01 ぐだぐだチュートリアル(全14話)

01-1  魔物に名前をつけよう

 床と壁と天井と。部屋を構成する要素の全てが真っ黒に焦げた部屋の中央で、少年と少女が背中合わせに座っている。奇妙なことに2人とも衣服を身につけていなかった。


 しかし、だからといって2人が男女の関係というわけでは決してない。2人はつい先刻出会ったばかりで、知り合いとよんでいいのかすらも怪しい関係なのである。


 そう。2人が裸でいるのは、のっぴきならない事情があるのだった。


「いてててて、なにも殴り飛ばすことないじゃないか」


 斜め45°に曲げた首をさすりながら少年――ヘルメスが言った。


 街の人間に彼の顔写真を見せ、イケメンかブサイクか、と問うと10人中9人が「まあ普通?」と答えそうな少年の姿。 体に贅肉はついていないが筋肉がついているわけでもない。普通の体形だった。 特筆すべきはヘルメスの髪型、なんとアフロヘアーなのだ。 好きでこうなったわけではない。部屋で目覚めた時点では、彼は漆黒の長髪を垂らし、白いシャツを着ていたのだが、なぜかベッドが爆発し、その影響で衣服が破れ、アフロヘアーになってしまったのである。 以上、今更語られる主人公の外見でした。


「すいません。ついカーッとなってボグシャーッとやってしまって。この肉体にまだ慣れていないから……。ということにしません?」


 両膝を抱えた腕に口元を埋めながら少女は言った。 街の人間に彼女の顔写真を見せ、イケメンかブサイクか、と問うと10人中9人が「うそ? この人男なの?」と答えそうな少女だった。 白磁気のようなきめの細かい滑らかな肌で覆われた体は、有田焼のような美しさ。(ひどい比喩だと思う)。そのくせ出るところは出て凹むところは凹んでいるという体型の持ち主だった。


 特筆すべきは少女の髪型なんと金髪ロングのストレートなのである。


 なんとと言った割に普通だった。アフロに比べればインパクトのない髪型ではあるが、きれいな髪であることは間違いがない。


 さらに特筆すべきは彼女の出自である。この少女、魔物なのだ。見た目は人間と何一つ変わらない。というか魔物と言ってしまっていいのかもよくわからない。


 とにかく少女はヘルメスの“能力”――“ダンジョンマスタ”ーによって呼び出された、そういう存在なのである。少なくとも普通ではない。


 もともと少女は“声”だけの存在だった。そしてヘルメスの“能力”――“ダンジョンマスター”そのものだと自称し、記憶のないヘルメスをサポート。要はヘルメスのナビゲート的な存在だったのだ。


 しかし、ヘルメスの力に呼び出され、真っ裸の姿でヘルメスの部屋に来ることになってしまった。


 そういう意味ではかわいそうな少女なのである。


「いや、俺の方が悪かったんだ。気にしないでくれよ。死ぬかと思うほどのパンチだったけど、青あざができただけで済んだんだし」


「ですよね! 殺すつもりで撃ったパンチだったけど、青あざができただけで済んだんですし」


 「殺意あったんかい!?」と思ったヘルメスにはツッコミの才能があるのかもしれない。しかし敢えてそれは口にしなかった。時間が惜しかったからだ。なんせタイムリミットは3日間しかない。


 3日後――タイムリミットが来れば、ヘルメスたちがいる部屋――“ダンジョン”は外界と接続。ヘルメスの命を狙う侵入者が外界からワラワラやってくる。だからヘルメスはダンジョンを強化し、侵入者を撃退しなければならない。そういう話だったのでヘルメスは彼なりに必死だった。


「そういやさ、まだダンジョンの説明の途中だったよな。あれの続きをやらないか? てかやろう」

「そうですね。魔物の次は、アイテム、設備の順に説明する予定でした。裸の男女が密室で2人きりという現状をかんがみれば、“装備アイテムの作成”を最優先したいところですが……」

「ですが……?」


 少女は「はあ……」とため息をつくと、「その前に」と続けた。


「呼び出した魔物――つまり私の“名前”をつけていただけませんか? 正直気が重いんですけど」


 言うや少女は再びため息を吐いた。心底気が重いらしい。


「なんだよ。そういう話だったら早く言ってくれよ。俺のネーミングセンスを知ってるだろ? 素晴らしい名前をつけてやるよ」


 ヘルメスは目を輝かせて言った。少女の美しい容姿に見合う美しい名前を考えてあげよう、そう思っていた。


 そして言ってから自分の正式名称が“ヘルメス・トリストメギストぶひぇ”であることに気付く。ぶひぇ。名前を決定する際に噛んでしまったのだ。 案の定、少女は「マスターあなた、自分の名前も噛んじゃったじゃないですか」とピシャリと言い返した。


「私の名前もおもしろネームにしちゃうんじゃないですか?  ぶひぇ。みたいな。私はそんな名前で生きていくのはイヤです。絶対イヤ!

 そもそも格好つけて長い名前にしようとするからいけないんですよ。ヘルメスでいいじゃないですか。なんでトリストメギストスなんていかにも噛みそうな言葉つなげるかなあ? そこが全く持って理解不能です。だいたい……」


 言い返した勢いそのままに畳みかけた言刃ことばが、ザクザクと少年のハートを切り刻む。


 ヘルメスとて好きでこんな名前になったわけではない。本来、ヘルメス・トリストメギストぶひぇの名は実在した錬金術師と同じ、ヘルメス・トリストメギストスになるはずだったのだ。誰が好き好んで“ヘルメス・トリストメギストぶひぇ”なんて名乗るというのだ?。


「わかった」


 少年は重い口調で少女の言葉を遮った。


「……?」


 少女の顔にしまった、という声が聞こえてきそうな苦い表情が浮かんだ。







「お前、自分で言ったよな。 名前なんて文字の羅列にすぎないって。『ああああ』とか『○んこ』でも構わないって」


 たしかに言った。少女は固唾を呑んで、ヘルメスの言葉に耳を傾ける。今までにないヘルメスの重い口調が、少女の胸中に嫌な予感を湧き起こす。


「俺さ。お前に会えてうれしかったんだよ。そりゃ殴られもしたけど、それでもお前が出てきてくれたおかげで自分の能力を実感できたし、もう1人じゃないって安心できたんだ。だからさ。お前にピッタリのきれいな名前をつけたいと思ってた」


 思っていた。過去形。つまり今はきれいな名前をつける気はない、と。嫌な予感が加速していく。焦る。


「サファイアみたいな目をしているから“サフィ”がいいかなとか、星みたいな光が集まって出てきたから“ステラ”の方がいいかなとか。そんな……今となってはバカみたいなことを考えていたんだ――だけど、」


 “サフィ”、“ステラ”。いい名前じゃないか。素敵な名前を考えてくれていたのだ。しかし、今のヘルメスはそれらの名前をつけるつもりはない。たぶん。ぶひぇクラスの面白ネームをつけようと。それは嫌だ。それだけは!!


「――決めたよ。お前の……っ、お前みたいな嫌な奴の名前は……っ」


 ヘルメスが大きく息を吸った。その一瞬の間隙に少女は、


「“ステラ”がいいなああ!!! すっごく素敵な名前です!! さすがマスター!! ネーミングの天才ですね!! よ! 天才!! センス抜群!! “ステラ”なんて素敵な名前そうそう思いつきませんよ! わあ、素敵なマスターに恵まれて私は幸せ者だなあ!!」


 おべんちゃらをねじ込んだ。 無論、少女は『ああああ』とか『○んこ』的な名前を付けられるのを阻止するために、このようなおべんちゃらを並べたわけだが、しかし、ヘルメスはそんな少女の思惑にまんまと嵌った。


「え? そんなに気に入った?」

「はい!私、“ステラって名乗ってもいいですか?”』」

「あ、うん。“ステラって名乗っていいよ”」

「“了解。私の名前をステラで登録しました”」


 こうして少女はヘルメスの最初の魔物“ステラ”となった。


“ステラ”。


 ヘルメスが考えたわりには悪くない名前だ。そう思ったステラの表情は晴れやかだった。

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