第14話「人を食う家」

 一台の車が高速道路を走っていた。運転席には堂島、後部座席には麟と伽耶が乗っている。

「しかし、まさかこのメンツで京都に帰ることになるとはな」

 ハンドルを握る堂島がおどけた声を出したが、後部座席の麟は無言で窓の外を見ており、伽耶もその言葉に反応せず、両手に灰色の毛皮を握りしめていた。


 獣と化した黒須との戦いの後、黒須の伝言に従い、獣から毛皮をはぎ取った。

 そして、街で衣服を調達し、レンタカーを借りると堂島の運転で高速道路に乗ったのだ。行先は陰陽師総本山がある京都。

 しかし、目的は陰陽師総本山に行くことではない。黒須が言い残した陰陽師総本山の巫女『壱与』(いよ)に会うことが目的だ。

 車の後部座席に座る伽耶は、あまりに色々なことが起こりすぎて頭が混乱していた。

 自分が竹林で拾われたこと。

 自分が冥界の住人の血を引く存在だということ。

 そして……自分のせいで黒須が生命を落としたこと……。

 正直なことを言えば、逃げ出したかった。

 だがそれをしなかったのは、黒須が残した遺言があったからだ。この毛皮と壱与が伽耶を救うのだと……。何が何だか分からないが、今の伽耶にできることは、黒須の言葉を信じることだけだった。


「おい、堂島」

 運転する堂島に、後部座席から麟が話しかけた。明らかに年下の少年から呼び捨てにされた堂島は少しムッとした顔をした。

「……何だよ?」

「そもそも、壱与ってのは、何者なんだよ?」

 そう……伽耶も気になっていた。その壱与という人物が自分のことを冥界の門を開く『かぐや姫』だと予知し、挙句の果てには、陰陽師の軍団に命を狙わせ、結果、黒須をあんな姿になるまで追い詰めた。いわば今回の件の一番の元凶なのだ。

「壱与様は、陰陽師総本山の中でも屈指の予知能力を持つ女性だよ」

 黒須は前を見ながら答える。

「恐ろしいほど未来を的中する巫女でな。あまりの凄さに政治家たちや権力者たちが、占ってくれ、と後をたたねえ。壱与様がいるおかげで、俺たち陰陽師総本山は権威を保っていられるんだよ」

「ちょっと待て……黒須さんは、その壱与って女が幽閉されている、って言ったぜ。何でお前らにとって有益なその女が、そんな目に遭っているんだ?」

「その女のせいだよ」

 堂島は振り向いて伽耶の方を見た。

「え?」

「どういうことだ?」

「竹村伽耶の処遇を巡って、壱与様は総帥の怒りを買い、幽閉されることになったんだよ」

 堂島はアクセルを踏みこんだ。車は一路、西へ走る。


 それから数時間後、高速道路を下りた車は県道から少し外れた道に出て、辺りに何もない広大な山の中腹にいた。

 中腹にある空き地に車を停めた三人は、舗装されていない山道を歩きだした。堂島の話によると、山道を通った先に壱与が幽閉されている屋敷があるという。

 山道を歩くこと数分。目当ての屋敷に着くと、すっかり陽が落ちていた。屋敷は大きな古民家風の建物で、これまた大きな門があったが門は開いていて、玄関までの道には、かがり火が灯っていた。屋敷の外にも中にも、監視の人間はいない様子だった。

「幽閉されているにしては、随分、ご立派な屋敷だな」

 門の前に立った麟が堂島に話しかけた。

「ああ、壱与様は何だかんだ言っても、陰陽師総本山にとっては大事な存在だからな。存外に扱うわけにはいかないのさ」

 すると、堂島の言葉が終わるか終わらないうちに、伽耶は門を通り、玄関に向かって歩き出した。

「お、おい、思い切りがいいな、お嬢ちゃん」

 堂島も慌てて後を追うが、伽耶はずんずんと前に進んでいった。

(会わなくてはいけない……壱与という女性に……そして、問いただすのだ。本当に自分という存在が悪なのかを……)

 ちょっと待てよ。そう言って伽耶を追いかける堂島の後を麟も続いた。


 門を通り、石畳が敷かれた道を抜けると広い玄関に着いたが、玄関は開け放しになっていた。奥には高級旅館の玄関のような土間が見えた。

(おかしい……)

 伽耶は少し疑問を感じた。あまりに警備が手薄すぎるのだ。

(これが、本当に人を幽閉する場所なのだろうか?)

「おいおい、ここで靴を脱げよ」

 堂島のとぼけた声が聞こえる。自分たちを欺くような気配は全くない。

 気のせいだと思い、伽耶と麟が玄関から屋敷の内部に足を踏み入れた時だった。もの凄い勢いで堂島が家の外に飛び出た。

「かかったな、馬鹿ども!」

 そう言って堂島が片手を上げると、玄関の扉がぴしゃりと閉まった。

「ま、待て! 堂島!」

 麟が扉に手を掛けるが、扉は固く閉じて動かない。

「り、麟、これは一体!?」

「あいつ……俺たちをハメやがった」

 麟は忌々しそうに吐き捨てた。

「悪く思うなよ、小僧と嬢ちゃん! 俺も自分の命は惜しいからな!」

 玄関の扉の向こうで、堂島のおどけた声が聞こえた。

「この屋敷自体が、邪気を持たない式神なんだよ! でも騙したわけじゃないぜ、壱与様はこの屋敷の中にいる! じゃあな、お前ら!」

 扉の向こうで、堂島の走り去る足音が聞こえた。

「ど、どうしよう、麟……?」

「仕方ない。このまま壱与という女性を探そう。この家の中にいるのは間違いないからな」

 麟は懐からコンパスのような機械を取り出した。その針は少し揺れたかと思うと東の方向を指した。

「行こう」

 そして、ふたりは暗く長い廊下を歩きだした。


「ねえ麟、そのコンパスのようなものは何なの?」

 長く暗い廊下を歩きながら、伽耶が麟に話しかけた。

「これか? これは『魔針盤』っていう魔を感知する道具だ。ただ今は高い霊力を持つつ人間……壱与っていう女を対象に設定しているがな」

「犬井くんから助けてくれた時も、その道具を使って、私の居場所を探し出したの?」

「ああ」

「麟は、人探しをするために日本に来たって言ったよね。もしかして、その人ってのは魔……」

 そこまで言って、麟が急に立ち止まったので、伽耶は麟の背中にドンと顔をぶつけた。

「……麟?」

 伽耶は麟の背中にぶつけた鼻をさすった。

「着いたぜ、ここだ」

 魔針盤の針が指した先には大きな障子がああり、麟は両手で勢いよくその障子をバン! と開いた。


 障子の奥は大広間があった。真っ暗な闇が部屋を包んでいるが、ふたりはそこに何者かの気配を感じた。

「何だ、これは? ひとりやふたりっていう数の気配じゃねえぜ」

 麟がそう言った瞬間、部屋にパッと明かりが点いた。

 明かりが点いた大広間の光景に伽耶は目を疑った。部屋の中にいたはずなのに、そこには広大な空間が広がっていたからだ。そして、自分たちを取り囲む異様な気配に気付いた。

「り、麟……何? あの人たち……?」

 広間には無数の人……いや、人の形をした異形の者たちがいた。顔は崩れ、身体も崩れかけている。それはまるでテレビや映画で見るようなゾンビのような姿をしていた。

 ガアアアア! その異形の者たちは雄叫びを上げると一斉にふたりに襲い掛かってきた。


 そして……麟と伽耶が異形の者に襲われている頃、屋敷から逃げた堂島は車に向かって走っていた。

「へへ……やったぜ、これで竹村伽耶はお陀仏。お役目を果たした俺の命も助かる……と」

 口元に笑みを浮かべ、車のドアに手を掛けた時だった。急に足元から木の根っこが生えだして、堂島の足を地面に縛り付けた。

「え!? こ、この懐かしい感触はまさか……!?」

「ご名答、私の木の縄ですよ」

 堂島は顔を上げた。車の屋根の上に、黒髪で青い中国服の男が足を組んで座っていた。

「お、お前は青龍!? な、何でお前がここに!? あの小僧と一緒に結界に閉じ込められたはずじゃあ!?」

「麟が咄嗟に、私の札だけ屋敷の外に投げたんですよ」

 青龍は屋根から軽やかに飛び降りると、堂島の首に手を当てた。

「さてと……では、あの家から脱出する方法を教えなさい。さもないと、貴方の首と胴は離れ離れになりますよ」

 青龍の目は笑っておらず、堂島は泣きそうな顔でコクコクと頷いた。

 

 その頃、屋敷の中に閉じ込められた麟と伽耶に異形の者が襲い掛かろうとしていた。

 麟は伽耶を後ろにかばうと、懐に手を入れ、赤と白の札を取り出した。

「出でよ、朱雀! 白虎!」

 札から赤と白の閃光が走り、目の前に朱雀と白虎が現れた。

「ヤツらを倒せ!」

 麟の命令を受けた朱雀は襲い掛かる異形に手を向けた。手のひらからは、火炎放射のような火が巻き起こり、瞬く間に異形の集団を焼き尽くした。

 その一方で炎をくぐり抜けた無数の異形が襲いかかってきたが、白虎は麟と伽耶の前に立ちはだかると、拳を振り上げて襲い掛かる異形の者たちを次々と殴り飛ばしていった。

「す、すごい……」

 伽耶は驚きの声を上げた。何十人といたはずの異形の集団は次々と姿を消していく。

 だが、安心したのもつかの間、大広間の闇の奥から、再び異形の者たちがわらわらと湧いてきた。

「何だよ、コイツラ!?」

「……キリがないわね」

 朱雀と白虎は呆れた顔で、ため息を吐いた。


「麟……」

 その時、何もない空間に青龍の声が響いた。

「青龍か!? そっちはどうだ?」

「はい、どうやらその家は食虫植物系の式神ですね。その家に入り込んだ侵入者を捕らえるためだけに存在するみたいです」

「そうか……」

「使役者は、陰陽師総帥みたいで、その者でないと解除はできないみたいですが、もうひとつだけ式神の結界を無効にする方法があります」

「それは何だ?」

「その家に幽閉されている、壱与という女性を解放することです」

「分かった!」

 麟はそう言うと、魔針盤を再び操作した。

 針はしばらく揺れていたが、ピン! とある方角を示した。

「朱雀!」

 麟の呼びかけに朱雀は振り向いた。

「あの方角に壱与という女性がいる! 通り道を作れ!」

「分かったわ!」

 朱雀が指示された方角に向かって手を伸ばすと、手から炎が放出されて何もない空間に炎の道ができた。すると、炎は見えない壁に遮られたかのようにせき止められ、何もない空間がヒビを立てて崩れ落ちた。

「白虎!」

 そして、次に白虎を呼んだ。

「お前の毛皮で俺たちをかばい、あそこまで走れ!」

「よし、行くぜ!」

 白虎は毛皮をひるがえすと、麟と伽耶を自分の懐に入れて炎の中を走り、崩れた空間に飛び込んだ。

 飛び込んだ先は真っ暗な空間だったが、すぐ目の前に木で作られた牢屋が見えた。


「……誰ですか?」

 すると、突然その牢屋の中から、ひとりの女性の声が聞こえた。

 伽耶は暗がりの中、目を凝らしてその女性を見た。長い黒髪の少女だった。

 少女は暗い牢屋の中で正座をして、こっちを見ていた。

 しかし、その目は暗く、真っ暗な海の底のような色をしていた。

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