第114話 閉ざされた未来

 病院で処置を受けている越後さんを待っている間、僕達は無言だった。

 あの事故は、本来ならば起こるはずのない事故だった。

 いや、正確には起きていたのかもしれない。未来の僕やモモから観測できていなかっただけ。その地点に入り込んでしまった、そういう解釈が正しいのだろう。


 つまり、これは僕や紅百合が関与していないところで起きた事故である。

 未来において紅百合は亡くなる。クロの時間軸でも、モモの時間軸でも、だ。

 もし今回の事故、越後さんがまだ死ぬ運命にないから死ななかったのならば――。


「お待たせー」


 嫌な想像をしてしまった瞬間、包帯だらけになった越後さんが戻ってきた。

 汚れを落として治療をしたとはいえ、服が原始人スタイルになってしまっていた。ダメージ加工を超えて致命傷加工である。


「その恰好はまずいわ! とにかくこれ着て!」


 紅百合は慌ててオーバーサイズの白シャツを脱いで越後さんへと着せる。

 君、その下はキャミソールなんだから人のこと言えない格好になってるよ……うん、見てる分には大変良いとは思うけども。


「じゃあ、紅百合はこれ着なよ」


 僕は自分の来ていたサマーカーディガンを紅百合へと着せる。


「あ、ありがと」


 何か上着トレードみたいになってしまった。


『あっ、これは匂い嗅いでるわね……羨ましい』


 黙っていろ、カスの豆シヴァ。


「リラ、骨の方は大丈夫だったの?」

「ああ、それはこの通り平気だったよ」


 紅百合の問いに越後さんは腕を回しながら答える。どうやら骨は本当に無事らしい。

 しかし、あのド派手な擦り傷は下手をすれば跡が残ってしまう気がする。


 もしかして、越後さんがバスケ選手を引退後にモデルになる未来は潰えてしまったんじゃないだろうか……。


「浮かない顔だね、シロ君」

「ちょっと考え事をね」


 吉祥院さんの言葉に、僕はそう返すしかなかった。


「凛桜!」


 そこへ越後さんにどこか似た雰囲気の女性が慌てた様子でやってきた。


「お母さん!」


 スーツ姿の女性を見た瞬間、越後さんの表情がどこか嬉しそうなものへと変わった。やっぱり、越後さんの母親だったようだ。

 そりゃ警察から電話がくれば、さすがに飛んでくるよな。


「来てくれたんだ」

「当たり前でしょ。まったく、事故に遭ったって聞いたときは肝が冷えたわ」


 越後さんの母親はどこか安堵したように深いため息をついた。

 おっ、これはもしかして親子関係が良い方向に転がるのではないだろうか。

 娘が事故に遭ったと聞いて失った親としての心を取り戻す。そんな光景を幻視した瞬間――


「お姉ちゃんが受験期なんだから余計な負担になったら大変でしょ」

「あ……」


 そんな淡い希望は打ち砕かれた。

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