第116話 未来じゃ社長だけど……

 今年で僕も三十歳。過去に戻ってきたクロと同じ年齢だ。

 二十代に差し掛かってからやたらと時間の流れが速く感じていたが、仕事で忙しくて本当に目まぐるしい毎日だった。


 世間を騒がせた感染症も最近は落ち着いており、大きな箱を借りて行うイベントや大規模コラボも再びできるようになった。

 会社運営とユーチューバーの両立は大変だが、やりがいはある。

 子供の頃は遠い存在だと思っていた俳優や漫画家、大企業とコラボできるようになるとは思ってもみなかった。


「だからこそ、炎上は勘弁してほしいんだよな……」


 どこからか情報が漏れたのか知れないが、ネットでは僕と凛桜の熱愛報道がトレンド入りしていた。

 高校のときの同級生だったことや、バスケ仲間だったことがどこからか漏れてしまったようだ。そして、凛桜が僕に好意を持っていたということも。

 そのどこから、という部分は疑うまでもない。


「シロ、本当にすまん!」


 僕の前で土下座している共同経営者であり、ユーチューバーとしての相方でもある正治さんだ。


「前からハニトラには気をつけてくださいって言いましたよね?」

「そ、それは……」


 正治さんは言葉に詰まる。

 この人、仕事はできるしコミュニケーション能力は高いのだが、いかんせん女癖が悪い。

 以前にも、女性関係で問題を起こした上に情報漏洩で案件を飛ばしたことだってある。

 そのときは丸坊主にして本気の謝罪と禊のために滝行耐久したりして事なきを得ていたが、今回の一件が正治さんから漏れた情報だとすれば、いよいよアンチの活動が活発化してきてしまう。


 正治さんを切れば古参から不評を買い、不祥事を起こし続ける正治さんを庇い過ぎれば僕の信頼が落ちる。ここが分水嶺だ。


「凛桜がどんな思いでこんな釈明投稿したと思っているんですか」


 それに僕には許せないことがあった。

 それはネットに投稿された凛桜の釈明文である。


『応援して下さっている皆様へ


 いつも応援ありがとうございます。

 ご一読いただけると幸いです。

 現在、世間を騒がせているChroNotesのシロしゃちょー様との関係について、様々な憶測が飛び交い、皆様にはご心配をおかけしまい誠に申し訳ございません。


 端的に申し上げますと、私とシロしゃちょーの間には噂されているような関係はございません。


 確かに彼とは高校時代からの友人ではありましたが、ここ数年はお互いに活動が忙しいこともあって連絡も取っていませんでした。

 そのため、私とシロしゃちょーの間には交際関係は一切ありません。


 また今回の件についてChroNotesのお二方への取材はご遠慮ください。


 この度は世間をお騒がせしてしまい誠に申し訳ございませんでした。

 今後とも真宮寺凛桜とChroNotesのお二方の活動を応援してくださると幸いです。


 真宮寺凛桜』


 かつて好意を持っていた異性相手との熱愛報道がされ、それを自分で否定しなくてはいけないなんてあまりにも残酷である。

 それをしなければいけない原因を作ったのもかつて好きだった異性だなんて地獄もいいところだ。


「正治さん、あなたがいなければ僕はここまでこれませんでした。本当に感謝しています」

「し、シロ?」

「ですが、庇うのも限界です」


 僕の言葉に正治さんは絶句した。

 心のどこかでは、自分だけは大丈夫だろ思っていたのだろうか。


「借金は全て僕の方で返しておきます。ですから、もう……」

「そう、か」


 正治さんは項垂れると、力なく立ち上がる。


「……今まで世話になったな」

「それはお互い様です」


 どこで僕は間違えてしまったのだろうか。

 思えば、僕はいつだって正治さんをクロの代わりとして見ていた。

 だから、多少やらかしたところで本気で彼と向き合うことをしなかった。


 もしクロのように過去に戻れるのならば、何か変えられたのだろうか。

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