第九話 〜マウシィside〜
「ぐ、ぐふふ……」
マウシィのボロボロの黒い布の服が、いつもよりさらに濃い黒に見える。それだけ、彼女の全身から大量の血があふれているということだろう。
しかし、両親から受けた呪いによって不死身になっている彼女なら、それは問題にならない。
むしろ、反撃として猛毒の唾液を食らってしまったラブリのほうが重傷のはずだ。
だが、
「ちょっとー? 女子の顔に毒かけるとかー……マウシィちゃん、ヤバいよー? あーしちゃんじゃなかったら、ぶちギレてるとこだよー⁉」
彼女は無傷だった。
さっき飛ばされたマウシィの唾液は、ラブリの顔にかかる前に魔法によって蒸発させられてしまっていた。今はただ焦げ臭い黒い煙となって、空中を漂っているだけ。マウシィの攻撃は、無効化されてしまったのだ。
「マジ、
さらには、何故か「自己テイム」によって変わっていた性格も元の軽い調子に戻っていたが……それはきっと単純に、さっきのキャラにラブリが飽きてしまった、というだけだろう。
「つか、さー」
一変して、さっきの攻撃のことなんて忘れてしまったように何でもない態度になるラブリ。オーラをまとった右手の人差し指をクルクルと回している。
「マウシィちゃんがどうしてそんなにアンジュちゃんにこだわってんのか……あーしちゃんには、意味わかんないなー?」
「だ、だからアンジュさんは、こんな私を気にかけてくれて、呪いを解くためにここまで一緒に付いてきてくれた……や、優しい人デスから……。だから、私は……」
「優しい、ねえー? ……でもそれって、言い換えれば『誰にでも優しい』ってことでしょー? アンジュちゃんは聖女見習いで、みんなに優しくすることが仕事。だから、可哀相な呪われっ子のマウシィちゃんのことも放っておけなかった、ってだけでしょー?」
「そ、それは……」
意地悪そうな微笑みを浮かべ、虚ろな表情のアンジュを隣に呼んで彼女の頬をぷにぷにとつついているラブリ。
「あーしちゃん、知ってんだよー? この子ってさー、実はマウシィちゃんのこと、避けてたんでしょー?
「んなぁっ⁉」
触れてほしくない秘密を暴かれたような気分になって、マウシィは一瞬言葉を詰まらした。しかし、それを誤魔化すかのように、すぐに反論する。
「あ、あなたに、アンジュさんの何が分かるんデスかぁ⁉」
「それが……分かっちゃうんだなー」
得意げな表情で答えるラブリ。
「あーしちゃんのスキルでテイムされた子はね、あーしちゃんの質問に何でも答えてくれるんよー。で。実はマウシィちゃんがここに来る前に、マウシィちゃんのこと知ってそうなアンジュちゃんから、いろいろとインタビューさせてもらったんだよねー」
もう一度、「ねー?」とアンジュに尋ねるように言うと、操られているアンジュが無言でうなづく。
相手の自我を取り払って、自分の思い通りに動かすことが出来るラブリの能力。それを持ってすれば、その相手から情報を引き出すことも可能なのだろう。
「そんときアンジュちゃん、言ってたよー? 『マウシィちゃんのこと、どう思ってるー?』って聞いたらさー……『彼女を救いたいなんて言いながら、今まで避けてしまっていた』……『呪いを愛しすぎている彼女とこれ以上一緒にいる自信がなくて、昨夜、勝手な行動をとってしまった』……それが『彼女を傷つけてしまったかもしれない、申し訳ない』、ってー」
「ア、アンジュさん……」
「反省してるのはいいけどさー……でも、結局これって、マウシィちゃんのこと見捨てたってことっしょー? 結局、マウシィちゃんと付き合うのが
「……」
マウシィは、ラブリの隣にいるアンジュに、チラっと視線を送る。彼女はいまだにここに来たときに見た虚ろな表情のまま、その場に立ちつくしている。きっとまだ、ラブリの能力によって「楽しいだけの世界」の幻を見せられているのだろう。
「……ぐふゅっ」
それを見たマウシィは、何故かいつものような気持ちの悪い笑顔で吹き出す。そして、ラブリに言った。
「ぐふゅふゅ……ぐふゅふゅふゅふゅ……。あ、あなたはやっぱり……何も、分かってないデス……」
「えー?」
「ア、アンジュさんのこと……アンジュさんが、どれだけ『おせっかい』かってことを……」
「だーかーらー。それも分かってるんだってばー。あーしちゃんのテイムにかかってたら、隠し事とかはできないんよー? その状態で根掘り葉掘りインタビューしちゃったから、アンジュちゃんのことは趣味も家族構成も好みのタイプも、何もかも。マウシィちゃんよりも、よーく知ってんだってばー。実は、今アンジュちゃんが見ている『楽しいだけの世界』の幻覚も、そのときのインタビューで聞いたことを元に作っててー……」
そこですかさず、「あ。もちろん、エロいこととかは聞いてないよっ⁉ テイム中に相手が恥ずかしいと思うこと聞くのは、コンプラ違反だからねっ⁉」と、必要のないフォローを入れている。
「ぐひひひひ……」
マウシィはまた不気味に微笑む。それとともに、口元から猛毒の唾液が小さな泡となってあふれる。
「だ、だめデスねぇぇ……」
「えー?」
「や、やっぱり、全然だめデスぅ……」
妖しく光る目。
意味が分からずキョトンとしているラブリに、彼女はつぶやいた。
「アンジュさんは……本当に本当に……おせっかいなんデスぅ……。ウンザリするくらいに、生粋のおせっかいなんデスぅ……。でも……だから、こそ……私はあの人を、取り返すことが出来るんデスぅ…………ふひっ」
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