第120話 花(火)より男子
花火が行われるのは河川敷だが、僕達が向かうのはとある団地の屋上だ。
ここは花火大会の際には解放されていて、河川敷ほど混み合わないのだ。
屋上には既に大勢の人がいた。家族連れや学生グループ、カップルなど様々である。
僕達もその中に紛れて場所を確保する。
モモに至っては人混みを気にせずおっさんと重なって合体事故を起こしている始末である。物理干渉できなくても絵面がちょっとアレだな……。
『配信越しじゃない生の花火を見るのは何年ぶりかしらね……』
物憂げな表情を浮かべ、夜空を見上げているモモ。その姿はおっさんと重なっているせいで美少女が台無しである。
思えば、モモにはとことん振り回された。
彼女の行動によって未来は大幅に書き換わってしまった。
良き兄貴分になるはずだった筑間先輩との関係が希薄になった。
未来を知る機会が減ったことで、名前も知らない本来救えたはずの人達が救えなかった。
越後さんが事故によって体に残る傷ができてしまったことで、モデルになる未来が消えたかもしれない。
だけど、悪いことばかりじゃない。
紅百合と疎遠になると知ったからこそ、情けない僕は行動することができた。
もちろん、関係が拗れて告白はしづらくなったが、あのままじゃそれすらできなかったのだから、いい方向に変わったと言える。
そして、何よりも好きな人が亡くなる未来を回避するため、ずっと傍にいる覚悟ができた。
「たーまやー!」
「いや、早いよ」
しばらくすると、頭上で花火が上がる音がした。
夏の夜空に煌めく大輪が花開き、周囲から歓声が上がる。
次から次へと打ち上げられる花火は絢爛で美しく、儚い。
当たり前かもしれないが、花火は永遠に上がり続けることはできない。だからこそ美しいのだ。
ちらりと横を見ると紅百合が目を輝かせながら空を見つめていた。
その姿に目を奪われた僕はそっと手を重ねる。
最初は驚いたようにビクッとしたものの、すぐに受け入れて手を握り返してくれた。
きっと紅百合も僕と同じことを感じていたのだろう。
同じ時間、同じ景色を共有できる幸せを噛みしめたかったのだ。
「紅百合って花火みたいだよね」
「何よ、ヌペランカーみたいにすぐ散るって言いたいの? 汚い花火ってこと? 喧嘩売ってる?」
「いや、綺麗って言いたかったんだよ」
僕は紅百合の横顔をじっと見つめた。彼女は僕の視線に耐えきれず頬を赤く染める。
その姿が愛おしくて、思わず顔が緩んでしまう。
すると、仕返しとばかりに紅百合は指を絡めて恋人繋ぎへと変更してきた。
僕が混乱していると紅百合は悪戯っぽく笑う。
「どう? 完璧美少女との恋人繋ぎは?」
「いちいちそれをやらなきゃ気が済まないのか」
まあ、これも紅百合なりの照れ隠しという奴だろう。
改めて吉祥院さんに言われた言葉が過ぎる。
告白はただの確認作業。
ああ、確かにそうだ。
やっとわかった。こんなのモモに教えてもらうまでもない。
僕は紅百合が好きだ――それは紅百合も同じだったのだ。
「紅百合、君が好きだ。僕と付き合ってほしい」
ずっと喉元で止まっていたはずの言葉はすんなりと口を突いて出てきた。
「あたしも純が好き。わざわざ頼まれなくたって付き合ってあげるわよ」
いつものように淡々と告げた言葉だったけど、その顔が〝今、最高に幸せ〟だと物語っていた。
「花火はもういいわ」
「同感」
気分が盛り上がった僕らはそのまま人混みを搔き分けて階段を下りていく。
そして、人気のない団地の裏手につくと自然と笑い合う。
互いの視線が絡み合い、心臓の鼓動が高鳴り胸が苦しくなる。
そのまま僕は紅百合の唇に自分のそれを重ねた。
紅百合はすぐに受け入れてくれて、目を閉じて身を委ねてくれる。
その仕草にドキッとしながらも、僕は紅百合を抱きしめた。
全身に紅百合を感じる。その感覚がこの上なく幸せだ。
「純、好きよ」
何度も何度も口を離しては再び近づける啄むような口付けに、脳が痺れるような快感が走る。
「紅百合、これ以上はやばいかも……」
「んふっ、聞こえなーい……」
頬を紅潮させ息を荒くした紅百合は、獲物を見るかのように舌で自分の唇をなぞる。
あっ、これヤバイやつだ。
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