第四話
「ふ……。苦しいだろう……。恐ろしいだろう……。それが、聖絶……貴様の罪を裁く、神の呪いだ……。神を冒涜した貴様には、吾輩の能力によって顕現させたソリエフの聖絶を受けたのだ……」
ハルマは、苦しむアンジュのことを「視界に入れるのも汚らわしい」とでも言うように、顔をそむけながら喋っている。
「太陽神に見放された貴様は……もはや、陽の下で生きることは叶わない……。今この瞬間から太陽は、貴様を呪う天敵となったのだ……。ふ……ふ……ふ……ふはははははっ!」
「くっ……うぅ……」
アンジュは、何も言い返すことが出来ない。広場の地面にうつ伏せのような体勢になったまま、体を動かすことも出来ない。ただ、そのおかげで光が当たらなくなった体の表側は、少しだけ不調が和らいでいるような気がした。
つまりそれは、今アンジュを襲っているこの状況が、確かに太陽の光に関係しているということだ。ハルマによってもたらされた「太陽神の呪い」であるという、証拠なのだろう。
「こやつはもう、放っておけば死ぬだろう……。今日の儀式は、ここまでとしようか……」
そうつぶやくと、やはりアンジュの方など見もしないでハルマは背中を向け、その場を去ってしまった。
ニワトリ頭の教徒たちも、ハルマのあとを追って次々と消えていく。そして、
「あ、ハ、ハルマ様ぁぁっ! ま、待ってくださぁーい!」
マウシィも、それに続いて駆け出した。
「マ……マウシィっ!」
そんな彼女を、苦しさを押し殺して声を絞り出したアンジュが呼び止める。
「……はぇ?」
「ア、アンタ……本当に、これでいいと思ってるの……? こ、このままで……アイツに呪われて、死んでしまっても……」
両手の力でなんとか体を起こしながら、マウシィに言う。
体温は燃えるほど高くなっていて、視界はぼやけてほとんど分からない。いわゆる「生まれたての仔鹿」のように四肢がガタガタと震え、いつ倒れてしまってもおかしくない。
それでも。
このまま、マウシィを行かせるわけにはいかない。ここで彼女を取り戻せなければ、自分がここまでやってきた意味がない。
そう思って、アンジュは必死に語りかけた。
「こ、このままだとアンタは……死の呪いを受けちゃうんでしょ⁉ 死んじゃうんでしょ⁉ そ、そんなの、おかしい、わよ! ア、アンタは、生きていなくちゃ、ダメよっ! た、たとえ、どんな呪いが掛かってても……ワタシが、いつかそれを、解呪してあげるから……だ、だから……!」
しかし、
「だぁかぁらぁ……私には、解呪は必要ないんでデスってばぁー」
当のマウシィが、「もうウンザリだ」という気持ちを込めたため息をついて、それを否定した。
「私に必要なのは、私への強い想い……他の誰でもなく、私だけを思ってかけられた呪い……それ、だけなんデスぅー。だ、だ、だ、だから……『死の呪い』なんていう、とっておきの強い呪いを……強い想いを……いただけるのはぁ、さ、さ、最高に幸せなんデスよぉー! で、でへへへへぇー!」
「そ、そんなの……!」
「……それとも、」
そこで、マウシィの濁った黒目が突然、まっすぐアンジュの碧眼に向けられた。
それはいつもどおりの呪い好きの変態少女にふさわしい、気持ちの悪いドブネズミのような視線……だがアンジュには、その眼差しの中に何かを訴えかけるような強い感情が籠もっているように思えた。
「マ、マウ……シィ……?」
マウシィはそれから、まるでその感情を誤魔化すかのようにふざけた態度で、言葉を続ける。
「そぉーれぇーとぉーもぉー……アンジュさんが……私にそれを与えてくれるんデスかぁ? 私を……私だけを強く強く……
「そ、それは……」
その視線に、その言葉に……アンジュは一瞬、言葉を詰まらせてしまう。
「そ、それは……それは……」
しかし、その「答え」なら、とっくに決まっていた。
ここに来るまで。あるいは、それよりも前の、ラブリの能力によって精神をとらわれていたときから。彼女はすでに、自分の気持ちと向き合っていた。自分が彼女に「言うべき言葉」を、分かっていた。今日はそのために、ここまできたのだ。
だから……。
だから……。
「あ、当たり前でしょう! だ、だってワタシはっ……!」
だが、
「……ぐ、ぐはっ!」
そこで、体を支えていた腕の力を使い果たして、アンジュはまた地面に倒れてしまう。「言うべき言葉」を口に出す前に。
「くひ……」
それを、アンジュが回答を避けたと受け取ったのか、
「じゃ……これで本当に、お別れデスねぇ……」
マウシィはまた背中を向けて、ハルマたちが向かった方へと足を動かし始めてしまった。
「ちょ、ちょっ、と……ま、待ちな……さ……マ、マウ……」
「さよぉなら……アンジュさぁん……」
「だ、だから……ま、待っ……」
すぐに、その姿は見えなくなってしまう。
「うっ、ううぅぅ……」
「白い裁きの光」に照らされているアンジュの体はさらに強く、激しく、苦痛と悪寒に包まれていく。
だが、そのときのアンジュにとっては、そんな「呪いの症状」はどうでも良かった。マウシィの気持ちに応えることが出来なかったこと……。彼女を裏切ってしまったこと……。
その苦しみのほうが、ずっと辛かったのだから。
「く……うう……」
マウシィを救えなかった。
そのことが、不甲斐ない。悔しい。血涙を流してしまいそうなほどに、自分が情けない。
それなのに……「呪い」の効果で体に力が入らなくて、無様に地面に倒れていることしか出来ない。どうして……!
やがて彼女の心がその精神的な苦痛から逃げるように……アンジュは意識を失ってしまった。
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