第八話
「じゃあ、この町の人たちはみんな、その『三種類の呪い』のどれかにかかっちゃってるんだー?」
宿屋に帰る間も、世間話がてらさっきの説明の続きをしたので、ラブリもだいぶ事情を理解出来たようだった。
「でも……やっぱそれも、ちょっと変だよねー?」
「え? ……ええ、そうね」
「だってさー。昼と夜の呪いは、まあいいとしてだよ? 『残りの一個』って、なんか他と違くない?」
アンジュも、その部分は少し疑問に感じていた。
「そうよね。なんというか……その『残りの一個』だけ、他と比べると余分……というか。それのせいで、少し『アンバランス』になっちゃってるのよね」
「ね? だよねだよねー? 『鮮血の暁と黄昏の呪い』って、要するに、朝日とか夕日のときってことでしょー? その呪いだけ外に出れない時間が一日に二回あるけどー。それにしたって、その時間が短すぎるっていうかー。朝日も夕日も、せいぜい合わせて一時間くらいっしょー? 昼とか夜の呪いに比べると、それだけ軽過ぎるんだよねー」
「え?」
そこでちょうど、二人は今夜の宿泊場所である宿屋に到着した。ラブリが、その入口のドアに手をかける。
「ラ、ラブリ、今のって…………あ、ちょっ⁉ ちょっと待って⁉」
そして彼女は……驚いてワンテンポ遅れてしまったアンジュの制止より早く、その扉を開けた。
宿屋の中は出てきたときと同様、窓を締め切っていたらしい。室内はランプの光だけで照らされていて、薄暗かった。入口の扉が開かれたことで、そこにヒンヤリとした外気と、夜空に浮かぶ月の光が差し込んでくる。
ドアの向こうには、さっきの宿屋の店主の男がいる。受付カウンター兼リビングとなっているそこで、アンジュの帰りを待ってくれていたようだ。
「お、おいっ⁉」
突然開かれたドアに驚いている様子の彼は、
「バ、バカやろうッ⁉ 何して……うぅっ!」
と、苦しそうに悶え始めた。
「ああっ! ごめんなさい!」
血相を変えて慌てるアンジュ。ラブリと自分の体を宿屋の中に押し込み、ドアを閉める。
「え? え? ……ノックとか、したほうがよかったー?」
事情を理解していないラブリは、キョトン顔を浮かべていた。
それから、しばらくして。
「はあ……はあ……はあ……」
ドアを閉め、さらにそのすき間に布などを詰めたことで完全に外と遮断すると、室内は再びランプの火だけの薄暗い密室となった。そのおかげで、血の気が引いたように顔を真っ白にして息を荒げていた宿屋の店主も、だんだん普段どおりの調子を取り戻せていた。
「ごほっ……ったく! 戻ってくるときは、合図を送るように言っておいただろうが!」
「ご、ごめんなさい! ワタシが、ちゃんと彼女にそれを伝えられてなかったみたいで……」
「まあ、一瞬のことだったから……『呪い』の影響もほとんどなかったし、別にいいけどな」
「ん? ん?」
相変わらず、ラブリはいまいち状況が分からないらしく、首をかしげている。
「え、えーっと、なんかよくわかんないんだけどさー。多分……今のって、あーしちゃんのせいだよねー? とりあえず、ごめんねー?」
ただ、よく分かっていないなりに責任を感じて申し訳なさそうな表情を作っているあたりは、やはり根は悪い人間ではないのだろう。
アンジュも宿屋の店主も、そんな彼女をそれ以上責めたりはしなかった。
「まあ、今回は仕方ないとして……次からは気をつけてね? アナタにはさっき説明したと思うけど……ワタシも含めて、この町の人たちは指定された時間に外に出るとダメージを受けちゃう『呪い』にかかっているの。だから……」
「えっとー? それは、分かってたつもりだったんだけどー……」
やはりラブリは、納得のいかないという表情で、
「つか、話違くない?」
「え?」
「だってさー……この町の、この辺りの人たちにかけられてる呪いって……例の『朝日と夕日のやつ』でしょ? 今って、完全に夜だよー? 外には当然太陽なんか出てないし、むしろ、きれいな満月が浮かんでるくらいだよー? 空が『血のように染まって』ないんだから、それでダメージ受けるのって……」
「え?」
「え?」
「……え?」
目を見合わせる、三人。
「えーっとー……あーしちゃん、なんか変なこと言っちゃったー……?」
「……」
そんなラブリの言葉がキッカケだった。
アンジュの頭の中を、グルグルと今までの記憶が駆け巡る。
これまで感じていた「違和感」。この町を支配している、「呪い」のこと。マウシィのこと。
そして……。
もっとずっと前から……彼女と一緒に体験してきた、これまでの出来事のことも……。
「……そう、か」
そして、アンジュは気づいた。
「そういうこと……だったのね……」
「え、っとー……アンジュちゃん、大丈夫ー?」
急にワナワナと体を震わせ始めたアンジュを、心配そうな表情でラブリがのぞき込む。そんな彼女に、いきなりアンジュが抱きついた。
「ちょ、ちょっ⁉ ちょ、ちょっとっ⁉ アンジュちゃん⁉」
「……そう! そうなのよっ! 『そういうこと』だったのよっ!」
その「真実」に気付いたことで、感情があふれだして押さえられなくなったらしい。
「え⁉ そ、そういうことって……も、もしかして……そういうこと⁉ ア、アンジュちゃんって、実はマウシィちゃんじゃなくて、あーしちゃんのことを……⁉」
激しく体をくっつけてくるアンジュのそんな行動が、ラブリに余計な勘違いをさせてしまっている。
「で、でも、あーしちゃんは……百合の間に挟まるほど無粋じゃないっていうか……そ、そもそも『女の子同士』の経験とかもなくて……。い、いや……アンジュちゃんのことは、嫌いじゃないよ? 嫌いじゃないんだけど、ま、まだちょっと、覚悟が…………って、え?」
そこで、ようやく少し落ち着いたらしいアンジュ。
体を離して、キョトンとしているラブリにニンマリと笑顔を向ける。
「ラブリ……どうやらアナタには、お礼を言わなくちゃいけなそうだわ」
「え? な、何が?」
「アナタのお陰で、ようやく分かったのよ。ワタシが感じていた『違和感』の正体……この町を支配している『呪い』のこと……そして、その弱点もね」
そう言ったアンジュの瞳は、
「な、何なんだよおっ⁉」
「うふ……うふふふふ」
今もわけが分からず、恥ずかしさで顔を真っ赤にしているラブリに向けられていた。
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