第八話 〜マウシィside〜
「あーしちゃんを、ただのギャルと思うなかれ……だよー?」
そう言うとラブリは、さっき取り出した
「前にネットで見たんだけどさー……人間の体には、危なすぎて普段は封印してる潜在能力があって、本当の力の十分の一も使えていないらしいんだよねー。でも、あーしちゃんのスキルを使えば、その心のストッパーを外して、全力を出すことができる……」
「そ、それって……」
「ま。実はそれは嘘、っていうネット記事も見た事あるから、結局どっちやねん! って感じもあるんだけどー。実際のとこなんて、どうだっていいの。大事なのは、『思い込む』こと。自分を信じること。あーしは強い……あーしは強い……あーしは強い……」
「それってまさか……じ、自己催……」
「そ。これは、自分で自分にテイムスキルを使う……自己テイムだよ!」
「いや、そんな言葉存在しないデスよっ⁉」
冗談にしか聞こえないラブリのセリフだが……そのスキルの効果は本物だ。
やがて、彼女の身体に変化が現れ始めた。
何の変哲もない普通の少女の細腕を、紫色の魔力のオーラが包み込む。目つきは厳しくなり、今までのヘラヘラとした笑顔も消える。わずかに開いた口元から、退屈そうに小さなため息が漏れる。
「はぁ……」
しばらくして、彼女が自分の顔に向けていたスマートフォンを外したとき。そこには、完全に別人のような雰囲気になったラブリがいた。
「今の私は、『最強の魔法使い』……もう、あなたに勝ち目はないわ」
「そ、そんな、バカなぁ……」
ラブリの突然の豹変に、半信半疑のマウシィ。さっきまでバカなことばかり言っていた彼女のことだから、どうせまたふざけているだけだ。下手な演技をしているに違いない。そう思った。
しかし。
す……。
ラブリが、オーラを帯びた右手を上げる。
次の瞬間、マウシィの体が宙に浮かぶ。そして、後ろに向かって吹き飛ばされていた。
「え」
空き教室の壁に叩きつけられる。あまりにも一瞬のことだったために、その衝撃が遅れてやってくる。
「……ぐぅっ」
苦痛のうめき声。舌を噛んでしまったのか、口の端から血が垂れる。
それでも、次の攻撃を恐れて逃げようとするマウシィだったが……体が自由に動かないことに気づく。
見れば、教室の壁に両手両足がめり込んでしまっている。木製の壁が、叩きつけられたときに一時的に粘土のように柔らかくなってマウシィの体を取り込み、今はまた元通りの固さに戻って彼女を拘束していたのだ。
もちろんそれも、ラブリがやったことだった。
「魔法の力は、精神の力。だったら、自己テイムによって私の精神を拡張すれば、どんな魔法だって使うことが出来る。『最強の魔法使い』にだってなれる。それって別に、不思議なことじゃないでしょう?」
右手にまとった魔力のオーラを揺らしながら、気だるげな様子でゆっくりとこちらに向かってくるラブリ。口調も変わっていて、さっきまでのネアカギャルの面影はない――未だに自分の能力を「テイム」と言ってることが、唯一残っている彼女らしさだろうか。
「く……」
教室の壁に貼り付けのようになって、マウシィは身動きが取れない。その前までやってきたラブリが、挑発するように、ゆっくりと人差し指で彼女を撫でる。頬、口元、首筋……。恐怖と嫌悪感が混ざったようなゾクゾクっという悪寒が、マウシィの体を震わせる。
「これで分かった? 力づくじゃあ、あなたは私には絶対に敵わない。話し合いで済んでいる今のうちに、負けを認めなさい」
マウシィの貧相な胸元まで這ってきたラブリの指が、ゆっくりマウシィの体を押す。すると、教室の壁がまた柔らかくなり、ズブズブとマウシィの体がその中に取り込まれていった。
ラブリに押された体は壁に沈んでいくのに、その壁の中でマウシィが体を動かすことは出来ない。それが魔法であるために、術者の都合のよいようにしか動かないのだろう。
「たとえ、あなたが不死身の体なのだとしても。今の私なら、この壁の中にあなたを埋め込んで、閉じ込めることだってできる。死ぬこともできず、永遠に壁の中に閉じ込められる……そんなの、イヤでしょう? だったらここで降参して、もう二度と私たち血異人には手をださないと約束して……」
「ぐふゅっ!」
そこで、マウシィがラブリに向かって唾液を飛ばした。
「ちょ、ちょっとっ⁉」
両手両足を壁に取り込まれて身動きが取れなくても、口を動かすことは出来たのだ。もちろん、蛇の呪いで体中に猛毒が回っているマウシィの体液は、それだけで充分な攻撃になる。口を切ったときの血とまざった猛毒の唾液には、さすがにラブリもひるんで後ろにのけぞる。
そのスキに、
「くっ……ぐ、ああぁぁぁぁぁーっ!」
マウシィは、力づくで腕や足を壁から引き剥がそうとする。木製の壁がバキバキと折れながら体に突き刺さったりするが、構わず力を込める。
そして、どうにかそこから脱出した。
「ぐ、ぐへへ……」
壁を構成していた木材が刺さって血まみれとなった状態で、マウシィはまたいつものように、気持ち悪く微笑んでいた。
「あ、あなたがどれだけ強くても……関係ないデス! ア、アンジュさんは、か、必ず、返してもらいますから……ぐひゅっ!」
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