第112話 助けたい

 それから筑間先輩に関しての作戦会議はどこへやら。

 小学生達にせがまれ、越後さんはバスケを教えることになってしまった。

 過去にバスケに誘われて救われた経験がある越後さんとしては、バスケ少年達の願いは無下にできなかったのだ。

 僕達も別にそれに関しては問題なかった。筑間先輩に関する情報は既に共有済みである。

 あとは具体的にどういったことをすればいいのか。そこを三人で詰めていければ問題はない。


 とはいえ、だ。


「やっぱり越後さんしか筑間先輩の心を開けない気がするんだよなぁ」


 僕がバスケ部に入らないという選択をした以上、筑間先輩の心を開くことは難しい。


「でも、リラのことだって妹分くらいにしか思ってないわよ、あの人」

「幼馴染ほどの付き合いはないけど、それに近い関係性って感じかなー」


 二人の言葉に、僕から吐き出されたのは大きなため息だけだった。

 だって、人の恋路の応援とかどうすればいいのかわからないんだもの。

 そもそも、そんなことができるのならば、とっくの昔に紅百合に告白している。


 ああ、この場にクロを召喚できたらどれだけ楽だったのだろうか。


「シロ君はさ、リラちをどうしたいの?」


 そこで真剣な表情を浮かべた吉祥院さんに問いかけられる。


「どうしたいって言われても……」


 少年達に楽し気にバスケを教えている越後さんに視線を向けてみる。

 汗で化粧が崩れることも気にせず、子供と同じ目線で接している越後さんは見ていて微笑ましい。

 モモの希望通りにこのまま彼女の笑顔が曇ることがなければ、それに越したことはないだろう。


「助けたいよ、友達として」

「だったら答えは簡単だよ。シロ君は作戦なんて考えずに真っすぐにぶつかっていけばいいんだよ」

「ふふっ、吉祥院さんもいいこと言うじゃない」


 紅百合も吉祥院さんの意見に賛成なようで、口元を緩めていた。


「白君は白君らしく考えなしでいいのよ」

「そうだね、余計なお世話は僕の専売特許だった」


 吉祥院さんが言うように、余計なことを考えずにまっすぐ向かっていこう。

 何もせずに今の状態が続くことになれば、きっと筑間先輩の心は荒んだままだ。越後さんとだって、このままじゃうまくいかないだろう。

 僕はまっすぐ、彼の心に向かっていかなくてはいけない。

 そう決意して、僕は再びバスケ少年達にバスケを教えている越後さんへと視線を戻した。


「「「綺麗な姉ちゃん、ありがとー!」」」


「またバスケしような!」


 どうやら心温まる交流は終わったようだ。……モモの言っていた性癖破壊云々は聞かなかったことにしよう。


「ごめん、お待たせ」


 それから越後さんの水分補給が終わった後、僕達は公園を出て家に向かおうとした。


「今度は外すなよ!」

「わかってるって!」


 バスケ少年達の声が遠くから聞こえてくる。きっと門限まで今日はバスケに興じることだろう。


「またかよ、下手くそ!」


 そんな矢先、再びボールが公園から飛んできてしまった。さすがにこれは注意した方がいいだろう。


 そう思ったのも束の間のこと。


 僕達が歩き出していたことから、その場にはボールを受け止める人間がいなかったのだろう。

 転がり続けるボールを追って少年の一人が道路へと飛び出してきてしまっていたようだ。


 よもや車と接触するかに思われたそのとき――


「危ない!」


 そのことに誰よりも早く気付いた越後さんが駆け出していた。

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