第117話 夏祭り その1

 今日で宙ぶらりんの関係に区切りをつける。

 そんな覚悟を持って僕は紅百合を呼び出した。


「お待たせ、待った?」


 紅百合は桃色の浴衣を身にまとっており、髪はお団子に纏めていた。下駄をカランコロンと鳴らしながらこちらに向かってくる姿はどこからどう見ても美少女である。

 実際、すれ違った男性達が紅百合に見惚れて振り返り、一緒にいる女性に睨まれている。……今ので何人のカップルが気まずい空気になったのだろうか。


 あとは後ろにパツパツの制服に身を包んだモモがいなければ完璧だった。最近慣れ始めてたけど、やっぱり普通にホラーだよ、あれ。


「僕も今来たとこだよ」

「はい、嘘」

「癖が直らないせいで全部バレる……」


 厄介なことに噓を付くときに鼻の頭を掻く癖はいまだに健在らしい。どうしたものか。


「それよりも、早く行きましょ。せっかくの夏祭りなんだから楽しまないと」


 紅百合は待ちきれないといった様子で僕の手を取って歩き出す。


 おっと、祭りに行く前に言わなきゃいけないことがあった。


「その浴衣、似合ってる」

「ふふっ、ありがと。お祭りデートならこれは外せないでしょ」


 紅百合は嬉しそうに笑うとぴょこぴょこと跳ねてみせる。反則レベルに可愛いんだが。


「どう、グッときた?」

「完璧美少女の浴衣姿だよ。グッとこないわけがないじゃん。何ならその質問自体にグッときてる」

「こうも素直だとさすがに照れるわね……よくもまあ、そんなこと言えるわね」

「夏だからね。気持ちも開放的になってるのかも」


 今更お互いに気を遣うような間柄でもないのだ。伝えたいことは伝えたいときに伝える。それでいいのだ。

 ストレートに褒められたことで恥ずかしそうにしている紅百合の手を取って歩き出す。


 周囲は祭りを楽しむ地元の人達で溢れかえっている。

 傍から見れば僕達はカップルに見えているのだろうか。浴衣姿で手を繋いでるからそう見られてもおかしくはないだろう。


「まず、どこから周ろうか」

「やっぱ焼き鳥でしょ」

「いきなりデートっぽくないのきたな……」


 思わずツッコミを入れるが、紅百合はそんなこと気にした様子もなく屋台の列に並ぶ。

 そういえば、紅百合の食の趣味って高校生時点で結構渋いんだよね……。

 ちょっと待つと、注文の順番が回ってきたので屋台のおじさんに注文をする。


「すみません、ねぎまを二本ください」

「あと砂肝とハツもください。どっちも塩で」

「し、渋いね……」


 屋台のおじさんの顔が引き攣っていたが、すぐに営業スマイルを浮かべて焼きたての串を差し出してくれた。

 お金を払うと、紅百合は不満そうな目で僕を見てきた。


「ちょっとお金」

「たまには格好つけさせてよ」


 モモが来てからというもの、不甲斐ない姿ばかり見せていたからね。

 僕の言葉に納得したのか、唇を尖らせながら紅百合は串を受け取ってくれた。


「やっぱ夏祭りは焼き鳥よね」

「塩味が夏の暑さと合うよね」


 大人になれば、これにビールも加わるのだ。きっと犯罪級のおいしさ間違いなしだろう。

 その証拠に――


『あぅ……ビール、飲みたい……』


 紅百合の後ろにいたモモが砂漠でオアシスを求めている遭難者みたいになっていた。

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