第105話 オフェンス
先輩がどうしてそんな表情をするのか、ウチは知っていた。
筑間正治。バスケ部に所属している者にとって、その名前は有名だった。
中学時代はバスケの強豪校で一年生ながらにエース級の強さを誇り、他の選手を圧倒していた。
高身長であり、運動神経も抜群。あと顔もいい。そんなバスケに関して、右に出る者はいない彼があるときから試合にまったく出場しなくなったのだ。
本人には聞けなかったから筑間先輩と同じ中学だった子に聞いてみれば、筑間先輩は周囲の嫉妬による嫌がらせを受けてバスケ部を退部したとのことだった。
「先輩にとっての楽しいバスケって何なんですか」
気がつけば、そんな言葉が口を突いて出てきていた。
「そりゃ和気藹々とみんなでやるバスケだろ」
嘘だ。先輩はそんなこと一ミリたりとも思っていない。
ウチと全力でやった1on1のときでさえ、先輩は不完全燃焼といった様子だった。
楽しいなんて微塵も思っていない。むしろ、楽しくない方がいいとも思っている。
筑間先輩はバスケに全てを賭けていた。だというのに、周囲の悪意によって本気でやるバスケに罪悪感を抱くようになっていた。
きっと、筑間先輩はこのままじゃこれからも本気でバスケに臨むことはできない。
ウチにはそれがわかる。だって、ずっと筑間先輩を見てきたから。
「筑間先輩、ウチでよければなんですけど……先輩の抱えてるもの分けてくれませんか」
「バカ言え、女に重いもん持たせられるかよ」
筑間先輩はウチの言葉を冗談交じりに笑い飛ばす。
ウチは筑間先輩が本気でバスケに打ち込む手伝いをしたいと心の底から思っていた。
自分の心を救ってくれた好きな人だから、ということもある。
筑間先輩はウチのヒーローだ。だから、そのヒーローが本気でバスケに打ち込んで、楽しそうにしているところを見たい。
それが筑間先輩への恩返しになると思ったから。
それに同じバスケに本気で打ち込む人間としても、彼がどこまで上り詰めるのかに興味があった。
「だったら奪いに行きます」
「ほお?」
「オフェンスに回ったウチは強いですよ」
「こりゃボールは死守しなきゃだな」
筑間先輩は肩を竦めると、また冗談めかして苦笑する。
この人は本当に自分の弱い部分を見せることを良しとしない。
「今んとこウチが奪えなかったボールはないんですよ」
「さすがは女バスの希望の星」
「それにウチは一人じゃありませんから」
だから、ウチは全力で筑間先輩の心の蓋をこじ開けなければならない。
そのくらいやってみせなければ、この人に告白するなんて夢のまた夢なのだから。
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