第18話「五行の宝」
「『守る』だと? この魔の血を引く女を?」
「……はい」
総帥の圧のある声にも負けずに、壱与は力強く頷いた。
「総帥……」
壱与は言葉を続ける。
「千年前の事件、私たち陰陽師の先祖たちは、結局、五行の宝をひとつも集めることができず、挙句の果てには月からの使者にかぐや姫も奪われ、時の帝から厳しい叱責を受けたと聞きました……」
総帥の顔が強張った。
「いわば、あの事件は陰陽師総本山の長い歴史における黒歴史……今回のことは、その時の汚名を返上する良い機会になると思うのです……竹村伽耶様を粛清するのではなく『守る』、この行為こそが、脈々と続く陰陽師総本山の本来の使命だと、私は思うのです」
壱与は姿勢を正すと、総帥にそう言い放った。
「ククク……」
少しの静寂の後、総帥のふくみ笑いが聞こえた。
「はっはっはっ! ガキだ、ガキだ、と思っていたが言いやがる。確かに正論だな、五行の宝のひとつがここにあるのなら、あの時のリベンジを噛ますのも一興だな」
そう言うと、総帥はスッと立ち上がった。
「いいだろう壱与、お前の言い分を聞いてやる。だが勝機はあるのか?」
「はい、私は見ました。伽耶様の周りには四つの光があります。そして、それを束ねる者の姿も……!」
総帥は、ほう、と言う顔をすると、周りを取り囲む雑兵たちに向かって叫んだ。
「よし、お前ら! 我ら陰陽師総本山は、たった今から方針を変更する! 八月十五日の『迎えの日』に向けて、竹村伽耶を守護する!」
「応(おう)!」
その命令を受けると、雑兵たちはわらわらと散って行った。
「そらよ」
総帥は毛皮を伽耶に向かって投げ、伽耶は毛皮を拾い上げた。
「感謝しろよ、その黒須の毛皮のおかげで、お前の首の皮は一枚つながったぜ」
伽耶は毛皮を大事に抱きしめた。
「さあ、そうと決まったら行くぞ、壱与。お前には、政治家どもから山のように依頼が来ている」
壱与は立ち上がり、伽耶にペコリと頭を下げると、総帥に続いて広間から出ていったので、大広間には麟と伽耶と堂島だけが残された。
「た、助かった~まさか、あの毛皮が五行の宝のひとつだったとはな~」
緊張が解けた堂島が、ごろんと仰向けに転がった。
「おい、堂島」
麟が大の字になった堂島に声を掛けた。
「何だよ『五行の宝』って? 何でアイツらは、急に態度を急変させたんだ?」
(そうだ。なぜ急に自分を守ると言ってくれたのか?)
伽耶も疑問を感じていた。
「あ、ああ……そうだな、いい機会だ。話してやるよ」
堂島はあぐらをかくと、話し出した。
「かぐや姫の物語……竹取物語のあらすじは大方話したよな?」
「ああ」
「竹取を生業にする老夫婦は、竹山でひとりの女の赤ちゃんを見つけて育てた。その赤ちゃんは『なよ竹のかぐや姫』と呼ばれ美しく成長する。そして物語終盤に、五人の貴族からプロポーズされる。その時、かぐや姫は五人に五つの宝物を差し出すことを結婚の条件とした。その五つの宝物こそが『五行の宝』だ」
「え? 何で、かぐや姫は五つの宝物を要求したの?」
伽耶が首を傾げる。
「かぐや姫が要求したんじゃない。要求したのは、陰陽師総本山だ」
「ど、どういうこと!?」
「世間一般に伝わっている竹取物語は、後の世の創作ってことさ。実際の竹取物語は、月……あの世の化け物と陰陽師総本山の戦いの物語なんだ」
伽耶は息を呑んだ。
「老夫婦が赤ちゃんを拾い育て美しく成長するまでは同じだが、その後の話が違う。実際は、かぐや姫が満月の夜に月に向かって話しかけていることを不審に思った老夫婦が、陰陽師総本山に相談したんだよ」
堂島の説明は続く。
当時、舞台となった都……京都では魔による事件が頻繁に起こっており、陰陽師はその対応に追われていた。それで相談を受けた陰陽師総本山は、そのすべての原因が、かぐや姫にあると推理したという。
「陰陽師総本山は、かぐや姫を問いただした。そして、かぐや姫は告白した。自分があの世……つまり冥界の住民であること。二十歳の誕生日に冥界の使者が自分を迎えに来ることで、冥界の門が開くことをな。そこで陰陽師は五行の法則に基づき、五行の宝を持って、かぐや姫を迎えの者から守ろうとしたのさ」
「その五行の宝って……?」
「『蓬莱の玉の枝』『仏の御石の鉢』『龍の首の玉』『燕の子安貝』、そしてそこにある『火鼠の毛皮』だ」
伽耶は思わず手元の毛皮を見つめた。
「こ、これが五行の宝のひとつ……?」
「ちょっと待てよ、堂島」
麟が口を挟む。
「今聞いた限りだと、五行の宝はすべて聞いたことがない品物ばかりだ。どうやって集めたんだ?」
「集めてない」
「何?」
「集めることはできなかった。そして冥界の門は開いたんだ」
「千年前の満月の夜、冥界の門は開き、無数の魑魅魍魎が這い出してきた。陰陽師総本山と魍魎たちの戦いは凄惨を極めた。冥界の使者の数は圧倒的であり、陰陽師総本山は壊滅状態に陥った。そして、生者と死者の境目が崩れ、この世の終わりが近づく中、かぐや姫はあることを決断した」
「そ、それは何?」
「自らが冥界に帰り、内側から冥界の門の扉を閉めることだ」
伽耶は青ざめた。
「こうして事件は終わった。かぐや姫が月に帰ったというオチを残してな。ちなみにその時に這い出した冥界の連中の一部が、妖怪や幻獣として今も伝承に残っている」
陽は上り、大広間の気温も上がっていた。しかし、伽耶は震えが止まらなかった。
「これが竹取物語の真実だ」
堂島の話が終わると、麟が口を開いた。
「……分からねえな。そもそも何でかぐや姫はこの世に降り立ったんだ。それから何で千年も経った今、冥界の門を開こうとするんだ?」
「かぐや姫がこの世に来た理由は、正直分からん。真相は藪の中だ。ただ……」
堂島は伽耶をチラッと見た。
「総帥の見立てはこうだ。恐らく竹村伽耶の母親はその時、冥界に帰ったかぐや姫だ」
(かぐや姫が、私の母親?)
伽耶の背筋が凍った。
「そして、月が地球に最も接近する日が千年に一度訪れる。その日が……」
堂島は息を吸った。
「今度の八月十五日だ」
(私の誕生日……)
伽耶は自分という存在が、本当にこの世のものではないという現実を突きつけられた。
「堂島、それじゃあ、伽耶の父親は誰なんだ?」
「それは分からん。ただ冥界の女と交わるためには、かなりの霊力を持った人間じゃないと無理だと思うから、それ相応の能力を持った人物のはずだ」
「ど、堂島さん……」
伽耶が口を開いた。
「それで、この毛皮はどうすれば……?」
「おお! そうそう! 今回、嬢ちゃんを守るキーになるのが、この毛皮なんだよ!」
「え?」
「伝承では、五行の宝はひとつでもあれば結界の効力になると言われている。だからこの毛皮で結界を作り、嬢ちゃんを冥界の迎えから守るんだよ!」
「そうなの!?」
堂島が片目をつむり、伽耶に向かって親指を立てた。
「ま、まさか堂島さんはそのことを知っていて、あの獣に変身を……?」
「火鼠ってのは……」
麟が口を開いた。
「中国に住むという怪物。だがその存在は確認されておらず、一説には人間が魔に転生した姿とも言われている。恐らく、黒須さんは知っていたんだろう」
「そ、そんな……」
「そうだな、あり得るぜ」
堂島も続いて口を開いた。
「千年前、五行の宝を探すために腕利きの五人の陰陽師が遠方に派遣されたが、実は黒須さんの先祖は、火鼠の毛皮の探索に失敗した陰陽師のひとりなんだ」
「え……!?」
「黒須さんは恐らく知っていた。先祖からの言い伝えで、火鼠の正体が人間だって……だから最後の最後、火鼠に変化したんだ。それが嬢ちゃんを助け、尚且つ陰陽師総本山を味方に付ける唯一の方法だと信じてな……」
「黒須さん……」
「それから中国の小僧、お前のことも信じてたんだ。きっと火鼠になった自分を倒してくれる。そして毛皮を手にして、壱与様を救い出し、陰陽師総本山に行ってくれるって……」
堂島の声が震え出した。目に光るものが見える。
「黒須さんは初めから死ぬつもりだったんだよ、嬢ちゃんを守るために……くそ……くそ……水臭いじゃねえか、何でひと言、相談してくれなかったんだよ……」
堂島は腕で涙を拭い、畳を拳で殴った。そんな堂島を、麟は何とも言えない顔で見つめていた。
伽耶は手元の毛皮を見ていた。毛皮に涙が落ちた。
(黒須さんは私を守ってくれたのだ。自らを犠牲にして……)
伽耶は毛皮に顔を埋めると、声を上げずに泣き続けた。まぶたの裏に黒須の姿が浮かんでは消えた。
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