第8話
次の日。
今日も空はすがすがしいほどに晴れ渡り、高い位置から太陽がエリーデ・ネルアの町全体を照らしている。
町の教会前には、また「鳳凰の眼」の教徒たちが集まっていた。
「ソォリィ! エェフ! ソォリィ! エェフ!」
「ソォリィ! エェフ! ソォリィ! エェフ!」
正午までにはまだ少し時間があるものの、すでにニワトリ頭の教徒たちのテンションは昨日のピークを超えているようだ。教会前の広場で輪を作り、目をギンギンに血走らせて、昨日よりも高くジャンプを繰り返している。
教徒の輪の中心には、やはりマウシィがいる。昨日と同じ鳥の羽でできた宗教服を着て、地面に両膝をついて祈るようなポーズをしている。その周囲には、様々な色のヒマワリのような花が配置されている。何か宗教的な意味があるのだろう。
ただ、そういった事情を無視してその状況だけを判断すれば、ケガレを知らない無垢な少女が花畑で遊んでいるようなのどかさもあった。
「ふ、ふ、ふ」
彼女のかたわらには、教徒たちを統べる立場の、血異人ハルマ。彼は、昨日のような邪魔者がいないなか、厳かで異様な「呪い」の儀式を進められる、はずだった。
「行くぞ、お前らーっ!」
「おぉぉーっ!」
しかしそこに、武器を持った男たちが突入してきた。
「これ以上、こいつらの好き勝手にはさせるなーっ!」
先頭は、宿屋の店主の男。他にも、この周辺の居住区に住む者たちが続く。ハルマたちに気付かれないように協力者を集め、日が完全に昇って「呪い」がダメージを与える時間が終わってから、一斉に反旗を翻したのだ。
だがその数は、たったの五人。持っている武器もバラバラ。剣やナイフならまだいい方で、中には家具を分解しただけの木片を持っている者さえいる。全員が戦闘を専門にしているわけでもなさそうで、その武器の扱いもお粗末なものだ。
「今さら吾輩に逆らうとは。ふ、血迷ったか……」
ハルマが、そんなつぶやきをする間に。
「く、くそっ!」
「うわっ! は、離せーっ!」
五人の男たちは、結託した四十人近くのニワトリ頭の教徒たちによって、あっさりと拘束されてしまった。
「少し考えれば、分かることだろうに……愚か者どもが……。今後はこんな無駄なあがきをできぬように、見せしめに『呪い』を追加してやるか……」
そう言って、ハルマの注意がその五人に向かうと。
「今だ! 行けーっ!」
リーダーの宿屋の店主が、叫んだ。
さきほどの、あまりにも血気盛んで無謀な行動は、教徒たちを引きつけるための囮。彼らの本当の狙いは、別にあったのだ。
バサァッ!
近くの建物の陰から、ジュウタンのような分厚い白い布の塊が飛び出してきた。それは、ローブのように布をかぶって太陽の光を遮断した、アンジュだった。
彼女は、宿屋の店主たちを捕まえるために手薄になった教徒たちの壁をかいくぐって、あっという間に広場の中央で祈るマウシィの前に到着した。
「マウシィ!」
光を通さない布から顔を出して、アンジュが叫ぶ。
「ア、アンジュさんっ⁉」
突然現れた彼女に、驚いているマウシィ。
しかし、すぐに昨日の態度を取り戻して、
「ど、どうして、またここに来ちゃったのデスかぁっ⁉ だ、だから私は、もうあなたのことなんてぇ、必要としていないって、言ったじゃないデスかぁぁっ!」
と、アンジュを拒絶した。
「こ、こ、こんなの、『余計なおせっかい』なんデスよぉぉっ! 私なんかにつきまとっても、あなたには何もいいことなんてないんデスぅ! む、むしろそのせいで危ない目にあったり、昨日だって、そんな『呪い』まで、受けちゃったりしてぇぇ!」
しかし、
「ふふ、やっぱりね」
アンジュは、聖母のように温かい笑顔で微笑んでいた。
「マウシィ……もう、いいのよ? 無理しなくても」
「え?」
「ワタシは、もう分かっているの。アナタの行動の意味が……アナタの、優しさが……」
「ア、アンジュ、さん……?」
マウシィの顔に手を伸ばすアンジュ。
そして、いつの間にか彼女の頬を伝っていた雫――蛇の呪いによって猛毒となった彼女の涙を、親指で優しく拭った。
ジュウゥ。
「ア、アンジュさん、ゆ、指がぁっ⁉」
痛々しい音をたてて、アンジュの真っ白な指の皮が溶けていく。しかし、彼女はそれをまったく意に介さない。
さっきと何も変わらない優しい笑顔のまま、言う。
「アナタが今、ワタシを拒絶しているのは……。そもそも、ワタシを置いて一人でこんなところまで来てしまったのは……。アナタが、ワタシのことを想ってくれたから、だったのね?」
「そ、そんな、ことはぁ……」
首をふるマウシィ。
「自分のそばにいたら、ワタシに危険が及ぶから。『おせっかい』でつきまとうワタシが、危ない目にあわないために。『自分の呪い』で、ワタシに迷惑をかけないために……だったのよね?」
さらに強く首をふるマウシィ。
しかし、アンジュはそれも気にせず、
「バカね、そんなの気にしなくてよかったのに。そんなの全部、ワタシがのぞんでやってたのだから。ワタシがそうしたくて、マウシィのそばにいたくて、そうしていたのだから……。だってワタシの行動は、ただの『おせっかい』なんかじゃなかったのだから」
そして彼女は、昨日言えなかった自分の「気持ち」を、
「だって、だって……ワタシは、アナタのことが……好きなんだから……」
マウシィに伝えた。
「え……」
戸惑うマウシィ。
しかし、けして困っているふうではない。きっと彼女は、もうとっくにアンジュの「その気持ち」に、気づいていたのだろう。
だから、その「気持ち」に対して自分も、
「わ、私も……アンジュさんの、こ、ことはぁ……」
同じくらいに強い「気持ち」を、返そうとした。
しかし、次の瞬間。
ドクンッ!
「ぐっ⁉」
突然マウシィが、胸を抑えて苦しみだした。
「あ、あぅ……あ、ぐぅ……」
「マウシィ⁉」
「ぐはっ! げほっ!」
「マ、マウシィ⁉ ど、どうしたのっ⁉」
彼女は、苦しんでいた。今まで、どれだけ重傷を負っても不気味に笑っていたはずの彼女が、死ぬほどの苦痛を感じていたのだ。
それが、意味することは……。
「ふ、ふ、ふ……ふふふふふ……ふはははははー!」
そばにいたハルマが、笑う。
「少し、来るのが遅かったようだな」
「な、何よ⁉ どういうこと⁉」
「もう、手遅れだと言っているのだ」
「そんなバカな!」
アンジュは、予想外の状況に驚愕の表情を作っている。
そんな彼女を絶望に突き落とすように、ハルマが言った。
「今日の儀式は、お前が来る前にすでに終わっていたのだ。この女は、すでに吾輩の『死の呪い』にかかっている。……その効果が、ようやく現れたということだ!」
やがて、
「あ、あぅ! あ、ああぅ! あ…………ああぁ…………あ」
苦しみに身を震わせていたマウシィが、突然おとなしくなった。そして。
バタ……。
地面に倒れてしまった。
「う、嘘……」
アンジュは、彼女を抱き寄せる。そして、必死に声をかける。
「マ、マウシィ……嘘、でしょう? 嘘って、言って……マ、マウシィ……?」
しかし、どれだけ彼女の名を呼んでも、返事はない。抱き上げた体は、すでに氷のように冷たくなっていて、呼吸もしていない。もともと黒ずんでいた肌は、今は血色が悪くなり、完全に生気を失っている。
まるで、今まで動いていたことが間違いだったとでも言うように。その間違いがようやく正され、彼女の体が「あるべき状態」に収まったかのように。
「そやつは、たったいま死んだのだ。吾輩の、『死の呪い』によってな!」
「そ、そんな……そんな……」
その言葉を、アンジュは信じることができない。信じたくない。
だが、触れている彼女の体が急速に固くなっていっていることで、その「残酷な事実」を思い知らされてしまう。アンジュの表情からも、血の気が引いていく。
「い、いや……」
死んでいる。
アンジュの腕に抱かれているマウシィは……確かに、死んでいた。
「いやぁぁぁぁーっ!」
晴れわたる青空の下。教会前の広場に、アンジュの悲痛な叫び声が響いた。
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