第三話

「死、ですってっ⁉」

 脱力していたアンジュが、その言葉を聞いてまた立ち上がる。

「そ、そんなこと、させないわよっ⁉ マウシィの呪いは、このワタシが全部解呪するんだからっ! そんな、死の呪いだって……!」

 そして、ハルマに向かって掴みかかろうとした。


 すぐに、周囲のニワトリ頭たちがそんなアンジュを取り囲んでしまう。そのうちの何人かは剣や槍のような武器も構えている。儀式を邪魔する彼女を、強制的に黙らせようというのだろう。

「やめろ」

 だが、ハルマの一言が、彼らを引き止めた。

「貴様らには、言ってあるはずだ……。吾輩は、血なまぐさい争い事を好まない……。吾輩たちは、醜い暴力を振りかざす無法者などではなく……太陽神の裁きを司る、正義の教団なのだから……」

「な、何が『正義』よっ⁉ 噂は聞いてるわよっ⁉ アンタたちなんて、タチの悪いテロリストまがいの新興宗教で……」

「ふ……」

 そこで、ハルマがアンジュに向かって、ニヤリと笑った。

「そう……吾輩たちが手を下さなくとも、罪人には正しく罰が下るのだ……。神の怒り……偉大なる神の呪いが……。ふふふ……」


「ソォリィ! エェフ! ソォリィ! エェフ!」

 それをきっかけに、神の名を連呼するニワトリ頭たち。さらには、「太陽神に届け」とでも言うように両腕を上に伸ばして、高くジャンプを繰り返し始めた。

「ちょ、な、何よ……⁉」

「偉大なる太陽神ソリエフに願う……。愚かなる罪人に、神の呪いを授けたまえ……」

 ハルマも右手を天に掲げ、呪文のような文句をつぶやいている。すると、その手の周囲に、紫色のオーラのようなものが集まり始める。

「な……ア、アンタたち、何してんのよ⁉ や、やめなさいよっ⁉」

 何が始まったのかはまるで分からないが、無性に嫌な予感がする。

「あ、ああ……い、いいなぁぁ……」

 そんなふうに戸惑っているアンジュのことを、マウシィは羨ましそうに指をくわえて見ている。


「ソォリィ! エェフ! ソォリィ! エェフ!」

「な、何なのよっ⁉」

 止まらない胸騒ぎに耐えきれず、アンジュはニワトリ頭たちの輪の中から逃げ出そうとする。だが、どんどん激しくなる彼らのジャンプに、妨害されてしまう。

「あ、ああ! もおうっ!」

 それでも、アンジュが力づくで彼らを押しのけようとしていたところで……。


聖絶アナテマをっ!」

 ハルマがそう叫び、彼女に向けてオーラに包まれた右手を振り下ろした。

聖絶アナテマをっ!」

 教徒たちも、声を合わせて同じ言葉を叫んだ。



「な、何を……」

 ハルマの手を包んでいた紫色のオーラが、その手を離れ、アンジュに向かって飛んでくる。

「くぅっ⁉」

 それはまるで、霧の中に入り込んでしまったようだった。手応えはなく、痛みも痒みもない。アンジュの周囲を紫色のエネルギーが包み込み、その視界を塞いだだけだ。

 しかも、それさえもすぐに本当の霧のように散らばり、消えてなくなってしまった。

「……?」

 残ったのは、なんとなく感じる居心地の悪さのようなものだけだ。何が起こったのか分からず、アンジュは周囲を見回していた。


「ふっふっふっ……」

 ハルマが、こちらをバカにするようにあざ笑っている。

「……」

「……」

 ニワトリ頭の教徒たちも――もちろん、中の人の表情が分かるはずもないが――笑っているような気がする。

 そして、かつては仲間だったはずのマウシィでさえも……。


 え……?


 そのとき一瞬だけ、マウシィが「不安そうな表情」をこちらに向けていたような気がした。

 しかし、まばたきをしたあとには、すでにさっきの「アンジュが呪われるのを羨ましそうに見ている表情」に戻ってしまっていたので、それはただの勘違いだったのかもしれない。



「ふ、ふふふ……ふは……ふはははははっ! これで、貴様も終わりだっ!」

 うろたえていたアンジュに、ハルマの言葉が届く。

「神聖な儀式を邪魔した貴様には、偉大なる太陽神による裁きが下ったのだ! もうどこにも逃げられんぞ! これから先、神の依代である太陽が天にある限り、『白き裁きの光』によって貴様の身は業火のように焼き尽くされるのだ! ふははははーっ!」

「は……? た、太陽……? 『白き裁き……』って……」

 ハルマの言葉の意味は分からなかったが……『太陽』や『光』という言葉につられるように、何気なく顔を上に向けた。


 ちょうど今は、正午くらいの時間だろう。

 空の高い位置から、太陽が煌々と地上を照らしている。西のほうに少し雲が見えるが、雨が降るようなことは無さそうだ。こんなことがなければ、町中央の湖のほとりでリゾート気分でも楽しみたいくらいに、気持ちのいい天気だった。

 色素の薄いアンジュの碧眼が、そんな空に浮かぶ太陽の『白い光』を、とらえた瞬間……、

「……ぐっ⁉ か、かはっ……」

 彼女は突然、強い息苦しさを感じて、咳き込んでしまった。


「か……く、はっ……ごふっ……」

 何か言おうとしても、それより先に咳が出てくるので、声にならない。

「……ぐ……ぐはっ!」

 ひときわ大きな咳とともに、金属のような匂いが、鼻を突く。口元に当てた手を見ると、べっとりとドス黒い血が付着していた。

「な、何、なの……? 何が、起こって……」

 わけが分からず、そんなことをつぶやくのがやっとだ。


 しかし、体の不調は喀血かっけつだけでは収まらなかった。

 内側から焼かれるような苦しさと、激しい寒気。それにともなう体の震えに、吐き気、めまい……。しかも時間とともに、それらがどんどん悪化していく。全身に力が入らず、立っていることも出来ずに、彼女は膝からその場に崩れ落ちてしまった。

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