~幕間 解放のクロノスタシス~

第131話 はじまりの黒

 目が覚めたらゴミ捨て場で寝ていた。

 気持ち悪い、頭痛い、体が寒い。

 もうこのまま死ぬんじゃないか。そんな考えが脳裏を過るほどの感覚を味わったのは一体何年ぶりだろうか。

 昨日、浴びるように酒を飲んでいたことは覚えている。最後の方は記憶が曖昧だが、楽しい酒でなかったことは思い出すまでもない。


「このまま死んじまった方がいいかもな……」


 思えばクソみたいな人生だった。

 昔から両親は共働きで家になかった。寂しさから悪さばかりしていたことで、何度親が学校に呼び出されたかわかったもんじゃない。

 それだけならまだ裕福さの代わりに孤独なだけで済んだ。

 全てが狂ったのは親父が交通事故に遭ってからだ。

 職を失い、酒とギャンブルに沈み、親父は荒れた。

 お袋も介護疲れで俺に当たるようになった。

 美容師になってから逃げるように家を出て彼女の部屋で世話になっていたが、騙されて借金を背負わされた。好きな女だからって気軽に保証人になってはいけなかったのだ。

 それからはバーで引っ掛けた適当な女の家を渡り歩きながら職を転々とした。

 だが、運悪く手を出した同僚の女がヘアサロンの店長の不倫相手だったらしく、俺は責任を擦り付けられて職を失うことになった。


「やっぱ、女ってクソだわ」


 自分のダメさを棚に上げて毒づくことしかでない。

 季節は冬。このまま意識を手放せば楽になれる。


「おーい、生きてるか?」


 そう思った矢先、いきなり声をかけられた。


「……誰すか?」

「おっ、生きてた」


 何とか声を絞り出して重たい瞼を開くと、そこには同い年くらいの男が立っていた。


「野宿するには寒いと思うぞ?」

「はっ……ちょうどいいくらいだ」


 適当に返事を返して再び目を閉じると、そいつは俺の傍でどかりと胡坐をかいて座った。

 視線を横に動かすと黒いカーゴパンツに藍色のコートの裾が見えた。


「目に留まっちまったからには、放っておいてそのまま死なれるのも寝覚めが悪い」

「けっ、知ったことかよ」

「そう腐るなよ」


 こいつは一体何を言っているのだろう。見ず知らずの他人にかける言葉がそれか。

 初対面だというのに、友人のような物言いに、苛立ちが募る。


「元から腐ってただけだ。社会のゴミが自分の居場所にいるだけだっての」

「それなら今日はダメだな。燃えないゴミの日だ」


 ああいえばこう言う。もういっそ無視して寝てしまおうか。


「一回、胃の中も心の中も、溜まってるもん全部吐き出してみ。いろいろと楽になるかもしれないぞ?」

「うるせぇ」


 ああ、苛々する。舌打ちをしながら男の顔を視界に収める。

 すると、俺に声をかけてきた男は優しい笑みを浮かべていた。


「なあ、あんた。名前は?」

「人に名前を聞くときは自分から名乗るもんだ」

「おっと、そりゃそうだ」


 俺の言葉に男は納得したような表情を浮かべて自己紹介をする。


「筑間正治だ。さ、俺は名乗ったぞ?」

「……白純」


 ここが俺の人生の分岐点――俺の大恩人、筑間正治との出会いだった。

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