第四話
「へ、へへ……さ、さぁてと……」
「薬が効かない猛毒」という体験したことのない恐怖に、ゴロツキたちはすっかり混乱して、あたりを右往左往している。そんな中、マウシィはようやく
「わ、私……これまでいろいろな人、魔物、動物から……こういう呪いをもらってきたわけなんデスけどぉ……。で、でも、血異人の人から呪われたことって、まだ、ないんデスよねぇぇ……」
ミナトを差す、血に飢えた魔物のように妖しく光る視線。
「な、何だてめえっ⁉」
「呪いっていうのは、その人の強い憎しみや恨みを、一方的に相手に押し付けること……。だ、だったら……私たちとは全く分かり合えない、全然考え方が違うとされている血異人さんなら……今の私には想像もつかないような……どろしぃちゃんや蛇の毒なんか目じゃないほどの、強烈な呪いをかけてくれるんじゃないか……。そう思ったんデスよねぇぇ……。だ、だから私、わざと血異人さんの馬車を止めて、怒られるようにしたんデスよぉぉ……」
ゆっくりと、ぎこちなく不気味な動きで、マウシィがミナトに歩み寄る。
「く、くそっ! 来るんじゃねえっ!」
あとずさりしながら、ミナトは自分のスキルで様々な武器を作って、マウシィに投げつける。だが、それらもさっきの剣のように、自動的に動く呪いの人形によって防がれてしまう。
「だ、だから来んなって……ぐっ⁉」
焦りすぎたせいか、彼は何かにつまづいてその場に尻もちをついてしまう。それでも必死に逃げようと、無様に両手両足をバタつかせている。
「ぎゅふ、ぎゅふふ……あ、あなたの馬車の邪魔をした私を、憎んでくれますかぁ……? て、手下のみなさんを倒しちゃった私を、恨んでくれますかぁ……?」
興奮で口からあふれてくるヨダレを、ダラダラと地面に垂らしているマウシィ。もちろん、それらも蛇の呪いによる猛毒に侵されているので、落ちた先の地面を黒く焦がしたり、生えていた植物を枯れさせている。
「う、う、うっかりあなたを殺しちゃったりしたら……悪霊になって、の、の、の、呪ってくれますかぁぁぁぁーっ⁉」
「うわぁぁーっ!」
まるで、アンデッドモンスターのゾンビが、人間を仲間に引きずり込もうとするかのように。両手を伸ばして、一歩、また一歩と、ミナトに近づいていくマウシィ。完全に人間離れしたその様子に、彼は恐怖で震え上がっていた。それは、最初の状態と完全に立場が逆転してしまったかのようだった。
しかし。
こんな惨めな状態になっても、やはり相手のミナトは、この世界の常識を超えたスキルを持ち、その力に魅入られてしまった残虐非道の血異人だ。
そんな相手をここまで窮地に追い込んでしまったら、何が起こるのか?
命の危険を感じた野獣がなりふり構わなくなったとき、どうなるのか?
それは、これまでに血異人たちの犠牲になってきた多くの者たちの例を出すまでもなく、明らかなことだった。
「ああ! な、なんてことなのっ!」
アンジュがまた、悲痛な叫びを上げる。
「は、はは……ははははっ! ザマァミロだっ!」
「うう……」
ミナトからはまだ少し離れた位置で、マウシィが動きを止めた。
大量のドス黒い血が流れ出す彼女の左胸には、十本近くの剣が突き刺さっている。
「お、俺のスキルはな、この世界にあるあらゆるアイテムを……
ミナトが自分の血異人スキルによって、複数の剣を
「バ、バッカじゃねーのっ⁉ な、何が、『呪いの人形』だよっ! 何が、『毒消しも効かねー猛毒』、だよっ! 呪いなんて、ただのバッドステータスだろーがっ⁉ そんなもんで最強のスキルを持ってる俺と戦おうとするとか……お前、頭おかしいんじゃねーのっ⁉ つーか、気持ちわりーいんだよっ!」
先程とは一変して、勝ち誇って好き勝手なことを言うミナト。
しかし、それはある意味当たり前のことだろう。
一般的な認識からいえば、呪いなんて無いほうがいいに決まっている。
うっかり呪われたアイテムを拾ってしまったり、誰かから呪われてしまったら、どうにかしてそれを無くそうとする。呪いの発生源となる人物を倒したり、聖職者や聖女と呼ばれる者に祈ってもらったりして、一刻も早く解呪するのが普通だ。
それなのに、なぜか複数の呪いがかけられた状態を喜んでいる。それどころか、血異人から新しい呪いをもらおうとさえしている。
そんなマウシィが、異常過ぎたのだ。
だから、それがたった今、正しい方向に修正された。異常だった状況が改善され、「強い力を持つ者によって無力な少女が殺された」……そんな、当たり前の展開になったのだ。
今日のことは、話題の少ないこの村のトップニュースとして、しばらくの間は酒場を沸かせるかもしれない。だが、きっとすぐに人々の記憶から忘れ去られて、世界はいつもどおりに回っていくのだろう。
……と、思われたのだが。
「ぎゅふっ……」
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