第13話「白虎」
真っ白な獣が伽耶の前に立っていた。
いや、正確には獣ではなかった。背が高い男で、真っ白な毛皮を着ていた。
男は両手を上げ、獣に背を向けながら、伽耶をかばうように立っていた。
「アンタ、可愛い顔してるくせに無茶しやがるな。麟が俺を呼び出さなかったら、丸焦げになっていたぜ」
男はニヤッと笑うと伽耶の手を取って立たせた。その手は厚く大きかった。
男の髪の色は金髪でオールバック。肌の色は褐色で筋肉質。身長はかなり高く二メートル近くあり、上半身裸の身体に、真っ白なコートのような白い毛皮を羽織っていた。
「あ、あなたは誰ですか……?」
「俺か?」
白い毛皮の男は、ドヤ顔をして胸を張った。
「俺様は四神獣のひとり『白虎』だ!」
白虎は白い歯を見せると、子どものような無邪気な笑みを浮かべた。
「ば、バカな……! し、四神獣の三匹目だと……?」
地面に転がったままの堂島は、突然現れた白虎を見て、驚きの声を上げた。
「四神獣を三匹も同時に使役するだと!? 小僧、貴様……一体、何者だよ!?」
「あ、危ない! 白虎さん!」
その時、白虎の背後から獣が炎を吐き出すのが見えたので、伽耶は大声を上げた。
しかし、白虎は白い毛皮をひるがえすと、獣の炎をまともに受け止めた。
伽耶は白虎が火だるまになったと思った。だが、白虎の毛皮は獣の炎に燃えつきることなく、そのまま鎮火した。毛皮には焦げひとつ付いてなかった。
「すげえだろ?」
白虎は伽耶に向かって、再びドヤ顔をして見せた。
「この白虎様の毛皮は燃えないんだぜ」
「青龍! 白虎のフォローを頼む! それから、朱雀は伽耶を守れ!」
白虎が獣の炎を受け止めている間に、麟が叫んだ。
「了解!」「分かったわ!」
青龍と朱雀は指示に従い、素早く飛んだ。
「白虎、フォローしますよ」
白虎の隣に立った青龍が話しかける。
「おう! 久しぶりだな青龍! 頼むぜ!」
「伽耶……絶対に私から離れないでね」
「は、はい!」
一方で、朱雀が伽耶をかばうように前に立った。
「白虎!」
麟が叫ぶ。
「その獣を叩きのめせ!」
「おう!」
白虎は指をゴキゴキと鳴らすと、獣に近づいた。
「さあ、ご主人様の命令だ。お前に恨みはないが、叩きのめしてくれるぜ」
雄叫びを上げて、獣が突進してきた。
「オラア!」
しかし、巨大な獣の突進を白虎は真正面から、がっしりと受け止めた。そして、左手で首元を掴むと右拳を獣の顔面に叩きつけた。強烈な一撃を食らった獣は後ろへ吹っ飛んだ。
グルルルル……。獣はうめき声をあげながら口を開くと火を放った。しかし、白虎は毛皮をマントのように翻すと、炎を真正面から受け止めて火を相殺した。
「無駄だ、俺に火炎は通用しないぜ」
「す、すごい……白虎さんの毛皮……」
白虎の毛皮の力に、伽耶が感嘆の言葉を漏らすと、朱雀が口を開いた。
「白虎が着ている毛皮は炎や冷気、風などの攻撃を無効化する……でもアイツの真の能力は、それだけじゃないわ」
獣が再び白虎に近寄ろとすると、青龍が両手で印を結んだ。すると獣の足元から無数の木の根っこが生えだして、獣の四つの足をがんじがらめにした。
「……グググ?」
獣は足かせを引きちぎろうとするが、根は深く食い込んで足を離さない。
「白虎、これで、あの獣は身動きできません」
「おう! 助かるぜ!」
身動きが取れない獣に近づくと、白虎の右拳が獣に向かって飛んだ。
「ドラア!」
続けて左拳、そして右拳……。無尽蔵の拳が獣に飛び、鈍い打撃音が湖畔に鳴り響いた。
「理不尽ともいえる圧倒的な暴力……それこそが白虎の真の能力よ」
伽耶を背に朱雀が呟いた。
白虎の連打を受けた獣は、四つの手足を青龍の力による木の根で完全に固定されているため、倒れることができない。
「ガ、ガアアア……」
ダメージは蓄積され、かつて黒須であった獣は瀕死の体で苦しみの声を上げた。
「とどめだ!」
白虎は拳に力を込めて、最後の一撃を放とうとした。その時だった。
「や……やめてえええ!」
伽耶の叫び声が響き、白虎の拳が寸前で止まった。
「お……お願い、やめて……」
「嬢ちゃん……?」
「白虎さん、やめて……そ、それ以上殴ったら、黒須さんが……死んじゃう……」
朱雀の後ろに隠れていた伽耶が、涙を流し懇願した。
「お願い、やめて……」
「構うな、白虎! とどめを刺せ!」
麟が叫んだ。獣は瀕死の状態で立っているのがやっとの状態だ。
麟と伽耶を交互に見ていた白虎だったが、頭をかくと、しかめ面をして、その場にドカッと座り込んだ。
「ふ──……」
「何をしている白虎! 俺の言うことが聞けないのか!」
叫ぶ麟に対して、白虎は冷たい目線を投げかけた。
「ああ、聞けないな」
「な、何!?」
「そこの嬢ちゃんが涙を流し、この獣の命を救ってくれ、と言っている。これ以上、俺にはできねえぜ」
「な、何を言ってるんだ!? 俺はお前の使役者だぞ! 何で言うことを聞かない!?」
「なあ、麟よ……」
白虎は大きく息を吐きだした。
「お前……俺たちと契約するときに何て言ったよ? 俺たちの意思を尊重する、って約束したよな? だからこそ、俺たちはお前を信用して契約を交わしたはずだ」
「く……」
痛いところを突かれたような表情を浮かべて麟は言葉を詰まらせた。白虎の言葉に青龍と朱雀もうなずいていた。
「コイツにはまだ人の心があるって、嬢ちゃんは信じている」
白虎は腕組みをしながら、伽耶を見た。
「白夜さん……」
「麟、オマエなら救えるはずだ、この獣に堕ちた男を。そして目を覚ませや、お前まで俺たちみたいに獣になることはねえ」
チッ……。麟は舌打ちをすると堂島に近寄った。
「おい、堂島とやら、あの獣の中から、何とかして黒須さんだけを助け出すことはできないのか?」
「ば……バカ言うな。魔と融合した人間が助かったケースなどない……」
その時だ。
「カ……カヤサマ……」
再び黒須の声が聞こえた。
「く、黒須さん!?」
瀕死の獣の顔の下あたりに、ボウッと黒須の顔が浮かんでいた。
「カヤサマ、コロシテクダサイ…… ワタシハモウ…… ヒトデハ アリマセヌ……」
悲しそうな表情で声を絞り出していた。
「黒須さん!」
伽耶は思わず黒須に向かって駆け出した。
獣の身体に浮かんだ黒須の顔は再び消えようとしていた。それを見た麟は叫んだ。
「白虎! 黒須さんを獣の身体から引きはがせ!」
「おう! その命令なら聞くぜ!」
白虎は素早く獣に近寄り、黒須の顔を掴むと、力任せに獣から引きはがそうと力を込めた。
「おおおお!」
白虎は獣の身体から強引に黒須を引っ張り出した。その瞬間、獣はけたたましい鳴き声を上げると、最後の力を振り絞り口から炎を放出した。
「キャアア!」
爆炎に襲われる伽耶の前に、青龍と朱雀が素早く飛び込んだ。青龍は両手で氷の盾を作ると盾で爆炎を防ぎ、朱雀は伽耶を抱き抱えると、炎から逃れるように空へ飛んだ。
炎を吐き出した後、獣はそのまま崩れ落ちて、ピクリとも動きはしなかった。
「あ、ありがとう朱雀さん、青龍さん……」
朱雀が伽耶を抱きしめたまま地上に降りると、伽耶はふたりに礼を言い、白虎の方に目を向けた。そこには獣が倒れていて、傍らに黒須の姿があった。しかし……。
黒須の身体は上半身しかなかった。下半身は獣に取り込まれた様子で、腰のあたりで千切れていた。
「黒須さん!」
伽耶は地面に横たわる黒須に駆け寄った。
「か……伽耶様……」
黒須にはまだ息があった。上半身しかない黒須の身体を見た伽耶は涙を流しながら、黒須の手を握った。
「何で……? 何でこんなことに……?」
「これで……これでいいのです……」
黒須は伽耶から目を背けると、麟に顔を向けた。
「おい……麟……」
麟も黒須に駆け寄った。
「あそこに転がっている獣の皮を剥げ……そして、幽閉されている壱与様の元へ行け……」
「いよ? 黒須さん、誰だよ、それ?」
「伽耶様の存在を予知した巫女だ。場所は堂島が知っている。俺の考えが正しければ……」
黒須は口から血をゴホッと吐き出した。
「伽耶様は助かるはずだ……」
そして、麟を見つめた。
「頼む……俺の最後の頼みだ。伽耶様を守ってくれ……」
「ああ、分かった」
麟が力強く頷くと、黒須は満足そうに微笑んだ。
「黒須さん……黒須さん……」
伽耶は黒須の手を強く握った。その手は急速に冷たくなっていく。
「か、伽耶様……」
黒須は最後の力を振り絞り、言葉を発した。
「暗く冷たい陰陽師の世界に生きてきた私にとって、貴女の優しさは、まるで太陽の光のようでした……そんな貴女を亡き者にしようとした私の愚かさをどうかお許しください……」
「黒須さん……」
伽耶は黒須の手を強く握り返した。
「許すも何も、私、黒須さんのこと信じてるよ……きっと……きっと何か理由があったんだって……」
「伽耶様……私は……」
黒須は伽耶を見つめた。
「貴女様を……ずっとお慕い申しておりました……」
その言葉を最後に、黒須の目から一筋の涙がこぼれて息が止まった。
「く……黒須さん!? 黒須さん!」
伽耶は必死で呼びかけたが、もう黒須は動かなかった。
「あ……ああああああ!」
伽耶は黒須の手を握りしめると、自分の頬に当て泣き続けた。
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