第7話

 レディアベルで別れたはずの、血異人のラブリ。彼女もあれから、アンジュたちを追ってこのエリーデ・ネルアにやって来たらしい。

「だってあーしちゃんって、三度のスタバより恋バナが大好物なんだよー⁉ だから友だち同士の恋の行方とか、絶対見逃せないってゆーかー⁉ パリピギャルの血が騒ぐってゆーかー⁉ うっえーい!」

 という彼女のセリフは、ほとんど意味不明だったが……。

 とりあえず、この町に来たばかりだった彼女を宿屋まで案内しながら、今日起こったことや、宿屋の主から聞いたことを簡単に説明した。


「えー、マジー……? それ、ヤバいねー? あー……あーしちゃんが手伝ってあげられればいいんだけどさー……。ハルマ君なら、多分あーしちゃんがお願いすれば、話くらいは聞いてくれると思う……けどー」

 彼女らしくない、歯切れの悪い言い方だ。

「あんまりあーしちゃんが他のチートと敵対するようなことしちゃうと、『チート同士で協力しよう』っていう約束破ることになって、気まずいっていうかさー……。あーしちゃんにも、異世界人として通さなきゃいけない『スジ』があるっていうかー……」

「分かっているわ。アナタの立場なら、当然そうなるでしょう」

「ホントは、アンジュちゃんもマウシィちゃんも、とっくにあーしちゃんの友だちだから、助けてあげたいんだよー? でも、それキッカケで、あーしちゃんが裏切ったとか思われて、他のチートの子たちとケンカしたくないっていうかー……。ごめんねー? あーしちゃんが表舞台に出なくていいようなことなら、全然協力するからねー?」

「ここでアナタに会ったことは、もともと想定外だったのだし。むしろ、アナタが向こうの側につかないでいてくれるだけでも、ありがたいわ。あとは、こっちの問題だから」

 ここに来る前にレディアベルで話したりしたことで、アンジュはすでに、ある程度ならラブリのことを信頼していいと思っていた。

 他の血異人たちと違って、彼女はそこまでの悪人ではない。ここまで来て、今さら自分の敵になる可能性は低いだろう。だが、それぞれの立場を考えると、やはり彼女が自分にとって完全な味方にはなってくれないということも分かっていた。

 結局、眼の前に立ちふさがる問題は、自分でなんとかしなければならないのだ。



 太陽神を崇めるハルマたちの儀式はいつも、太陽が最も高くなるときに行われているらしい。つまり、また今日のような儀式をしてマウシィに「死の呪い」をかけようとするのも、明日の正午ごろになるはずだ。

 ただ、「白い光の呪い」をかけられている自分は、太陽が出ている間は建物の外に出ることができない。何も考えずに向かって行っても、また昼間のような苦痛で倒れてしまうだけだろう。

 いや、たとえその「呪い」がなかったとしても。

 自分はすでに、彼女から拒絶されている。最後の彼女の質問に答えられず、彼女を裏切ってしまっている。

 そんな自分が、もう一度彼女の前に出ていっても……。



「でもさー……」

 そこで、ラブリが首を傾げながらつぶやいたことで、アンジュの考えは中断された。

「でも……やっぱそれって、ちょっと変だよねー?」

「え? ……ええ、そうね」

「だってさー。昼と夜の呪いは、まあいいとしてだよー? 『残りの一個』って、なんか他と違くなーい?」

 ラブリには、ハルマがこの町にかけた三種類の「呪い」のことも説明した。彼女はそれについて何か疑問を持っているらしい。

 実はアンジュも、その部分については少し違和感があった。

「そうよね。なんというか……その『残りの一個』だけ、他と比べると余分……というか。それのせいで、少し『アンバランス』になっちゃってるわよね?」

「ね? だよねだよねー? 『鮮血の暁と黄昏の呪い』って、要するに、朝日とか夕日のときってことでしょー? その呪いだけ外に出れない時間が一日に二回あるけどー。それにしたって、その時間が短すぎるっていうかー。朝日も夕日も、せいぜい合わせて一時間くらいっしょー? 昼とか夜の呪いに比べると、それだけ軽過ぎるんだよねー」

「え?」

 そこでちょうど、二人は今夜の宿泊場所である宿屋に到着した。ラブリが、その入口のドアに手をかける。

「ラ、ラブリ、今のって…………あ、ちょっ⁉ ちょっと待って⁉」

 そして彼女は、驚いて反応がワンテンポ遅れたアンジュの制止よりも早く、その扉を開けた。


 宿屋の中は、アンジュが出てきたときと同様、完全に窓を締め切っていた。室内はランプの光だけで照らされていて、薄暗い。

 入口の扉が開かれたことで、そこにヒンヤリとした外気と、夜空に浮かぶ月の光が差し込んでくる。

 ドアの向こうには、さっきの宿屋の店主の男がいた。受付カウンター兼リビングとなっているそこで、アンジュの帰りを待ってくれていたようだ。

「お、おいっ⁉」

 突然開かれたドアに驚いている様子の彼は、

「バ、バカやろうッ⁉ 何して……うぅっ!」

 と、苦しそうに悶え始めた。

「ああっ! ごめんなさい!」

 血相を変えて慌てるアンジュ。急いでラブリと自分の体を宿屋の中に押し込み、ドアを閉める。

「え? え? ……ノックとか、したほうがよかったー?」

 事情を理解していないラブリは、キョトン顔を浮かべていた。



 それから、しばらくして。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 ドアを閉め、さらにそのすき間に布などを詰めたことで完全に外と遮断すると、室内は再びランプの火だけの薄暗い密室となった。そのおかげで、血の気が引いたように顔が真っ白になっていた宿屋の店主も、だんだん普段どおりの調子になったようだ。


「ご、ごほっ、ごほっ……ったく! 戻ってくるときは、合図を送るように言っておいただろうが!」

「ごめんなさい! ワタシが、彼女にそのことをちゃんと伝えられてなかったみたいで……」

「まあ、一瞬のことだったから……『呪い』の影響もほとんどなかったし、別にいいけどな」

「ん? ん?」

 相変わらず、ラブリはいまいち状況が分からないらしく、首をかしげている。

「え、えーっと、なんかよくわかんないんだけどさー。多分……今のって、あーしちゃんのせいだよねー? とりあえず、ごめんねー?」

 ただ、よく分かっていないなりに責任を感じて申し訳なさそうな表情を作っているあたりは、やはり根は悪い人間ではないのだろう。

 アンジュも宿屋の店主も、そんな彼女をそれ以上責めたりはしなかった。


「ま、まあ、今回は仕方ないとして……次からは気をつけてね? アナタには、さっき説明したと思うけど。ワタシも含めて、この町の人たちは指定された時間に外に出るとダメージを受けちゃう『呪い』にかかっているの。だから……」

「えっとー? それは、分かってたつもりだったんだけどー?」

 やはりラブリは、納得のいかないという表情で、

「つか、話違くない?」

「え?」

「だってさー。この町の、この辺りの人たちにかけられてる呪いって……例の、『朝日と夕日のやつ』っしょ? 今って、完全に夜だよー? 外には当然太陽なんか出てないし。むしろ、きれいな満月が浮かんでるくらいだよー? 空が『血のように染まって』ないんだから、それでダメージ受けるのって……」

「え?」

「え?」

「……え?」

 目を見合わせる、三人。

「えーっとー……あーしちゃん、なんか変なこと言っちゃったー……?」


「……」

 そんなラブリの言葉が、キッカケだった。

 アンジュの頭の中が急激に活性化して、脳細胞がグルグルと駆け巡り始めた。

 今までの記憶が、走馬灯のようにフラッシュバックしていく。それが、これまでに感じていた違和感と重なり合い、混ざり合い、新しい形を作っていく。

 この町を支配している「呪い」のこと。今日のマウシィのこと。そして……もっとずっと前から、彼女と一緒に体験してきたこれまでの出来事のこと……。

 全てが、「ある一つの事実」へと収束していく。



「……そう、か」

 そして、アンジュは気づいた。

「そういうこと……だったのね……」


「え、っとー……アンジュちゃん、大丈夫ー?」

 急にワナワナと体を震わせ始めたアンジュを、心配そうにラブリがのぞき込む。そんな彼女に、いきなりアンジュが抱きついた。

「ちょ、ちょっ⁉ ちょっとアンジュちゃん⁉」

「……そう! そうなのよっ! 『そういうこと』だったのよっ!」

 その「事実」に気付いたことで、感情があふれだして押さえられなくなったらしい。

「え⁉ そ、そういうことって……も、もしかして……そういうこと⁉ ア、アンジュちゃんって、実はマウシィちゃんじゃなくて、あーしちゃんのことを……⁉」

 激しく体をくっつけてくるアンジュのそんな行動が、ラブリに余計な勘違いをさせてしまっている。

「で、でも、あーしちゃんは……百合の間に挟まるほど無粋じゃないっていうか……そ、そもそも『女の子同士』の経験とかもなくて……。い、いや……アンジュちゃんのことは、嫌いじゃないよ? 嫌いじゃないんだけど、ま、まだちょっと、覚悟が…………って、え?」


 そこで、ようやく少し落ち着いたらしい。

 アンジュは体を離して、ニンマリ笑顔でラブリに言う。

「ラブリ……どうやらアナタには、お礼を言わなくちゃいけなそうだわ」

「え? な、何が?」

「アナタのおかげで、ようやく分かったのよ。ワタシが感じていた違和感の正体。この町を支配している『呪い』のこと。そして……今日のマウシィの行動の本当の意味が、ね。うふふふ」

 そう言ったアンジュの瞳は、

「な、何なんだよおっ⁉」

「ふふふふ……」

 わけが分からず、戸惑いと恥ずかしさで真っ赤になっているラブリの顔に向けられていた。


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