01-6  ステータスを確認しよう その③


「おう! 次は真骨頂その①ダンジョン設備のうんたらかんたらだっけ?」

「はい! ダンジョンマスターの真骨頂その①“ダンジョン設備の拡充・拡張”。とりあえず、この真っ黒で汚い部屋、なんとかしましょう」

「わかったてばよ! で、どのページを開いたらいいんだ?」


 と尋ねつつ、ヘルメスは心の内でモヤモヤと戦っていた。背中に密着しているステラの胸の感触。これではどうがんばっても脳内を占めるステラの存在を薄めることができない。


 なんだこれ?


 ステラの存在が自分のなかで大きくなっていくような。


 自分の能力で生み出したはずの魔物。身なりはきれいだが、性格の悪さといい加減さは折り紙つき。ぶん殴ってやろうとさえ思っていた存在、ステラ。


 それが気になって仕方がない。


 さっきからおかしいな。どうしちゃったんだ俺。気を紛らわせるためにパラ、パラとページをめくる。


 パラ。


 “ダンジョンマスターのステータス”が示されていたページが、“ダンジョン設備一覧”、“アイテム一覧”に変わった。ダンジョンマスターの服など、装備アイテムの詳細情報はこのページで確認できるようだ。 パラ。 2度ページをめくって、ヘルメスはそれを発見した。


「“ダンジョン内の魔物のステータス”。へええ、ステラのステータスも確認できるんだ」

「あ、そうですよ。ダンジョン内の魔物のステータスはそこで確認できます」

「へええ」


 ステラのステータスが見れるだって!?


 ちょっと興味津々なヘルメスであった。思わず「ふん」と鼻息が荒くなる。考えてみればヘルメスはステラのことを何も知らない。 ふんふん、と鼻息を荒げながらステラのステータスを見る。瞬間、ヘルメスは驚愕する。



―――――――――――――

“基本情報

名前:ステラ

性別:♀

階級:×導きし者→○共に闘いし者

系統:【亜】神属

種名:下級天使“

―――――――――――――



 え?  神属??  下級天使???


 どういうことだってばよ? という言葉は声にならなかった。


 ステラは神属……神属だって!?


 目の前のステラとヘルメスの知る神属のイメージがかけ離れすぎて、密着しているはずのステラと自分の間に、分厚い壁が立ちふさがっているような気がした。



 ヘルメスは記憶を辿り、脳内の“ダンジョン目録”情報にアクセス。 たしか。 魔物は大きく分けて8体系に分類できる。


・鳥獣属……動物が魔物になった種族。

・人属……人間が魔物になった種族。

・自然属……植物や菌類が魔物になった種族。

・不死属……死体が魔物になった種族。

・精霊属……物質が魔物になった種族。

・龍属……完成された生命体の総称。

・悪魔属……具現化した情報体の総称。

・神属……生命誕生以前からこの世にあった存在の総称。


 その中でも神属は他の魔物と比べてかなり特殊な種族である。別格と言っても良い。 ダンジョン目録の魔物概要には神属について以下のように記されている。


『神属……生命誕生以前からこの世にあったとされる存在の総称。その姿を見たものはいない。しかし神属を召喚するとポイントが消費されること、目録のステータス欄に基本情報のみが記載されることから、確かに存在するようである。

 従順性について。従属させることはまず不可能。少なくとも今まで従わせたものはいない。 というか姿を見たものすらいない。

 特性について。神属を呼び出したダンジョンマスターは極まれに、神の祝福や天罰としか言いようのない極端な幸運や不運に見舞われることがある。祝福、および天罰を受けるために必要な条件は不明。祝福および天罰の内容は呼び出した神属の種類によって異なる(らしい)。 シヴァ、アテナ、阿弥陀如来などがダンジョン目録には記載されている。』


 物覚えがいいとは決して言えないヘルメスであっても、神属に関する記述は結構覚えていた。存在自体が曖昧な神属と、存在自体が曖昧な“ステラ”。これらを無意識のうちにダブらせ、興味を持っていたのかも知れなかった。


「ふうん。私、神属に分類されてるんですか。すごいですねマスター。 たぶん初めてですよ? 神属の姿を見た人間は」


 背中越しにステラが言った。まるで他人事のような起伏のない口調だった。自分の種族などどうでもいいと思っているような……少し怖かった。


「ステラはダンジョンマスターの能力そのものだったんだろ。それをおれが呼び出しちゃったからカテゴリーエラー的な扱いで神属になったんじゃないか? 純粋な神属じゃなくて“【亜】”神属だし」


 ヘルメスはヘルメスでステラが神属と言われても実感が持てずにいた。


「ま、神属っていえば神属……か。ダンジョンマスターを導くために存在する“声”、“ナビゲーション人格”。私そういう設定だったもんなあ。“人格”って情報体が具現化したと言う意味では悪魔属にされるかなとも思っていたのですが……まさかの天使でした♪ わたしが可愛いからかなあ?」



 神属でした♪  のところで一気にトーンが変わった。重々しい口調から、わざとらしいほどに明るい口調へ。話しを逸らそうとしているのが見え見えだった。


 設定ってどういうことだよ!?  

 “誰が”ステラを設定したんだよ? 

  悪魔属にされる?  

 “誰が”ステラの種族を決めてるんだ?


 ボロボロこぼれる疑問点を問い詰めたかったのだがヘルメスはそれを堪えた。きっと口に出してしまえばステラを責めてしまう……そしてそれをしてしまったらヘルメスとステラの関係はきっと終わってしまう……そんな気がした。


  ステラの過去に興味がないわけではない。しかしステラが触れられたくないなら、触らないほうがいい。いずれ触れなければならない時が来るにしても、今はまだ。


 ヘルメスは直感的にそう思ったのだった。だからヘルメスは笑った。


「ハハハ、確かにステラは神属っていうより悪魔属って言われた方がしっくりくる。 お前性格悪いもん、――ナァ…っ!?」


 ヘルメスの頭頂部に凄まじい衝撃が走った。ステラのひじ打ちである。場を和ませるつもりで言った冗談だったが、むしろ逆鱗に触れたらしかった。


「ぶひぇ!?」と一瞬のうちにヘルメスの顔面が床に床に叩きつけられる。


「痛ってえええ!! 何するんだよ! 性格が悪いってそういうところだぞ!」

「他人は自分を映す鏡。私の性格が悪く見えるのは、マスター。貴方の性格が悪いからです!」


 と、とんでもない詭弁をステラはさも当然のように言い放った。


  ――恐ろしい女である。


 ヘルメスは鼻の先を押さえて言った。


「知ってるか?  ヒロインの暴力が許容されるのは明らかに主人公に非がある場合だけだ! おれなんにも悪いことしてないよな!?」

「マスターに非があろうがなかろうが知ったこっちゃないです! わたしはマスターのパートナーとしてやるべきことをやった。それだけです!」

「やるべきことだって!? 特に理由なく主人を痛めつけるのがお前のやるべきことだって言うのか!?」

「……だとしたら?」

「お断りだよ!!」


 今はこれでいい。 激しく打ち付けた鼻の先に、痛みを伴う熱を感じながらも、ヘルメスはどこか安心していた。


 過去。自分が失くしたもの。


 過去。ステラが触れられたくないもの。


 過去。それは脇に置いておこう。


 現在いまはやるべきことをやるべきだ。 触れられたくない過去なんて現在いまを積み重ねて、塗りつぶしてしまえばいい。 侵入者なんかに殺されてたまるか。“誰か”の存在なんて知るか。


 絶対に生き残る。


 そのためにやるべきことをやるんだ。


 ――ステラとおれとでダンジョンを作るんだ。


 こうしてはいられない。


 一刻も早くダンジョンを強化し、侵入者を撃退する準備を進めなくては、と決意を新たにしたヘルメスであった。


「と冗談は置いといて、そろそろ閑話休題といこうぜ」


 投げかけた言葉。


「はい! ダンジョンマスターの真骨頂その①“ダンジョン設備の拡充・拡張”、と行きましょう!」


 答えてくれる人がいる。今はそれでいい。ヘルメスはそう思うことにした。

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