第十一話 〜マウシィside〜

「さ、最初から……私、不思議に思ってたんデスよぉ……」

 体を猫背に丸めて、不気味な声色で言うマウシィ。

「あなたの血異人スキルの、お、『おかしな使い方』にぃ……」


「ん?」

「あ、あなたのスキルは、その……『スマホ』とかいう道具を見せるだけで、相手のことを催眠状態にすることが出来る……」

「催眠じゃなくて、テイムね?」

「そのスキルのせいで、今のアンジュさんは意識を失って、あなたに捕まってしまっています……。不可解と言われていた『神隠し事件』も、そんな強力な能力があれば簡単に説明できますデスぅ……。どれだけ相手が警戒していても、鍵を掛けて閉じこもっていても……そのスキルで催眠して……」

「だから催眠じゃなく、テイムだってば」

 律儀に訂正するラブリだが、もうマウシィは気にしていない。

「『操り人形』にしてしまえば、どんな相手でもここまで連れてくることが出来る……。というより……その人物が自分から、証拠を残さないようにしながら、あなたのところまで来てくれる……。そ、それは……他の血異人の方たちと同じように、この世界の常識を超えた、とんでもないものデスぅ……」


 そこで苦痛で顔を歪めて、「ゴホッ」と一回咳き込むマウシィ。口をおおった両手にドス黒い血が付着する。

 それを見てニヤリと笑みを浮かべてから、彼女は続ける。

「でも……だったらどうしてその力を、私にも使わなかったのでしょうかぁ?」

「……う」

 余裕ぶっていたラブリがそこで初めてうろたえた表情を作って、一瞬硬直した。


「あ、あなたは私に、他の血異人さんたちのところに、行かせたくなかったんデスよねぇ……? 私が、血異人さんたちと戦うのを、やめさせたかったんデスよねぇ……? だったら……『スマホ』を見せるだけで、誰でも催眠出来るなら……私のことも、さっさとそれをやっちゃえばよかったはずデスぅ……。催眠することを、『楽しいことだけの世界』に連れて行って『友だちになる』ことだと考えていたあなたなら……それをしない理由なんて、なかったはずデス……。でも、あなたはそれをしなかった。私には催眠術をかけずに、説得しようとしたり、力づくで言うことをきかせようとした……」

「だ、だから、催眠じゃなくてテイムだっつーのっ! もう、何回言わせんのっ⁉」

 そんないらだたしそうな訂正も無視して、マウシィは結論を言った。


「それで、思ったんデス……。もしかしたらあなたは、私に血異人スキルを『使わなかった』んじゃなくて……もうとっくに『使っていた』んじゃないか、って……。使っていたのに、『私にそのスキルが効かなかった』んじゃないか、って……」

「……」

「つまり……あなたの催眠能力には弱点……無効化するための『条件』があって……私はそれを満たしていた。だから、スキルが効かなかった……というか、『催眠状態になってもすぐに解除されてしまっていた』んデス。その『条件』はきっと……催眠術が効いている人たちには無くて、私にだけ有るもの……。アンジュさんたちと、私との違い……。そんなの……呪いしかない。つ、つ、つ、つまり……あなたのスキルの、弱点はぁ……」


 そこで、

「『痛み』だよーん」

 さっきまでうろたえていたラブリが、開き直るようにケロリとした様子で、そう言った。



「そ。実はあーしちゃんのテイムスキルは、かけた相手が『痛み』を感じると、解除されちゃうんよー。それも肉体的な痛みじゃなくて、『精神的な痛み』? あーしのスキルで見せてる『楽しいことだけの世界の中で痛みを感じたとき』だけ、その世界から出てくることができるんよー」

 「肉体的な痛みはテイムでいくらでもシャットアウト出来るけど、精神まではそうはいかないからねー」と補足するラブリ。

「で。もしかしたらマウシィちゃんって、今どっか怪我してたりするー? それか、痛い系の持病とか? あ。違う違う。そっか。確か、ヘビに呪われてるせいで全身に毒がまわってて、常に激痛を感じてるんだっけ? ま。理由は何でもいいんだけどさー。とにかくそういう、『常に痛みを感じる状態』の人は、あーしのスキルでテイムしても、『楽しいことだけの世界』に一緒にその痛さを持っていっちゃうみたいなんよー。その人にとって『痛みを感じるのが当たり前』だから、幻覚の中でもその痛みを感じちゃう。で、元の世界に復帰しちゃうんだよー」


「ぐふゅ、ぎゅふゅふゅ……」

 それを聞いたマウシィは、自分の考えが間違っていなかったことに満足するように、また気持ち悪く笑った。


「?」

 その笑みの理由は、まだラブリには分からない。だが、彼女は今の状況に何の問題も感じていないようだった。

「で? それが分かったから、何? 確かにあーしちゃんのスキルは、ちょっと『痛み』を感じただけで解除されちゃうくらい、繊細だよー? だけど、だからって今のマウシィちゃんには、どうすることも出来ないんじゃね?」

 彼女は元の余裕ぶった様子に戻っている。

「だって、あーしちゃんが見せている『楽しいことだけの世界』には、『痛みを感じるようなこと』は何もないんだから。元から痛みを感じてる人以外は、新しく痛みを感じることなんてない。つーか、そもそも『そーゆー可能性がある行動自体出来ない』ように、テイム世界を作ってるんだよねー。『トゲトゲして危ないものは柔らかくしてる』し、なるべく怪我しないようなルールも作ってる。コケたらいけないから『廊下は絶対走らせない』……とかねー? もちろん、幻覚の中にいるアンジュちゃんに対して、外から痛みを感じさせる、なんてことも出来ない。

実は、テイム直後はあーしちゃんがインタビュー出来てなくてテイム世界も不安定だから、その辺も徹底されてなくて、うっかり意識が戻っちゃうこともあるんだけどー……。こんだけ時間が経った今じゃあ、それももうあり得ない。だーかーらー……今のマウシィちゃんには、アンジュちゃんを取り戻すことなんて絶対出来ないんだよーん」


 それは、真実だった。

 今のマウシィは、ラブリのスキルを解除する方法が分かったからといって、何もすることは出来ない。状況は、何も変わっていないように見えた……のだが。


「ぐふふふゅ……」

 マウシィはまた両手でボリボリと首元の傷跡やカサブタをかきながら、不気味に笑うだけだった。

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