第3話

「偉大なる太陽神ソリエフに願う……。愚かなる罪人に、神の呪いを授けたまえ……」

 ハルマの右手がいつの間にか、紫色のオーラに包まれている。

 彼は、それを天にかざす。まるで、雲ひとつない青空に浮かぶ、太陽をつかもうとするかのように。

「ソォリィ! エェフ! ソォリィ! エェフ!」

「ソォリィ! エェフ! ソォリィ! エェフ!」

 周囲のニワトリ頭の信者たちが、高くジャンプを繰り返している。それが、さっきハルマが言っていた儀式ということなのだろう。

「か、神の呪いって……ま、まさかっ⁉」

 彼の言葉を思い返し、アンジュの血の気が引く。

「マ、マウシィに、『死の呪い』をかけようとしているの⁉ そ、そんなこと、させないって言ったでしょっ⁉ やめなさいよ!」

 しかし、

「いや、違うな」

 ハルマはそんなアンジュに、あざ笑うように言った。

「今日、太陽神の呪いを受けるのは……貴様だ」

「……ワタシ?」


「んなぁっ⁉」

 今度は、マウシィのほうが焦った。

「な、何でデスかぁっ⁉ アンジュさんのことなら、これから私が、ちゃんと追い払いますデスよぉっ⁉ だ、だから、今日は私をぉ……!」

 その言葉を証明するように、血相を変えて、またアンジュに襲いかかろうとするマウシィ。しかし、それは叶わない。

「やめろ」

 ハルマの制止で、近くにいたニワトリ頭の数人が、マウシィを取り押さえたからだ。

「全く……血の気の多い女だ。いつも言っているだろう? 吾輩たちは、神の代弁者……正義の徒なのだ。今の貴様のように暴力で邪魔者を排除するのは、神への冒涜であるぞ? 吾輩も、血なまぐさい沙汰は好みではないしな。

それに……そう焦らなくとも、太陽神ソリエフは、毎日同じように吾輩たちを照らしてくれるだろう? 今日の儀式でこやつを呪っても、明日もまた日は昇る。明日の儀式には、今度こそ貴様に呪いをくれてやろう。だからそれまで、我慢するのだ」

「そ、そんなぁ……」

 信者たちに拘束されながら、マウシィは「自分に呪いがかけてもらえないことを残念がる」ように、体を震わせていた。


 それからハルマは、またアンジュに向き直り、

「偉大なる太陽神ソリエフよ……」

 と、さっきの呪文のようなものを続けた。

「ソォリィ! エェフ! ソォリィ! エェフ!」

 信者たちも、ジャンプを繰り返している。

「な、何⁉ 何なのよっ⁉」

 それらの行動の意味は分からないが、何か、無性に嫌な予感がする。

 止まらない胸騒ぎに耐えかね、アンジュは、ニワトリ頭たちの輪の中から逃げ出そうとした。だが、さらに激しさを増していく彼らのジャンプに妨害されてしまう。

「あ、ああ! もおうっ!」

 それでも力づくで、彼らを押しのけようとしていたところで、

聖絶アナテマをっ!」

 ハルマがそう叫び、彼女に向けて紫のオーラをまとう右手を振り下ろした。

聖絶アナテマをっ!」

 教徒たちも声を合わせ、同じ言葉を叫んだ。



 ハルマの手から放たれた紫色のオーラが、アンジュへ飛んでくる。そして、逃げようとしていた彼女の背に直撃し、その体を完全に包み込んだ。

「な、何……っ⁉」

 手応えはなく、痛みどころか痒みもない。ただ、アンジュの周囲を紫色の霧のようなものが覆って、その視界を塞いだだけだ。

 しかも、それさえもすぐに本当の霧のように散らばり、消えてなくなってしまった。

「……?」

 残ったのは、なんとなく感じる居心地の悪さだけ。あまりにあっけなく、拍子抜けする。

「え、不発……?」

 アンジュがそう思ったのも、無理はなかった。


「ふっふっふっ……」

 しかし、その「呪い」の使用者のハルマは、満足そうに笑っている。

「……」

「……」

 ニワトリ頭の教徒たちも――もちろん、中の人の表情が分かるはずもないが――声を出さずに笑っているような気がする。

 そして、かつては仲間だったはずのマウシィでさえも……。

「……」


 え……?


 そのとき一瞬だけ、マウシィが「不安そうな表情」をこちらに向けていたような気がした。

 しかし、まばたきをしたあとには、すでにその表情は消えて、「アンジュが呪われるのを羨ましそうに見ている表情」になっていた。だから、ただの見間違いだったのかもしれない。


「ふ、ふふふ……ふは……ふはははははっ! これで、貴様も終わりだっ!」

 うろたえていたアンジュに、ハルマの言葉が届く。

「神聖な儀式を邪魔した貴様には、偉大なる太陽神による裁きが下ったのだ! もう、どこにも逃げられんぞ! これから先、神の依代である太陽が天にある限り、『白き裁きの光』によって貴様の身は業火のように焼き尽くされるのだ! ふははははーっ!」

「は……? た、太陽が、体を、焼く……? 『白き裁き……』って……」

 アンジュはその言葉につられるように、何となく顔を上に向けてみた。


 ちょうど今は、正午くらいの時間だろう。

 空の高い位置から、太陽が煌々こうこうと地上を照らしている。こんなことがなければ、町中央の湖のほとりでリゾート気分でも楽しみたいくらいに、気持ちのいい快晴だった。

 色素の薄いアンジュの碧眼が、そんな空に浮かぶ太陽の「白い光」をとらえた瞬間……。

「……ぐっ⁉ か、かはっ……」

 彼女は突然、強い息苦しさを感じて、咳き込んだ。


「か……くはっ……ごふっ!」

 何か言おうとしても、それより先に咳が出てくるので、声にならない。

「……ぐ……ぐはっ!」

 ひときわ大きな咳とともに、金属のような匂いが、鼻を突く。口元に当てた手を見ると、べっとりとドス黒い血が付着していた。

「何、なの……? 何が、起こって……」

 わけが分からず、そんなことをつぶやくのがやっとだ。


 しかし、体の不調は喀血だけでは済まなかった。

 内側から焼かれるような苦しさと、激しい寒気。それにともなう体の震えに、貧血、吐き気、めまい……。しかも、それらがどんどん悪化していく。全身に力が入らず、立っていることもできずに、彼女は膝から崩れ落ちてしまった。

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