第十ニ話

「あ、あなた……やっぱり、何も分かっていないデスぅ……」

「えー?」

 相変わらず余裕ぶっているラブリに対して、マウシィは言う。

「し、し、知ってますかね……き、昨日の夜のこと……ぐふゅっ!」

「昨日?」

「き、昨日の夜……私がホテルで眠っていたとき……アンジュさんが、私の枕元に来たこと……。そこで彼女が……私の顔に触れて……『ごめんなさい』とだけ言って、部屋を出ていってしまった、ことを……」

「え。それは知ってるよ? だからさっき言ったじゃん? インタビューで、アンジュちゃんからいろいろ聞いたって。つまりそれが、アンジュちゃんが言ってた『マウシィちゃんとこれ以上一緒にいたくなくて、置き去りにして一人で出て行っちゃったー』っていう……」

「いいえ」

 はっきりと首を振るマウシィ。

「や、やっぱりあなたは……全然、分かっていない……。アンジュさんのこと……アンジュさんが、どういう人なのか、っていうことを……」

 彼女はまた両手で自分の首元を・・・・・・かきながら・・・・・、「ぎゅふふ……」と笑っていた。


「アンジュさんは、ものすごく『おせっかい』なんデス。私が呪われてるって知って……勝手に私に付いてきてしまうような……。つきまとって、なんとか呪いを解こうとしてしまうような……そんな、やり過ぎなくらいに『おせっかい』な人なんデス……」

 これまで、気持ち悪がって誰も近づいてこなかった彼女からすれば、勝手に関わって来ようとする「おせっかい」なアンジュの存在は、相当のイレギュラーだっただろう。

「そ、そんなアンジュさんが……私の枕元に立って、『ごめんなさい』って言ったんデスよぉ? そ、それが、私を置き去りにすることを……大人しく、どこかに行ってしまうことを……意味してるはずが、ないデス……。そんなの、あの人らしくない……。『おせっかい』なあの人が、そんなことするはずない……。だ、だから……だから……私は、最初から分かってたんデス……。アンジュさんの、あのときの行動の、『本当の意味』が……」


「……あれ?」

 そこでラブリの頭に、ふと全然関係のないことが浮かんだ。


 さっきからずっと、気持ちの悪い顔で意味不明なことを言っているマウシィ。

 さまざまな呪いにおかされていて、しかもそれを喜んでしまっているという、呪いフェチで変態の彼女のことは、仲間のミナトから回ってきた情報で分かっていた。体液が猛毒になる蛇の呪いや、殺しても死なない不死身の体を作っている彼女の両親の呪い。それに……呪いの人形のことも。


 しかし……。

 ここまでラブリは一度も、その「呪いの人形」を目にしていない。

 一番呪いの効果が分かりやすいはずの……マウシィの命を狙い、常に彼女につきまとって彼女の首を絞めようとしている、と聞いていたはずの人形が……今、彼女のそばにはいない。

 マウシィがずっと首元をかいていられたのも、いつもなら首にまとわり付いているはずのその人形が、今はいなかったからだ。


「ん? んん? んんんん?」

 何かの気配を感じて……周囲を見回すラブリ。

 そして、

「……あ」

 見つけた。

 それ・・は、彼女たちがいる教室の端の方に、ちゃんといた。

 人形のくせに生き物のように手足を動かして、トコトコと歩いていた。


「の、呪い好きな私も、し、知らなかったんデスけどぉ……アンジュさんから聞いて、初めて知ったんデスけどぉ……し、し、知ってましたぁ? 呪いを解こうとして、それに失敗すると……その呪いが、解呪しようとした人に返ってくるんだそうデスよぉ……?」

「え?」

 その疑問詞は、「別の対象」に注意が向かっていたラブリが、マウシィの言葉を聞き返すため。それと同時に、その注意の対象……呪いの人形が「向かう先にあるもの」に気付いたことが原因だった。

 その呪いの人形――どろしぃちゃん――は、真っ直ぐに歩いていく。それは、本来の呪いの対象であるマウシィではない。もちろん、無関係なラブリでもない。


「あ、あの夜……お、『おせっかい』な彼女は……私の枕元に立って、私のヨダレを……呪われた体液を、採取してたんデスぅ……。私が眠っているうちに、体液と呪いの人形どろしぃちゃんを、部屋から勝手に持ちだして……私に掛かっているその呪いを、解いてしまおうとしてたんデスぅ……。で、で、でも……その技術が未熟だった彼女は、それに、失敗した……」

「え? え?」

 呪いの人形が、ラブリのすぐ隣にいた「その少女」のところに到着する。そして、その脚を掴んで体をよじ登っていく。ラブリの視線もそれに合わせて、その「人物」の足元から上に向かって動いていく。

 脚、白いローブ、凹凸のはっきりしたくびれと胸元……。

 そして、人形の小さな手が、「彼女」の首元に手を掛けて絞めようとするのと同時くらいに、マウシィが言った。


「つまり……今の彼女は、私と同じ呪いにかかっているんデス……。解呪に失敗したアンジュさんは、どろしぃちゃんの呪いと、蛇の猛毒の・・・・・呪い・・にかかっているんデスぅ……。呪いっていうのは、『自分の強い想いを、相手に押し付ける』もの……。だから、アンジュさんが眠ってようが、催眠状態で意識が別の世界にいってようが、関係ない……。呪いが『痛みを与える』と決めたなら……その痛みは、絶対にアンジュさんの元に降りかかる……。そしてその呪いによってアンジュさんは今……痛みを感じた……!」


 ガシィッ。

 「彼女」の左手が、ラブリの腕を掴む。

「え? ちょ、ちょっと……」

 思わぬ事態に戸惑っているラブリが、それに抵抗する前に……。


「い、い、い……」

 その「少女」……呪いの痛みによって覚醒したアンジュが、自分の首に手をかけていた呪いの人形を右手で引き剥がし、それを大きく振りかぶって、

「……痛っいのよっ! こんの、クソ呪いがぁーっ!」

 と叫びながら、ラブリに向けて思いっきり振り下ろしていた――状況はほとんど分かっていなかったはずなので、それはきっとただの八つ当たりだろう。


 ごちんっ!

「あうっ……」

 鈍い音とともに、伝説の剣ですら砕くような硬さの呪いの人形で、頭を強打されてしまったラブリ。ぐったりと、膝から崩れ落ちる。

「あわわわわ……」

 そして、白目をむいて気を失ってしまった。




「はあ……はあ……はあ……」

 息を荒くしているアンジュ。

 その間も、さっき武器にした呪いの人形は、自分の腕に絡みついてくる。全身にめぐる猛毒は、どんどん痛みを増している。

「だ、だ、大丈夫……でしたぁ……?」

 マウシィがそばにやってくる。

「ア、アンジュさんなら、きっとあのとき、私の呪いを解こうとしてたってことは……分かってましたぁ……。だ、だから私は、あの血異人さんとまともに戦う必要なんて、なかったんデスぅ……。あの人がどれだけ強くても、関係ない……。どうせアンジュさんは、そのうち呪いの痛みで復活するはずデスから……。わ、私はただ、それを待っているだけで良かったんデスぅ……ぐひゅっ」

「そ、そんなことより、マウシィ!」

 アンジュも、マウシィに詰め寄る。

「こ、こんな痛さを常に感じていて平気でいられるとか……どうかしてるわよっ⁉ 何が、解呪は必要ない、呪いは愛だ、よっ! ただ痛いだけで、こんなものが愛なわけないでしょーがっ!」

「で、でも……それがだんだん気持ちよくなってきたりしてぇ……?」

「気持ちよくないわよっ! ああ、もうっ! こうなったら、一刻も早くアンタの呪いを解呪するわよっ⁉ ぜ、絶対に……な、何が……何、でも…………」

「え? ア、アンジュさん?」

 ふら……。

 アンジュの体が、斜めになっていく。威勢よく叫んでいた言葉も、途切れてしまう。

 やはり、その呪いは相当強力なものらしい。猛毒の痛みに慣れていない彼女では、それに耐えることができなかったのだ。


 ラブリに重なるように、アンジュもその場に倒れてしまう。

「ア、アンジュさんっ! しっかりして下さい、アンジュさん⁉」

 マウシィの声がうっすらと聞こえる中、彼女はまた意識を失ってしまうのだった。

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