第113話 肝が冷える改変

 誰もその場から動くことができなかった。

 あまりにも一瞬の出来事だったからだ。

 道路とタイヤが擦れる音が鳴り響く。

 何が起こったのか理解が追い付かず、誰もが茫然とその場で固まってしまう。


『リラ!?』


 そんな中、真っ先に思考が動き出したのはモモだった。


『嘘でしょ! こんなの知らない! どうしてリラが、こんな!』


 半狂乱になりながらもモモは車を通り抜けながら越後さんの元へと向かう。

 それを見た僕も慌てて動き出す。


「越後さん!」


 そこでようやく放心していた二人も意識を現実に戻して動き出した。


「リラ!」

「リラち!」


 紅百合と吉祥院さんが僕に続くように越後さんの元へと駆け寄る。


「ふぃー、あっぶなー」


 すると、越後さんは呑気な声で少年を抱えながら立ち上がっていた。

 どうやら、間一髪で少年を抱えて車との接触を防げたようだ。


「越後さん、無事で良かっ――おおう……」


 越後さんの無事に安堵したのも束の間のこと。

 彼女の出で立ちは決して無事とは言えるような状態ではなかった。


 全力で少年を庇って地面に倒れ込んだせいか、肘や膝がズル剥けになっていた。

 服は破れ土埃に塗れ、髪もぐしゃぐしゃになっている。

 せっかくめかし込んだというのに、酷い有様だ。


「大丈夫、怪我してない?」


 一旦歩道まで非難すると、越後さんは少年をその場に立たせる。


「う、うん……ありがと」

「まったく、危ないでしょ」


 少年を叱ると同時に、ボールを回収するとそれを少年へと渡す。


「確認せずに道路に飛び出しちゃダメだかんね」

「わ、わかった」


 終始少年のことを気遣っている姿はまさに優しくて綺麗なお姉さんである。服はもう布切れといった方がいいくらいにボロボロだけど。

 少年もどこか恥ずかしそうにボールを受け取って、友達の元に戻っていく。


「いや、リラ! 病院!」


 我に返ったように紅百合が叫ぶ。

 まるで漫画のような光景に気を取られていたが、越後さんはどう見ても重症である。


「こんなんツバつけときゃ治るって」

「んなわけないでしょ!」


 紅百合が荷物を放り出して越後さんへと詰め寄る。


「さっきドライバーの人が警察と救急車呼んでたし、待機した方がいいんじゃないかなー」


 吉祥院さんの言葉に反応して道路を見ると、ドライバーの人らしき人が携帯で警察と話している光景が見えた。

 すぐに救急車もやってくるだろう。


『今のはさすがに肝が冷えたわ……』


 正気に戻ったモモは青い顔していた。

 僕は携帯を開くと、紅百合達から離れてモモへと声をかける。


「この事故は前の時間軸じゃ起きてなかったのか?」

『ええ、じゃなきゃこんなに焦らなわよ』


 モモは俺の質問に即答してくれる。

 確かにそうだ。モモの未練が越後さんとのことなら、この件だって修正していなければおかしい。


 未来を変えたから危うく越後さんが亡くなるところだったのか、それとも越後さんは亡くならないから事故に遭ってもピンピンしていたのか。


 果たして、どちらだったのだろうか。

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