第130話 未来じゃ疎遠だった
目を覚ますと、そこは自室の床の上だった。
「知ってる天井ね……」
横になった状態で周囲を見渡すと、そこにはお酒の空き缶やペットボトルが転がっている見慣れた汚部屋だ。
「もしかして、あれは夢だったのかしら……」
転んで頭を打った衝撃で過去に戻るなんて都合の良い夢を見ていたのかもしれない。
……いや、都合は全然よくない。死ぬほど脳破壊されてキツかったし。
この痛みは頭を打った痛みであって、脳破壊の後遺症じゃないと信じたい。
「一応、明日病院行くかな……へくちっ」
くしゃみが出て寒さに身震いする。
やけに下半身がスースーすると思って体を起こしてみれば、スカートは捲れ上がり大股開きのオール御開帳状態。太ももや床についていた液体は既に乾いており、カッピカピになっていた。
「えっ、あたしこの状態で気絶してたの……?」
あまりの無様さに言葉を失う。
ピッチピチの制服着た三十路女が、一人暮らしの汚部屋で、下半身を丸出しにして、頭を打って倒れている。
もしあのまま死んでいて誰かに発見されることになっていたら。
そこまで考えたとき、顔から血の気が引いた。
「い、生きてて良かった……!」
心からそう思った。いや、それはもう切実に。
とにかく、早く着替えよう。それでもって高校時代の制服はもう封印する。
洗濯機に制服を放り込む。もう制服は二度と着ない。
「まさか、本当に延長戦があるなんてね」
あっちのあたしが最後に残した言葉を思い出して、私は思わず笑みを零す。
確かに自分の情けなさを突き付けられるようで、過去で過ごした時間は辛いものではあった。
それでも、過去で過ごしてきた時間は決して悪いものではなかったと思えるのだ。
「またゼロから頑張りますかね」
ひとまずは病院の予約をしなくてはいけない。
私はスマホを手に取ると病院探しを開始した。
検査の結果、特に異状は見つからなかった。
安堵のため息をついていると、スマホに通知が入った。どうやらメールがきたようだ。
「モンテ、公式……!?」
その連絡はなんとあたしが長年プレイしているゲーム、モンスターテイルズシリーズの公式からきた連絡だった。
後日、担当者の方から話を聞いて驚いた。
なんでもU-tubeチャンネルにて番組を始めるとのことだ。モンテがユーチューバーやストリーマーを起用する時代がとうとう来たかぁ……。
ゲーム実況は長年やっていたが、ここまで大きなコンテンツの公式番組は初めてだ。
よし、未来に帰ってきてからの大仕事だ。頑張るぞ!
「どうして、どうして……」
収録当日。あたしはゆったりとした制服に身を包んでいた。
制服はもう着ないと決意した途端にこれだよ。
「美桜さん、衣装はどうですか?」
「びっくりするくらい身体に馴染んでます……」
「はぁ……?」
何せしばらくの間毎日着ていたのだから。
まあ、衣装については何も言うまい。
この〝放課後モンテ部〟という番組は放課後に部室に集まってモンテをするという青春をテーマにした番組だ。
内容的には、攻略情報だったり、いろんな遊び方を紹介したり、本格的なバトル講座だったり様々だ。
問題なのは共演者だ。
「シロしゃちょー、入りまーす!」
「シロしゃちょー……あっ、今回はシロぶちょーでした。改めまして、本日はよろしくお願いします」
そう、シロしゃちょーこと白君が放課後モンテ部の部長として出演しているのだ。ちなみに副部長はあたしである。
「真宮寺さん、入りまーす!」
「真宮寺凛桜です! 本日は何卒よろしくお願いいたします!」
白君の次にはバカでかい声と共に凛桜が入ってくる。
ふざけんなよ、モンテ公式! 絶対あたし達が同級生なのわかったからこの番組作っただろ!
仲良し三人組だと思った? 実際はくっそ複雑な三角関係だよ!
「あー……二人共、久しぶりね」
「はなぶ――美桜さん、久しぶりだね」
「クユ――モモ、久しぶり」
「あんたら絶対本番中にあたしの本名呼んでNG出すでしょ」
内心でモンテ公式に毒づいていたが、昔と変わらない二人の雰囲気に毒気を抜かれてしまった。
「まあ、いいわ。こうしてまた会えたんだし」
疎遠になってしまったあたし達だけど、不思議な縁でやり直しの機会を与えてもらった。
過去の自分に負けていられない。この青春の延長戦、とことんやってやろうじゃないの。
「そういえば、あと一人の共演者がまだ来てないね」
白君、改めシロぶちょーがふと呟いた。
「なんだっけ、Vtuberってやつだから映像的には後から合成って感じになるらしいね」
「後撮りだと会話感がないなら収録のときは普通に生身で来るみたいよ」
最近の流行りの文化に疎いリラに捕捉する。
一昔前はVtuberが一般にそこまで浸透していなかったこともあるし、リラが詳しくないのも仕方のないことだろう。
あたしの場合は、高校時代のバイト仲間の翔子ちゃんがトップクラスのバーチャルシンガーになってたからそれなりに詳しいと自負している。
「シヴァインっていうモンテ対戦のトッププレイヤーよ。ガチ枠として呼ばれたみたいね。彼女の声、どこかで聞いたことあるのよねぇ……」
面識はなかったはずだけど、Vだし生身の方とはどこかで出会っていたのかもしれない。
高校時代のあたしはもう道を間違えないだろう。
未来じゃ疎遠になってしまったあたしですら、こうしてやり直せる機会をもらえたのだ。
きっと自分の殻を破れたあたしならもっとうまくやれるだろう。
ちなみに、このあとシヴァインさんについて衝撃の答え合わせが待っているとは露程も思っていなかったのだった。
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【お知らせ】
このお話で二章は終わりになります。
三章についてですが、一旦幕間としてただの日常的な話や分岐した未来での話を挟みたいと思います。
毎日投稿が厳しくなってきたので、投稿頻度は緩やかになりますが、今後ともよろしくお願いいたします。
また作者の別作品である「ルミナの聖剣~タイトル的にこいつが主人公だな!~」の書籍化が決定いたしました。
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