第3話

 予想外に、とんでもない店に迷い込んでしまったアンジュたち。だが、その後ちゃんとした防具屋に行って、改めて必要な買い物を済ませることができた。

 最初に行った「呪具ショップ」は、あのあとすぐに、街の修道院が運営する神聖騎士団に通報しておいた。アンジュたちがホテルに帰る頃には、呪具の扱いに慣れている司祭や神聖騎士たちによって店ごと封鎖されたようだ。

 ……とここまでは、完全に本筋から外れた話だ。

 実は、アンジュたち二人がこの街にやってきたことに、それらは一切関係ない。彼女たちがこの街にきた本当の目的は、最近この街に広がり始めていた、「神隠し」の噂だった。



 それは、あまりにも不可解な事件だった。

 被害者の多くは学生だったが、それ以外にはこれといった共通点はない。それまで普通に過ごしてた人物が、ある日突然、何の予兆もなく、証拠も一切残さず、どこかに消えてしまう。それも、一日に十人近くが消えることもあれば、神隠しの噂に警戒して家に閉じこもっていた人物が、こつ然と消えてしまうことさえもあったのだ。

 自分がターゲットになることを恐れて、誰もはっきりと口にすることはなかったが……その事件の背後に、強力なスキルを持つ血異人が関係していることはほぼ間違いないと思われていた。


 そのため、「自分たちとは考え方が全く違う血異人から呪われたい」と思っていたマウシィは、今までこの街を目指して旅をしていたらしい。

 逆に、マウシィの呪いを解きたいアンジュにしてみれば、彼女を血異人に近づけることはなるべく避けたい。しかし聖女の娘として、罪もない人々が行方不明になっているという話を見過ごすこともできない。

 結局、不本意ながらも彼女と一緒にこの街にやってくることになったのだった。



 ホテルに併設のレストラン。豪華なシャンデリアで揺れるキャンドルの光が、テーブルの銀製カトラリーや食器を優しく照らしている。緩やかなテンポで流れる弦楽器ソナタが、格調高い雰囲気を演出していた。

「ふう……」

 さっき買ったばかりの上品な白いワンピース姿で、アンジュが食前酒に口をつける。

 旅の途中に着ていた「聖女のローブ」は、ホテルのクリーニングに出している。母からもらった大事な服なので、こういうきちんとしたところで手入れをしておきたかったのだ。

 一方、穴だらけ、血痕だらけで真っ黒だったマウシィのボロ布服は、もう捨てるべきだろう。特に思い入れがあるというわけでもないらしいし。今日何着か買ってあげた服のほうが、デザインも防御力もいいのだから。

 今は、その中でもホテルのレストランに相応しい、「ちょっとしたパーティ用のドレス」に彼女が着替えてくるのを、待っているところだった。


「まずは、見た目から……よね」

 マウシィだって、普通の格好をしていればそんなにおかしな娘には見えないはずだ。アンジュも最初は、ただの村娘と思っていたくらいだし。

 見た目を整えて。喋り方も普通にして。呪いフェチなんていう、ワケのわからない気持ちの悪い趣味をやめさせて。最終的には、彼女にかかっている呪いを、全て解いてあげて……。

 自分がすべきことを、再確認する。

 そうだ。そうやって、可哀想な彼女を世話してあげて、「普通」にすること。それが、自分がすべきことだ。そのために、自分は彼女について来たのだから。

 聖女見習いの責任感として、困っている人を見捨てられない。だから、どれだけ本人に反発されても、彼女につきまとっているのだから。


 ……本当に?


 自分の頭の中で、もう一人の自分がつぶやく。


 ……本当に、それだけなの?


 何が言いたいの? 意味が分からないわ。

 それだけ、に決まっているじゃない。それ以外に何があるっていうのよ? ワタシは、聖女の責任として…………。


 ……だったら、どうして……。


 今までアンジュは、「不幸な境遇の人間」に出会ったことは何度もあった。そういう人間に対しては、出来る限りの「施し」や「無償の愛」を注いで、その「不幸」を取り除いてあげてきた。だから、彼女の場合もそれと同じ。呪いという「不幸」を持った彼女を助けてあげるために、その呪いを解呪しようとしている……はず、なのに。どうして……どうして……。

 どうしてワタシは……昼間に立ち寄った修道院で、マウシィの解呪を頼まなかったのだろう。


 アンジュにはまだ、解呪の能力はない。でも、これだけ大きな街の修道院なら、その技術を持った人間はいるはずだ。

 強力な呪いはその分、解呪しようとする者が失敗して、呪いに取り込まれてしまう危険性も高くなる。そのため、費用が高くなりがちということはある。

 だが彼女にとって、それは理由にならない。シュエルドラード中の教会や修道院を取り仕切っている宗教国家トラウバートの実家には、充分な資産があるし。たとえ手持ちが足りなくても、聖女の母の名前を出せば、絶対に解呪に協力してくれたはずだ。

 それ、なのに……アンジュは「呪具ショップ」のことを通報しに修道院に行ったとき、マウシィのことは言わなかった。

 それは……。


 ……彼女の呪いを、解きたくないから……?


 バカバカしい。そんなワケない。


 ……呪いがある限り、これからもずっと、彼女のそばにいられるから……?


 そんな、そんなの……全然意味が分からない。理屈に合わない。

 だって、だってそれじゃあ、まるで私が……。


「ふう……。少し、飲みすぎてしまったかしら……」

 ウエイターを呼んで、飲みかけの食前酒を下げてもらう。酔いをさますようにコップの水を喉に流し込む。

 そして、

「それにしても……マウシィは遅くない? ドレスに着替えるのに、いつまでかかっているのよ⁉」

 大声とともに、答えの出ない不毛な考えを強引に中断した。

「あ、分かったわ! きっとあの子、ドレスの着方が分からないのね⁉ あー、はいはいはい! 確かに、着慣れていないと最初は手間取るかもね!」

 立ちあがり、ウエイターに席を外すことを伝えて、マウシィの部屋に向かう。

「まったく! ドレスを着たことがないなら、言ってくれればいくらでも教えてあげるのに! 恥ずかしがることなんて、ないんだからね⁉」

 大きめの独り言を言いながらも、まんざらでもない様子でニマニマ笑顔を浮かべているそんなサマは、いかにも「おせっかい聖女」らしい。だがよくよく見ればそこには、本心を誤魔化そうとしているようなぎこちなさが、薄っすらとにじみ出ていた。



 それから、マウシィの部屋の前までやってきたアンジュ。

「ちょっとマウシィー? 大丈夫ー? ドレスの着方がわからないのなら、ワタシが――」

 とドアを開けた……のだが。

「は……?」

「あ、アンジュさぁん……」

 そこにいたのは、確かに、ボロボロ服から「別の服」に着替えたマウシィだった。だが、その「服」は、アンジュが買ってあげたパーティドレスではなかった。

 彼女は恥ずかしそうに頬を染め、体をくねらせて、

「え、えへへ……。わ、私ぃ……やっぱりあのとき見かけた『この服』が、忘れられなくてぇ……。さっき、こっそり神聖騎士さんたちが封鎖していた店に忍び込んで、盗んできちゃったのデスぅ……。ぎゅ、ぎゅふふふ……。店員さんも盗んでいいって言ってたしぃ……大丈夫デスよねぇ?」

 彼女が着ようとしてたのは、最初に「呪具ショップ」で見た、呪われたゴスロリドレスのほうだった。


「マァー、ウゥー、シィィィ……」

 もはやゴブリンどころか、残忍なオーガのような邪悪な形相となったアンジュが、地獄の底から響いてくるような低いうなり声をあげる。肌は、真夏の炎天下にさらされたときのように、興奮で濃い血の色に染まっている。

 しかし、やはりそれに気づかないマウシィは、

「でも、ちょっと着てみて分かったんデスけどぉ……。多分これ、死んでしまうほどの強い呪いは、かかってないっぽいデスぅ……。多分、あの店員さんがちょっと盛って言ってただけでぇ……。全身の穴から血があふれ出すっていうより、呪いで肌がピリピリしびれるくらいでぇ……これじゃあ、ずっと着てても死ねないデスねぇ……。がっかりデスぅぅ……」

 なんて言う。


 それから、なぜか今のマウシィと同じような人形用のゴスロリ衣装を着ている呪いの人形と一緒に、

「ま、まあでも、それはそれとして……この服に肌を刺激される感覚は、意外と気持ちよくて、マッサージ効果がありそう、というかぁ……」

「抹殺死……死死」

 とか、

「あぁ。よ、よかったらアンジュさんも、ご飯の前に、ちょっと着てみますかぁ……? さ、最初は痛いかもしれませんけどぉ……で、でもそれがだんだん、気持ちよくなってきてぇ……」

「忌喪血逝逝……」

 とか、

「先に、ご飯にしますぅ……? お風呂にしますぅ……? それとも……の・ろ・い……的なぁぁ?」

「死・死・死……?」

 なんて、のたまう始末だ。


 そんな非常識な彼女たちに、アンジュはいつものように、

「いい加減に、しなさーいっ!」

 と、ホテル中に響き渡るような絶叫をあげるのだった。

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