第5話

「あ、あーあぁ……壊れちゃった、デスかぁ? ちょっと期待ハズレ、デスぅぅ……」

 自分を呪う前に気絶してしまったミナトに、失望した様子のマウシィ。もう彼には興味をなくしたようで、クルリと体を翻す。そして、大きな傷口が残る左胸を抑えながら、どこかへ向かって歩き始めた。

 ゴロツキたちはあっけにとられて、身動きがとれなくなっている。


 そんな中、

「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよっ⁉」

 我に返ったアンジュが、彼女を呼び止めた。

「ア、アナタ、どこに行くつもりなのよ⁉ そ、そんなボロボロの体で!」

「ほぇ……?」

 一旦立ち止まって、振り返るマウシィ。

 しかし、チラリとアンジュに視線を送っただけで、すぐに億劫そうに前を向き直してまた歩きだしてしまう。

「わ、私を強く呪ってくれる人は……どこかにいるんでしょうかぁ? 他の血異人の人なら……大丈夫なのでしょうかぁ?」

 アンジュを無視して、ボソボソと独り言をつぶやく。ときおり、また気持ちの悪い笑みを浮かべている。

「だ、だから……ちょっと……」

 そんな彼女の背中を見ているうちに、呼び止めるアンジュの声はだんだん小さくなってしまう。


 もともとは守るつもりだった彼女に、結果として守られる形になった。そのことには感謝を感じていないわけでもないが……。それにしたって、彼女は異常過ぎる。

 呪われている状態を喜んでいて、あんなにボロボロになっているのに、さらに強い呪いを求めている。聖女を目指す自分にとっては、ある意味で正反対の存在。異世界人の血異人よりもさらに異質な、住む世界が違う人種。普通に生きていたら関わり合うことのない……むしろ、関わり合うべきではない変人。

 だから、彼女のことは放っておいた方がいい。

 そのはず、なのに……。


 彼女をこのまま行かせてしまうのは、何か、違う気がした。

 彼女の、呪いに対する強い想いを。強すぎるフェチズムを、もっとよく理解しなければいけないと思った。

 その理由は……よく分からないが。



 ガシッ。

 ノロノロと動く彼女に追いつき、強引に肩を掴む。

「診せなさい!」

 そして、まだ「見習い聖女」なりに、一応は使える神聖魔法で、マウシィの心臓の傷を治癒し始めた。

「あ、ああっ⁉ な、何するんデスかぁぁーっ⁉ せ、せっかく血異人さんが私に向けてくれた、怒りや恐怖の証がぁ!」

「うるさいわよっ⁉ 気が散るから、話しかけないで!」


「う、うう……うううぅぅ……」

 治癒魔法によって心臓の傷が治っていくのを、もったいなさそうに見ているマウシィ。

「魔法で復元した血も、この子の体に入ると毒になっちゃうのね。まったく……とんでもない呪いだわ!」

「血……死底亡滅……」

 マウシィの全身をむしばみ、彼女に常に激痛を与えているらしい体液や、今も首を絞めている呪われた人形を観察しながら。しかし、自分に危険がないように一定の距離を取りつつ、アンジュは治療を続けた。



「これで……よし、と」

 やがて、マウシィの傷が完全にふさがると……アンジュは、満面の笑顔で宣言した。

「決めた! ワタシ、今後はアナタについていくことにしたから!」

「え? な、なんでぇ……?」

「アナタについていって、ワタシが、アナタにかけられた呪いを全部解呪してあげるのよ! それが、聖女のワタシの役割だものねっ!」

「え? え? ……え、えぇぇぇーっ⁉」

 思いもよらなかった展開に、マウシィはアンジュに掴みかかろうとする。

「な、何でそんな酷いこと言うんデスかぁぁーっ⁉ せ、せっかく、ここまで集めた私の呪いを! いろいろな人や魔物たちの私への想いを……愛の証を、全部解呪するなんてぇぇーっ⁉」

 アンジュは、マウシィのボロボロ服から自分の純白のローブに、汚れや黒ずんだ血のシミが移らないように器用にマウシィを避けながら。最初にゴロツキたちの前で見せたような強気な態度でこう続けた。


「呪いが、想い? 愛と同じ? そんなわけ無いでしょーがっ! あいにくワタシはまだ解呪魔法に関しては未熟……というか、勉強中で使うことができないんだけど…………でも! アナタみたいに呪いテンコ盛りの、『呪いマシマシ・アンハッピーセット』について行って、その呪いをずっと観察していれば……きっと呪いの知識も身について、解呪だってできるようになるわ! 強力な呪いを持っていて、しかもそのせいで不死身の体になっちゃってるアナタは、解呪の練習台としてちょうどいいってワケよっ! ワタシは解呪技術のための教材として、アナタを使う! アナタはワタシに呪いを解いてもらえる! お互いにメリットがある……まさに、ワタシたちはベストパートナーね⁉」

「ちょ、ちょっとぉぉーっ⁉ なに勝手なこと言ってるんデスかぁっ⁉ だ、だから私は、今のままで充分に満足していてぇ……」

「聖女と呼ばれたお母様の名にかけて……いいえ! 未来のナンバーワン聖女のホコリにかけて! ワタシは、アナタのようなかわいそうな子を見捨てたりはしないからね⁉ 感謝しなさい!」

「あぁー、もおぉぉー! 何なんデスかぁ、このおせっかいな人はぁぁぁぁーっ⁉」



 そんな調子で。

 とてもベストパートナーとは言えないような二人……数々の呪いをかけられた、呪い大好きフェチ少女マウシィ・オズボーンと、おせっかいで聖女見習いのアンジュ・ダイアースの、デコボコな冒険が始まったのだった。

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