは、「ちょいと失礼」と腰に下げた刀――ソハヤノツルキウツスナリ【魔改】に両手に掛け、直後、「はあッ」と裂帛れっぱくの気合を部屋全体にとどろかせた。


 オネストの腰から抜き放たれた横凪ぎの剣が宙を走り、「しゃりん」という鍔鳴りと共に鞘に収まる。正に一瞬の出来事でヘルメスの目には、剣閃の軌道もオネストの手の動きさえも捉えることはできなかった。


「四次元刀剣術――〈千華道ちかみち〉」


 オネストの放った剣戟けんげきは“空間そのもの”を切り裂いていた。切り裂かれた空間には“裂け目”が生じて、空中に黒くて薄い直線がヘルメスの部屋に浮かんでいるように見える。


「〈千華道〉は空間を“裂く”技。あとは“裂け目”を広げてやれば、〈空間跳躍リープ〉するのに必要な“穴”ができるって寸法でさあ。空間を広げるには“ちょいと”腕力が必要ですがねェ……!」


 オネストはそう言うと、空間の“裂け目”に甲を合わせた両手を突っ込み、ぐっと腰を落とす。顔中に青筋を立て、


「ぬ゛お゛おおおおおおォォォアアアアッ!!!!」


と野獣のごとき咆哮を吐きながら、空間の裂け目をゆっくりと広げて行く。


 その咆哮の凄まじさといったら、砲丸投げの選手も真っ青になって逃げ出すほどだ。当然、砲丸投げの選手でもなんでもないヘルメスは、くるりと背中を向けて逃げ出そうとした。オネストの咆哮で、頭の片隅に置いた懸念材料が起き出し、恐怖となってヘルメスを襲ったのだ。  


 つまりヘルメスは嫌な予感がした。4度の死によって彼の危機感知能力は磨かれていたのだ。やばい。なんかやばい。逃げなきゃ。


 ふわり。


 逃げ出そうとした肩を誰かに掴まれた感覚。


 振り返るとステラの笑顔があった。邪悪を無理やり笑顔の形にしたようないびつな表情だ。


「どこへ行くんですかマスター。私から離れちゃだめだっていったでしょう」


 ステラの、そのサファイアのような瞳の奥に、煙のような暗い闇が――狂気が渦巻いている。ヘルメスにはそう見えた。


 そして。ステラの、その後ろの光景をヘルメスは見た。見るなり、どきりと心臓が跳ね上がり、同時に息が荒くなる。


 ステラの顔の奥にはスーツ姿のオネストの背中。その奥に――空間の裂け目の奥に見たこともない光景が広がっていた。


 見たこともない光景?  


 当然だ。ヘルメスにはダンジョンに来る前の記憶がないのだから。


 しかし、それにしたって変だ。この世界はたぶん、ヤ、ヴァイ!  


 ヘルメスの全身から汗がダクダクと吹きでる。その汗は空間の裂け目から流れ込む、肌に絡み付くような粘着質の殺気が引き起こしたものだ!!


 視界の下半分を丸ごと覆ってしまうほどの、鬱蒼うっそうとした、深い深い森。視界の上半分を覆う、漆黒の夜空。夜空に浮かぶ妖しく赤く光る月。


 月明かりのたもと、切り立った高台の上にその城はあった。幾重ものゴミ、瓦礫がれきを積み木のごとく積み重ね、城の形に整えたそれは明らかに、人のことわりの外で生きる者たち――魔物の住処だった。


 城の建つ小高い丘の麓から、延々と広がる森。その木々の隙間から聞こえてくる、ゴソ、ゴソと何かが這いまわる音。あるいは木々の梢の間をバサ、バサと何かが飛びまわる音。それらの音の間隙かんげきをペチャ、ペチャと何者の舌使いの音が埋める。ときおり聞こえるギャアアアと言う何者かの絶叫が、不吉な音のオーケストラに絶妙なアクセントを加え、ヘルメスの脳内を恐怖で浸食していく。 ヘルメスは恐怖で頭がおかしくなりそうだった。


 おそらく、この森も領域だ。あの城に住まう者達の住処だ。


 やばい。この森はヤバい。あの城はもっとヤバい。おれのダンジョンの外の世界は――ヤバい。ヘルメスの本能が――全身の細胞が警告音を鳴らしていた。


「さて、行きやしょうか、ヘルメスさん。ダンジョンの外の世界――“外界”の下見に。――まあ下見するまでもねェかな?

 お得意さんがこんなに近くにいるなんてねェ……。大手デパートの敷地で露店を開くようなもンですな。ま、侵入者には事欠かんでしょうが、こりゃア大変だ。ダンジョンの立地は5段階評価で文句なしの1……。いや0を付けてもいいくらいでさァ。くわばらくわばら」

「マスター見えますか? この“死の音がする森”に、あの“ガレキの城”!! まさか――こんなに近く――こんなに早くたどり着くなんて!! 私から力を奪った者の居城ダンジョンのひとつがすぐそこにある!!  ククク、面白くなってきやがったわ」


 妙に嬉しそうな顔のステラは怖かった。


 俺どうなっちまうんだ?


 ヘルメスは考えてみた。しかし、どう考えても自分が死ぬ姿しか想像できず、彼は考えるのを止めてしまった。


 ダンジョンの保護期間終了まであと2日とちょっと。オネストの査定の結果も気になるが、そんなことよりも自分の命が心配だ。不吉の塊とでもいうべき外界の光景は、ヘルメスの心をバキリとへし折った。




第一章 おわり




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ここまで読んでいただきありがとうございます。

10年前に書いた作品を手直しして投稿しています。ところどころ、んん?? と思うところもあるのですが(ジョジョとか……ステータス回とか)ほぼ当時のまま投稿してます。


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