01-9  銀行にポイントを借りよう その②

「は、はい。ダンジョンマスターのヘルメスと申します。この度はダンジョン作成に必要な、ポイントの融資をしていただきたく、お電話しました。お手数ですが担当の方におつなぎいただけますでしょうか?」


 完璧な電話対応だ。どうだステラ!! とばかりに激しいガッツポーズをするヘルメス。


『ヘルメスさん、ね。ちなみに初めてのご利用で? 500年近く勤めてるがヘルメスなんてダンジョンマスターは聞いたことがねぇや。そういう名前の錬金術師はいたがねぇ』


 オネストが昔を懐かしむようにしみじみと言う。悪い人ではないような気がする。ただ、彼の年齢は500歳以上だということが判明した。どういう生き方をしたらそんなに長生きできるのだろうと不思議に思いながら、「はい! 初めての利用です」と答える。


『そんじゃア、ちょっくら査定に行かねェとなァ。あいにく担当は出払ってるもンで、査定にはあっしが向かうことになりやすが、構わねえかい?』


 査定……ってなんぞ? と思いつつもヘルメスは、「はい! 構いません! お待ちしております」と答えた。


『はいよ。そんじゃすぐに行きやす。ちょいと転移しますわ。四次元座標は第六世界の(2345678:129309:5834578:-0000020)でよろしいかい?』


 四次元座標? 第六世界? なんのことだか分からず、ステラの方へと目を泳がせた。ステラはグっと親指を立て、うんうんと頷いている。おそらくその座標でいい、と言うサインだろう。


「はい! よろしくお願いいたします」

『はいよ。20分ほど待ってくンなさい』


 言い終わるや、『ガチャリ』という音と共に通信が切れた。


 通信が切れるや否やステラが「アハ、アハハハハ……!」と堰を切ったように笑い始めた。


「お、おい。銀行の人(確かオネスト)サテイに来るって!! サテイってあれだろ? 査定だろ??  俺に何ポイント貸せるか、つまり俺のダンジョンマスターとしての器を評価しに来るんだろう??  ど、どうしたらいい??」


 ヘルメスはヘルメスで明らかに動揺していた。ステラとの会話と違い、銀行の人(オネスト)との会話は緊張感があった。凄まじく疲れた。その緊張感の主が今からこの部屋にやって来ると言うのだ。


「アハハハハハハ! 『ダンジョンマスターのヘルメス・トリぶひぇトメギぶひぇトぶひぇでぶひぇ!』! アハハハハ……」


 地獄の一丁目銀行の査定なぞどこ吹く風。ステラは腹を抱え床の上を笑い転げている。


「笑ってねぇでさ! たぶん悪い人じゃないけど怖い人なんだ! 声の感じではそうだった。失礼なことしたら、俺たち殺されちまうかも知れねえんだぞ!!」

「ふ、ふひ、あは、だふ、ふふ。ああ~お腹痛かった」


 ステラは何事もなかったようにスクっと立ち上がり、つかつかとヘルメスの方へと歩み寄る。


「大丈夫……! 堂々としていればいいんです。きっとマスターなら良い評価をもらえますよ」


 と言うとニコリと笑った。


 ステラの言葉に何の根拠もないのはわかっている。


 たぶん。それでも。ヘルメスを安心させようとして。


 ステラの気遣いに胸が熱くなるのを感じたヘルメスは、思わず。


「あ、ありがとう。気を遣わせちまって悪いな。俺がマスターなのに」

「いえいえ。その代わり、たくさんポイントを貸してもらえたら、いっぱい作ってくださいね。ロリコン男爵」


 一瞬考える素振りを見せたヘルメスだったが、「いや、それだけは嫌だ」と即答した。







 ヘルメスとステラとが300ポイントを消費して、新しい椅子と3つのコーヒーカップ、それにアツアツのコーヒーを用意し、どうにか来訪者を迎える準備が終わって、「ほっ」と安堵の息を漏らした、その時。


 タイミングを計ったように、その男は空間を斬り裂いて現れた。


 2人が椅子を並べている円卓のちょうど真上。床からおよそ2メートルの高さ。テーブルとシャンデリアの間の空間に、稲光のような閃光が一直線に走った。


 そう思ったのも一瞬、次の瞬間には空間に“裂け目”が生じたのである。


 ヘルメスにはその裂け目が、空中に浮かぶ直線のように見えた。 驚く間もなく、空間の裂け目から甲を合わせた両手がニョキニョキと生え、ガシリガシリとヘルメスたちのいる空間を掴むと、


「ぬ゛あ゛ぁぁあぁあああ!!!!」


  裂け目の向こう側から生じた、どんな猛獣よりも猛々しい、まさに悪魔のそれと言っても過言でない咆哮が部屋全体を震え上がらせた。あまりの迫力にヘルメスは思わず床に尻もちをついた。


 それと同時に空間の裂け目がグニャリと。まるで閉じたまぶたを内側からこじ開けたように広がっていく。そういう意味では、裂け目の上下で空間を掴む両手は短い睫毛まつげのようにも見える。 空間の裂け目の向こうには闇があった。ドアも窓もない密室の、暗闇も見通すことができたヘルメスが認識できないほどの、どこまでも暗く深い闇。


 ステラの瞳の色が吸いこまれそうな青だとしたら、この裂け目の色は呑みこまれそうな黒。


 あんぐりと口を開いて、自失の内に空間の裂け目に広がる“向こう側”を見上げていたヘルメスは、ふいにその男と目が合う。


  空間の裂け目のちょうど中央、目でいうと瞳の部分から、ひょこっと顔を出した男と。


 案外若いんだな。500歳以上って言うからもっとしわしわの人を想像していたんだけど。


 7:3に分け、整髪料でガッチリ固めた髪。牛乳瓶の底ほどに分厚いレンズの黒ぶち眼鏡。空間を切り裂いた男の顔は絵に書いたような銀行マンだった。


 ヘルメスと目が合うや、男は典型的な営業スマイルを浮かべ、


「毎度! “地獄の一丁目銀行”のオネストと申しやす。ダンジョンマスターのヘルメスさんのお宅ですかい!?」


  と見た目に似合わぬドスの聞いた声で言い放ち、「は、はい」とヘルメスが返事をすると同時にストンと床に着地した。


 オネストは膝を巧みに使って落下の衝撃を完璧に殺したらしい。達人とでも言うべき見事な着地であったが、その所作とあまりにも銀行マンらしい彼の外見とのギャップはますます広がってしまった。


 す、と立ち上がった彼の背筋はピンと伸びて、電信柱のようなスマートさだ。


 彼の無駄のない肉体を包むピッタリしたサイズのスーツは、表面を起毛させた暖かそうな素材で出来ており、スーツでありながら季節感を演出している。


 そんなことよりも、ヘルメスを驚かせたのは彼の腰にある凶器だった。


 彼の腰には一本の日本刀が提げられていた。柄もつばも鞘も黒漆で塗り固められたそれは、黒々としながらも妖しげな光沢がある。


 どうみても業物わざもの、たぶん実戦仕様。一目で使い慣れているとわかる得物は、不思議とスーツとマッチして、オネストによく似合った。


 オネストはきゅ、と襟元えりもとを飾るウールのネクタイを整え、くい、と眼鏡を上げると、すい、と腰に提げた刀に手を掛け、床で尻もちをついているヘルメスの元に歩み寄る。キラリと光る眼鏡、その奥にあるはずのオネストの目はレンズの厚さにへだてられ見えなかった。


 「あ、あ……」 斬られる。そう思い目をつぶってしまったヘルメスだったが、そうではなかった。


 目を開けるとオネストのメガネが真正面にあった。 刀を腰から外し、膝をついたその姿勢は、武士の礼儀作法にのっとったもの。


「頭の上から話しかけちまって失礼しやしたね、ヘルメスさん。依頼者とあっしの目線の高さは常に一緒じゃなきゃアいけねえ。さあ、査定を始めやしょう。よろしく」


 そう言って、オネストは右手を差し出す。


「あ、あ、よろしくお願いいたします」


 とその手を握るヘルメス。オネストの手はゴツゴツしていた。

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