第17話「陰陽師総本山」
明け方の道を一台の車が走っていた。
運転席には堂島、助手席には麟、そして後部座席には伽耶と壱与が座っている。
「いやいや、しかし壱与様、お怪我も無くて何よりです」
ハンドルを握りながら堂島が愛想笑いをしたが、壱与は無言だった。
「ご機嫌取りはいいから、お前はしっかり陰陽師総本山へ案内しろよ。次も騙したら本当にただじゃおかないぜ」
助手席の麟が睨むと、堂島はヒイイ、と言いながらアクセルを踏み込んだ。
山の奥へと続く県道を走ると、目の前に大きな御殿が見えてきた。
「あ、あれ? この建物って……」
伽耶が窓からその建物を見て、驚きの声を上げた。
「ガイドブックや情報誌によく紹介されている有名な神社じゃない……?」
「ははっ、そうそう、ここが陰陽師総本山なんだよ」
陽気に話す堂島に対して、助手席に座る麟は首元に札を突き付けた。
「よっぽど、首と胴を離したいらしいな?」
「ちょ……ちょ待てよ! 本当だよ! ここが本当に陰陽師総本山なんだよ!」
「ウソつけ! こんな観光スポットが陰陽師総本山だと!?」
「いえ、麟さん、堂島が言っていることは本当です」
堂島をかばうように、後部座席の壱与が口を開いた。
「い、壱与さま~」
堂島は泣きそうな顔をしている。
「但し、その建物は仮初めのもの。本殿はその奥にあります」
車を関係者用の駐車場に停めると、堂島が先頭に立ち建物の裏に回った。そこには「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた大きな鉄製の門があった。
「さてさて、まだ大丈夫かな?」
堂島は門の横に付いている鉄製の箱を開けた。そこには電子機器があり、0から9までの番号がランダムに表示されていた。
ピッピッピッ。堂島が番号を打ち込むと、次に指紋認証の画面が表示されたので、堂島は自らの人差し指を機械に当てた。すると、ゴゴゴ……という音とともに鉄の門が開いた。
「最近の陰陽師はハイテクだろう?」
ドヤ顔する堂島に続き門の奥に入ると、そこには巨大なエレベーターがあった。
四人はそのエレベーターに乗り込んだ。ボタンはひとつしかなく、堂島はそのボタンを押した。するとエレベーターは上昇しだした。
「また、騙すんじゃないだろうな?」
麟が横目で堂島を睨むと「し、しつこいな小僧! 総帥のひとり娘、壱与さまがいて、そんなことするわけないだろう!」と、堂島は逆ギレした。
エレベーターのドアが開くと、そこには巨大な庭と二階建ての大きな御殿がそびえたっているのが見えた。
「観光客用の建物の上にある、この御殿こそが、真の『陰陽師総本山』だよ」
(ここが、陰陽師総本山……?)
伽耶はその巨大な御殿を眺めた。
「何だ、貴様ら!? こんな朝っぱらから!?」
突然大声が響くと、わらわらと十人ほどの法衣を着た雑兵たちが集まってきた。皆、手には鉄製の長い警棒のようなものを持っている。
「あ! 貴様、堂島じゃないか!? 竹村伽耶の粛正に失敗しておきながら、何をおめおめとこの場に!」
「ちょ……ちょ待てよ! これにはワケがあって……」
全力で否定する堂島だが、あっという間に取り囲まれた。
「ん? 待てよ……そこの女は、まさか竹村伽耶か!?」
「な、何い!? 壱与様が予知した、あの冥界の血を引く女か!?」
自身の存在に気付かれた伽耶は咄嗟に麟の後ろに隠れた。
「捕まえろ! そして粛正しろ!」
ひとりがそう発した瞬間、壱与が全員を一喝した。
「皆、やめなさい! この女性に手を出してはなりません!」
「い、壱与様……」
雑兵たちは、そこで初めて壱与が一緒にいることに気付き、皆、動きを止めた。
「お父様……いえ、総帥を呼んでください! 迎えの日のことで、話があります!」
伽耶たちは、そのまま本殿に通されて大広間に案内された。大広間は昔のお城のように殿様が座るような高座があり、四人は下座に座らされた。
しばらくすると、廊下からドカドカと足音がして障子が開き、ひとりの大男が現れた。
「来た……総帥だ……」
堂島が呟き、姿勢を正した。
大男はズカズカと大股で大広間に入ると、高座に上がり、ひじ掛けに片手を乗せると、いかにも尊大な態度で腰を下した。
身長は百九十センチを超え、筋肉質な身体に着崩した着物を着ていた。はだけて見える身体には無数の傷跡があった。歳の頃は四十代前半、短髪に高い鼻、眼つきは鋭く鷹のような眼光を放っていた。
(この人が、陰陽師総本山を束ねる総帥……)
伽耶がそう思った瞬間、男は口を開いた。
「堂島……俺の命令を遂行できなかったくせに、よくおめおめと戻れたモンだな」
低い威圧的な声だった。
堂島は、ひいい! と声を上げると、畳に頭をすりつけた。
「それから壱与……」
名前を呼ばれた壱与は、ビクッと反応した。
「俺に逆らって、自ら結界を破ったみたいだな……一体、どういうつもりだ?」
壱与は、実の父とはいえ、総帥の威圧的な態度に身体を震わせた。
「それから、そこの女、竹村伽耶……」
自分の名前を呼ばれた伽耶も、ビクッと反応した。
「わざわざここにくるとは、手間が省けるぜ」
総帥が片手をバッと上げると同時に、両隣と真後ろの障子が勢いよく開いた。そこには何十人という道着を着た雑兵たちがいた。皆、先程と同じく、鉄製の長い警棒や木刀を持って、伽耶たちを取り囲んでいた。
「粛清の時間だ」
誰もが総帥の圧に屈し、動きが止まる中、麟だけが冷静に口を開いた。
「ちょっと待てよ、俺たちは平和的な話し合いをしに来たんだ。話くらい聞いてくれても、いいんじゃねえのか?」
威勢を削がれた総帥は、鷹のような鋭い目で麟を睨んだ。
「貴様が報告のあった中国から来た小僧か? 何でも古代の仙人が使う『呪術符』を使うらしいな?」
「呪術符を……?」
皆がザワザワと騒ぎ出す。
「しかも、あの伝説の四神獣の内、三匹を式神として召喚したと聞く。まあ真偽のほどは分からんがな」
「い、いえ! 本当です! 私、この目で見ました! 『青龍』『朱雀』『白虎』をコイツは呼び出して……」
堂島が慌てて説明する。
「貴様は黙ってろ!」
「ヒイイ!」
しかし、総帥が一喝すると、堂島は脅えたような声を上げて畳に頭をすりつけた。
「何にせよテメエは、狗神使いに、俺が貸した式神の亀と食虫屋敷、それと魔に堕ちた黒須を退けている。俺たちにとって厄介な存在であることには変わりねえ」
「こ、コイツが黒須を殺した張本人か!?」
周囲から怒りを込めた声が上がった。
「テメエも粛清だな」
総帥が冷たく言い放つと、周りを囲んでいた陰陽師たちは麟ににじり寄った。
麟は陰陽師を横目に懐に手を入れた。その時だ。
「ちょ、ちょっと待ってください! お父……いや総帥!」
青い顔をした壱与が叫んだため、雑兵たちは動きを止めた。
「その黒須さんが変化した獣のことで、お伝えしたいことがあります!」
壱与がそう言って伽耶の方を見たので、伽耶はバッグから毛皮を取り出した。それは黒須が獣に変貌した後に、はぎ取った毛皮だった。
「何だ、そりゃあ?」
総帥が目を凝らした。壱与は話を続ける。
「黒須さんが獣に転生したあとの毛皮に触れて、私はある仮説を立てました。恐らく黒須さんが変化したのは、伝説の妖怪『火鼠(ひねずみ)』! そして、この毛皮こそが、我々陰陽師総本山が探し求めていた宝のひとつ『火鼠の毛皮』です!」
「な、何だと!?」
壱与の言葉に、今度は総帥が驚いた。
「謀るか……壱与! これがあの伝説の『火鼠の毛皮』だというのか!?」
「間違いないと思います……不服であれば、是非、是非……真偽を!」
壱与が畳に頭をすりつけて頼むと、総帥は立ち上がり、伽耶の近くに来て毛皮を手に取った。
総帥は毛皮をしげしげと見つめていたが、近くにいた雑兵にその毛皮を手渡した。雑兵は毛皮を持って庭に出ると、一枚の札を地面に置いた。すると、そこに火が出現した。
「やれ」
総帥が命令すると、男は火の中に毛皮を投げ込んだ。
(あ……! 毛皮が燃えてしまう……!)
しかし、止めようと立ち上がった伽耶の腕を壱与が掴んで、首を横に振った。
チリチリチリ……。毛皮を火が包む。
(このままだと、毛皮は燃え尽きてしまう)
そう思っていたが、予想外のことが起こった。何と毛皮は火を吸収し出したのだ。そして、燃え尽きず逆に前よりもキラキラと光り輝き始めた。
「おお!」
周囲から歓声が上がった。総帥は庭に降りると、その毛皮を手に取り、そのまま広間に戻ると腰を下した。
「驚いたな……火鼠の毛皮は火を吸収して光り輝くと言う。どうやら伝承通り、本物のようだ」
「は、はい」
壱与が答えると、総帥は壱与をじろっと見た。
「で? この毛皮を持って何をする気だ?」
総帥の問いに、壱与は震える身体を必死で抑えて答えた。
「ま……守りたいと思います」
「何?」
「この『五行の宝』のひとつ『火鼠の毛皮』を持って、竹村伽耶さんを守りたいと思います」
(五行の宝? 私を守る……?)
伽耶は思わず壱与を見た。
壱与は見えない目で、総帥をじっと見つめていた。
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