第25話「四神獣」

「や……やった! 戻れたぜ! 大丈夫ですか!? 壱与様!」

「え、ええ……」

 黄金の光の中に立つ麟の足には、堂島と壱与がしがみ付いていた。


「怪我はないか? 伽耶」

「私は大丈夫……でもその代わりにお母さんが私をかばって……」

 麟は伽耶の腕の中でぐったりしている伽耶の母に目を移した。胸と腹に穴が開いて血が吹き出していた。

 麟はそっと母親の脈を取った。トクントクン、と、微かだが脈の音が聞こえた。

「大丈夫だ、まだ息はある! 玄武!」

「はい!」

 麟は振りかえると、黒い稚児の服を着た少女……玄武を呼んだ。玄武はトタトタと麟の元に駆け寄って来た。

「伽耶の母親の治療を頼む」

「分かりました!」

 玄武はそう言うと、伽耶の母の前にひざまずき、目を閉じて両手をかざした。

 すると、両手から眩いばかりの光が現れ、伽耶の母親の身体を包んだ。

「り、麟……この娘は一体……?」

 不思議がる伽耶だったが、母の身体を見て驚いた。何と光線で貫かれた胸と腹の血が止まり、傷口が塞がっているのだ。また真っ白だった顔にも赤みが差してきている。

「四神獣、最後のひとり『玄武』だ」

「お、おい、すげえな」

 堂島は玄武の光の力を覗き込んだ。

「俺たちの石化を治し、壱与様の傷を治したのが、この娘の能力なのか?」

「ああ、『死』以外なら、何でも治すことができる治癒のエキスパートだ」

「えへへ……」

 玄武は照れ笑いしながら治療を続けている。

「り、麟の方こそ、九尾の狐に遭遇して大丈夫だったの?」

 伽耶が尋ねる。

「ああ、玄武の力で撃退した」

「ちょ……ちょっと待てよ! さっき石化したときに見ていたが、狐を倒したのはこの娘じゃない! もっと目つきが悪くて、生意気そうなガキだったぜ!」

 堂島が驚きの声を上げる。

「あの……麟さん……」

 今度は壱与が口を開いた。

「『玄武』は蛇と亀、二体一対の神獣と言われています。私が感じた霊気はひとつの身体にふたつの心がありました。もしかして、この娘さんの身体には、もうひとりの人格が同居しているのでは……?」

「ご名答、その通りだよ。さっき九尾の狐を撃退したのは、コイツの身体に同居する双子の兄貴だ」

「麟さん、先程あなたは、この娘の能力を治癒と申しました。とすると、もうひとりの人物の能力は……?」

「『治癒』に相対する、すべての生き物に『死』をもたらす能力だ」

「へえ、でもそんなチートな能力なら、もっと早く使えば良かったじゃねえか?」

 堂島がとぼけた声を出す。

「バカ言うな」

 麟が堂島を睨んだ。

「玄武の死の能力は無差別攻撃だ。俺たちは石化、壱与は目が見えないから、死を免れたんだ。そうじゃなかったら、俺たち全員死んでたぜ」

「そ、そうなのか!?」

「それだけじゃない、コイツの兄貴は気まぐれでワガママで、気に食わないと何をしでかすか分からない爆弾みたいなヤツだ。俺の言うことも、まともに聞きゃあしねえ。だから、この札はできるだけ使わないようにしてたんだ」

「はは……でもお兄ちゃん、本当は優しいんですよ。さ……伽耶さん、治療は終わりましたよ」

 玄武が微笑みながら手を放すと、伽耶の母親はパチッと目を覚ました。胸と腹の傷は塞がっている。

「あ、あれ? 伽耶……私、どうしたの?」

「お……お母さん!」

 伽耶は母に抱き着いた。

「ありがとう、ありがとう……玄武さん……」

 伽耶にお礼を言われた玄武は、恥ずかしそうに麟の後ろに隠れた。


「こ、小僧、貴様、一体何者だ……?」

 麟が現れたことで、総帥の黒き結界は解けていた。驚く総帥に向かって麟は言った。

「おい、陰陽師の総帥さんよ、皆を屋敷の中に連れて行け、そして、もう一度アンタの力で結界を作れ」

 麟は大広間の結界を指さした。

「何だと? 貴様はどうする気だ?」

「決まっている」

 麟は真っ黒に変貌した月を見上げた。

「あの冥界の門を閉じる」

「ハハハハ!」

 真っ黒な月から、かぐや姫の笑い声が聞こえた。

「何をバカげたことを……冥界の門は完全に開いた。この扉を閉じるには、人間の力ではもう無理だ!」

「そうだな……だから、神の力を借りるのさ」

 その言葉を合図に、麟の前に四神獣の四人が立った。


「四神獣よ!」

 麟は左手を上げた。

「全員、守護位置に就け! そして冥界の門を閉じろ!」

「おう!」

 麟の号令を合図に四人は月の前に立つと、両手を月に向かって突き出した。すると、四人の手のひらから眩い光が現れ、月に向かって放たれた。

「な、何!? これは? め、冥界の門が!?」

 真っ黒だった月の端に黄色の光が浮かんだ。少しずつではあるが門が閉じつつある。

「バカな!? 小僧! なぜ貴様は人間の分際で、四神獣を意のままに操ることができる!? 貴様は一体何者だ!?」

 だが麟はその言葉を無視した。一方で四神獣は、全員、月に向かい光の光線を放出している。

「ク……クッ! このままで済ますか! お前たち行け!」

 冥界から飛び出した黒い魍魎たちが四神獣に襲い掛かった。それを見た麟は懐に手を入れると呪術符を取り出し、魍魎たちに投げつけた。呪術符が魍魎たちに張り付くと、動きが止まり消失した。

「だ、大丈夫かよ? 麟!?」

 伽耶の父を肩に担いだ堂島が心配そうに振り返ったが、麟は大声で叫んだ。

「俺のことは気にするな! 早く広間に戻れ!」


「チッ、このオレ様に指図とは。あの青二才が……!」

 庭で傷ついていた陰陽師たちを建物の中に連れ込むと、総帥は大広間の中央に立ち両手で印を結んだ。

 その瞬間、建物全体を眩いばかりの光が包んだ。冥界の門から出た魑魅魍魎たちは光の結界に阻まれ次々と消滅した。

「す、すごい……」

 圧倒的な光の結界の威力に伽耶は息を呑んだ。

「もう大丈夫ですよ、伽耶さん。お父様の結界は最強ですから」

 伽耶の隣で、壱与がニッコリ笑った。

「お父様」という言葉を聞いた伽耶は、先程のかぐや姫の女性の言葉を思い出していた。陰陽師総帥こそが、自分の実の父親だ、と。

(すると、ここにいる壱与は、母が違うものの、自分の妹……?)

 同時に風呂場で見た星型のほくろが頭に浮かんだ。

(あのほくろは偶然ではなかった。あれこそが、自分と壱与が同じ血を引く証だったのだ……)


 結界の中では黒須の毛皮が光を放っている。その毛皮を見た伽耶はスッと立ち上がった。

「伽耶さん、どうしました?」

 壱与が心配そうに声を掛ける。

「壱与さん、私……」

 伽耶は両拳を握った。

「私……麟を助けに行く……」

「え!?」

「私が……結界を出たばかりに、こんなひどいことになったの……」

 伽耶は大広間を見渡した。陰陽師たちは冥界から飛び出してきた無数の魍魎によって傷つき苦しんでいた。

「私は……私は、冥界の住人の血を引いている。私ならあの門を閉じることができる……だから……」

 伽耶は結界の外に足を踏み出した。

「か、伽耶さん……待って……!」

「壱与さん、みんなをお願いします……」

 伽耶は壱与に向かい、にっこり笑いかけると結界の外に飛び出していった。

「か、伽耶さ──ん!」


 壱与の声を振り切り、伽耶は麟の元に駆け出していった。

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