第9話

「女は女 夜もバラバラ 我はエロティカー・セブン~」

「えー、サザンオールスターズのエロティカ・セブン、下野イツキが歌わせていただきました~。どうもありがとォォウ!」

「よかったぜぇ!歌詞わかんなかったけど」

「聞いたことのないメロディーだけど、いいなこれ!ワクワクする!」

「俺はもうちょい普通のんがよかったな」


 帆船のスピードというのは現代の船に比べると亀のように遅い。そして海に関して門外漢であるイツキは特に仕事もできず、乗船二日目にして退屈を持て余していた。この時期の海は穏やかで風も安定している。もう暇で暇でしょうがなかった。

 そんな時、一人の船員が暇つぶしにアコースティックギターを弾いているのを見かけた。実際にはイツキが知るそれと多少異なっていたが、とにかくギターっぽいのがあったのだ。

 イツキがまだ日本で高校生をしていたころ、趣味の一つにギターがあった。小さいころから母に半ば無理やりギターを教えられていた分、歴は長くそれなりに自信がある。だから小銭稼ぎがてら弾き語りをすることにした。

 サザンの曲を選んだことに深い意味はない。たまたま思い出したのがサザンだったから。


「はいおひねりはこのカンカンに入れてねー。入れなかった奴顔覚えて船長に言うからな」

「恐喝じゃねぇか」


 文句は出たがたいていの人はお金を空き缶に入れる。日本語の歌詞では意味が伝わるはずもないが、現代のポップミュージックの旋律というのはやはりこの世界の人々には目新しいものだった。そもそも娯楽の少ない航海中、好意的な意見が大半。他人の褌で注目を集めるのは気持ちがいい、とイツキは邪悪な笑みを浮かべた。


「ありがと。ギター返すよ、次よろしくね」

「えっ、俺この後やらされんの?謎の曲でこんだけ盛り上がった後に?」

「つまんねぇもん聞かせたら殺すぞ!」

「帰れ凡人!」


 特定外来生物イツキは船内の音楽生態系を好き放題に破壊してからその場を去り、この喧騒を船尾楼から遠巻きに見ていたアレットの横に座った。

 アレットはイツキに一瞥もくれず、どこか遠くを見つめながら言う。


「すごいよね。島にいた頃から思ってたけど、誰とでも仲良くなれる……」

「趣味の多い人間なんでね。つまらない誰かさんとは違って痛い痛い無言で脛を蹴るな!お前と俺を一緒にするなよ。これでも元軍人で、いろんな場所に派遣されていたんだ。いろんな人と話す必要があったから。必要故に身についた能力。お前はずっと島に閉じこもってたんだから、これからいろんな人と出会って変わるはずさ」


 イツキはその場から飛びのいて蹴りをくらった右足をかばいながら、言い訳のようなフォローをした。アレットはその説明で完全に納得したとはいえず、微妙な表情を浮かべる。


「とりあえずお前も歌ってきたら?絶対人気出るぜ」

「いや。下手くそだもん」

「めんどくさ……」


 次は左の脛が狙われた。両方の足が機能不全を起こしたイツキはもんどりうって甲板に倒れこんだ。


「そういうとこがあるから、友達出来ないんじゃない?」

「一言どころか全部余計!」


 怒ってアレットは船室に戻ってしまった。話し相手を失ったイツキは船尾の、さらに最後方へ行って海を眺める。ただひたすら広がる薄い青と濃い青の平面をなんとなく眺めていたが、十数分してなにかの影が地平線から飛び出したことに気づいた。船尾にいる以上、その影は遠ざかっていくはずなのにどうしてか大きくなっていく。やがてマストの中ほどにある、見張り台の船員が叫んだ。


「海賊!確実に追いつかれるぞ!」


 その声を聞いて甲板上は俄かに活気づく。すぐに怒号が飛び交うようになって、どうしていいか分からないイツキはとりあえず船長の元を訪ねた。話しかける前に船長はイツキが近づいていることを感じ取り、指示を飛ばす。


「海賊が来る。これから砲撃をするが、多分当たらんから白兵戦になる。お前さんは部屋に籠って元帥の娘さんを守ってくれ」

「それはいいが、あなた方の勝算は?」

「高い、とは口が裂けても言えんな。この海域で遭遇する船はほぼ確実に私掠船で、やつらは海戦のスペシャリストだ。だが最善尽くすことは約束する」


 最善を尽くされても負けた時点で終わりなんだが、と伝わらないように表情を消して胸の中で思う。だめなら、自分で戦うほかない。


「ダメそうなら俺が介入する。構わないな?」

「構わないが……」


 いかにも訝しんでいるといった雰囲気を隠さない船長。実際、イツキのルックスに戦える男だと思わせる要素はない。線は細いわけではないが筋骨隆々と言うには足りず、歴戦の証が体に刻まれているわけではない。


「あんまり舐めてくれるなよ?これでもかなり戦場を渡り歩いてきたんだ」


 昔もそうだった。参謀本部の鳴り物入りで現地へ派遣されたはいいものの、見てくれの頼りなさで失望されたことは山ほどある。だがその度に俺たちは、結果で偏見を吹き飛ばしてきたんだ。




 イツキが部屋に戻るとまだ不機嫌なアレットが彼を睨んだ。


「悪いが、これから海賊が来る。俺たちは部屋に籠ってろとのことだ」


 周囲の怒号から異変があること自体は認識していたようで、アレットはすぐにイツキの言葉を受け入れ、そして慌てだす。


「どどどどどうしよう。私も戦ったほうがいいかな」

「落ち着け。部屋に籠るってさっき言ったろ。戦ったことないんだから大人しくしてなさい」


 慌ててショットガンやサーベルを持ち出すアレットを止める。しかし初めての状況で落ち着くことは簡単ではない。アレットの体の節々から恐怖が滲みでていた。


「まぁ大丈夫さ。最悪俺が皆殺しにすっから」

「それは……あなたのメンタル的には大丈夫なの?」


 安心させるつもりでイツキはそう言ったが逆に心配されてしまった。


「問題ない。民間人を殺さない限り、夢を見ることはねぇよ。相手は殺されて当然の悪人だしな」


 イツキは嘘をいった。誰かを殺してまだまともで入れるかどうか、本当のところ自信はない。

 しかし殺さずに切り抜けることは不可能だろう、という確信もあった。一人ならともかく、船員さんもアレットもいる。死なせたくない人がいるのなら腹を括るしかない。


 どれほどの時間が経ったか、ずっとなり続けていた砲撃の音がなくなって、甲板を行きかう足音が大きくなる。数分後、海賊船がこちらの船に横付けし乗り込んできたようで、大きな揺れとともに罵声と様々な衝突音が発生しだした。状況を確認するため、アレットとイツキは折り重なってドアの隙間から外を覗く。

 

「……けっこう押されてない、こっち」

「まぁ、相手はプロだもの。勝てるわけがないし、むしろ実力差があったほうが殺されないからいいまである」


 こちらの船員は一切戦えない、なんてわけではないが、しかし戦闘能力には如実に違いがあった。個々がバラバラに戦う船員に対し、常に三人組を作り臨機応変にその構成を組み替えながら、局所の有利を持って戦う海賊。敵う道理がなかった。


「やばくない?助けてなくていいの?」

「今行ったら場が荒れて被害が増える。戦闘が終わって、船員さんが完全に捕縛されてから動くさ」

「一人で戦う気?」

「一人でやれるさ」


 確かに敵の練度は高い。だが高位の魔術師は一人しかいないようで、それ以外は雑兵。制圧できる確信がイツキにはあった。

 ある程度の状況を把握したイツキは一度ドアから離れて、アレットが船に持ち込んでいたサーベルを手に取る。


「こいつ借りてもいいか?」

「いいけど、本物お父さんの形見なんだからちゃんと返してね。そんな思い入れはないけど、一応ね」

「……善処する」

「ちょっとー?」


 イツキの持つサーベルは島を出る前に、デジレからアレットに与えられたものだった。かつてレジオール皇帝が帯刀していたものと彼は説明した。

 皇帝の剣と言えば、装飾の施された華美なものだとイツキは思っていたが、実際には既製品と変わりないシンプルなものだった。特徴らしい特徴は、柄が紫色に染められているくらいか。

 物理障壁貫通や耐久上昇の魔術が掛けられているが、それらは武器に対しては珍しくない術。どこまでいっても実用だけを考えた品。

イツキと同じことを考えていたアレットは、見栄えしないものを渡されて不満げだった。


「ショットガンはいらないの?」

「戦闘中にリロードできる気がしないし、一応アレット自身の護身用に」


 サーベルを胸に抱え、イツキは座る。覚悟は出来た。あとは2年間の俺が体を動かしてくれる。

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勇者は死なず ~殺人鬼と皇帝息女~ シンバル @cymbal

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