第15話「未来を視る少女」

 伽耶は牢屋の中で正座をしている少女を見つめた。

 長い黒髪は腰まであり、女性の伽耶から見ても、とても美しい顔をしていた。真っ白な巫女の服を着ていた。そして、この暗い牢屋の中でもピンと背筋を伸ばし、凛とした姿勢を貫いていた。


「あなたが壱与さんですか……?」

 伽耶が恐る恐る問いただすと、女性は表情ひとつ変えずに「はい」と頷いた。

 伽耶は動揺した。壱与が思ったより若く、また、どことなく薄幸な雰囲気を醸し出していたからだった。

「あなたは……竹村伽耶さんですね……」

 壱与は落ち着いた声で伽耶に問いかけた。

「私が見た予知のために、あなたには本当に辛い目に遭わせてしまいました。本当に……本当に申し訳ございませんでした……」

 そう言うと、壱与は深々と頭を下げた。

 伽耶は言葉に詰まった。形式的ではなく、壱与が本当に申し訳ないと、心から謝罪しているのが伝わってきたからだった。

「なあアンタ、何でこんなところに幽閉されてるんだよ?」

 麟が口を挟むと、壱与は下げていた頭を上げた。

「……そこにいる竹村伽耶さんの処遇を巡って、総帥と意見が対立したため、ここに閉じ込められることになりました」

「わ、私のことで?」

「はい……」

「話が見えねえな。一体、何があったんだよ?」

 麟の言葉を聞いた壱与は、事の顛末を話し出した。


「事の発端は、私が伽耶さんのことを予知したことが始まりです」

 壱与はゆっくり言葉を選ぶように話し出した。

「私には未来の出来事が見える『ビジョン』という能力があります。ある日、私はビジョンを見ました。それはひとりの女性が満月の夜に、冥界の門に向かって両手を広げている姿です」

「それが伽耶なのか?」

「はい……名前もはっきり見えました『竹村伽耶』と。私はその事を総帥に報告しました。そして、そこから話は急激に進みました。過去の文献から伽耶さんの存在が、かぐや姫と同じ冥界の血を引く者であり、冥界の門を開くカギということ……冥界の門を開けさせないために、伽耶さんを抹殺するということに……」

 壱与は更に言葉を続けた。

「私は驚き、反対しました。魔を滅することが陰陽師の使命とはいえ、何の罪もない女性を抹殺しようとしていることに……しかし、その結果、私は総帥の怒りを買い、ここに閉じ込められたのです……」

 そこまで言うと、壱与は両手を付いて再び頭を地面にこすりつけた。

「申し訳ございません……伽耶さん……私のせいで、あなたを本当に辛い目に遭わせてしまい……本当に申し訳ございませんでした……」

「あ、頭を上げてください、壱与さん。私がここに来たのは黒須さんの遺言なんです……黒須さんが言ったんです。壱与さんに会うようにと……」

 黒須、という言葉に壱与はピクッと反応した。

「黒須さんは、陰陽師の掟に背くわけにはいかない、と自ら獣になり死にました。そして、この毛皮を持って、壱与さんの元に行くように言ったんです」

 そう言うと、伽耶はバッグから獣の毛皮を取り出した。壱与は顔を上げて、伽耶の方を見たが、その目は焦点が合っていなかった。


「なあ、さっきから思ってたんだが……」

 麟が壱与の目を見ながら呟いた。

「お前、もしかして、目が見えないんじゃないのか?」

「え!?」

 伽耶も驚き、壱与の目を見た。その目は暗く沈んでいた。

「そうです……」

 壱与は頷いた。

「私は、生来目が見えません」

「そ、そんな……」

 伽耶は言葉を失った。

「未来を視る代償だと、総帥は言ってました……」

「アンタの境遇は分かった」

 麟が大きく息を吐きだした。

「だが、このままじゃあ、何も話が進展しない。この家から出る条件はアンタが牢屋を出ることだと聞いた。ここから一緒に出てくれないか?」

 しかし、壱与は力なく首を振った。

「出ることはできません……総帥に逆らうわけにはいきません」

「何でだよそれ? アンタ、陰陽師総本山の中でも、未来を予知できるから重宝されてるんだろ? それならある意味、総帥ってヤツよりアンタの方が偉いんじゃないか? 何をびびってるんだ」

「そういうことではありません。私にとって総帥は絶対的な存在なんです」

「どういうことだ?」

「陰陽師総本山を束ねる総帥は、私の実の父親なのです」

 その言葉に麟と伽耶は固まった。

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