第106話 私の知り合いじゃないよ
本来の目的を忘れ――というよりも、本来の目的通りに僕達三人はお台場を満喫していた。
「いや、買い出しは!?」
両手にアイスクリームを持ちながら、僕は吉祥院さんへと尋ねる。
買い出しを口実に遊ぶのもいいけど口実として使った以上、目的は済ませなければいけないだろう。
「花火は買ったからモーマンタイ!」
「何で中国語……」
「吉祥院さんってノリでしゃべるとこあるわよね」
というか、買い出しが花火だけでいいのだろうか。
筑間先輩と越後さんは紙皿や紙コップを買ってもらっているのに、こっちの比重が遊びに傾き過ぎている気がしなでもない。
「そういう二人だって楽しんでたでしょー?」
「楽しくないって言ったら嘘になる」
「まあ、このメンバーで遊んで楽しくないわけがないわよね」
僕と紅百合は顔を見合わせて苦笑し合った。
「ほうほう、シロ君もくゆちゃんも一緒にいられて楽しいと」
「誘導尋問にもほどがある」
「誘導すらできてないけどね」
紅百合はこめかみに手を当ててため息をつく。
「でも、このメンバーで遊んで楽しくないわけがないってことはそう言えるよね?」
「それは言葉の綾よ。ちゃんとあなたもその中に入ってるから」
「えっ」
紅百合の言葉のどこが引っかかったのか、吉祥院さんは驚いたように固まった。
「どうしたの?」
「あっ、いや、ちょっとねー。あはは……」
吉祥院さんにしては珍しく目を泳がせて雑に笑って誤魔化していた。
もしかして、何か悩み事でもあるんだろうか。
前に相談してたときも、何だか訳ありな様子だったし、モモと越後さんの件が片付いたら聞いてみるのもいいかもしれない。
「そんなことより、服買おうよ服! せっかく、夏休みのバカンスなんだから!」
露骨に話を逸らすと、吉祥院さんは走りだす。
「あだっ」
「すみません、大丈夫ですか?」
慌てて走りだしたせいで、吉祥院さんは前から歩いてきた女の子とぶつかってしまう。
まったく、子供じゃないんだから……。
「吉祥院さん、急に走ったら危ないだろ」
「えっ、吉祥院?」
尻餅をついた吉祥院さんに駆け寄ると、ぶつかった女の子は驚いたように吉祥院さんの名前を呼んだ。
「ん、誰―?」
「あっ、いや、人違いです! 失礼しました!」
女の子は吉祥院さんに謝ると、慌てて立ち上がった。
そして、僕達のことなんて目に入らないといった様子で足早に立ち去っていった。
「なるほど……」
そんな彼女の後ろ姿を神妙な面持ちで眺めると、吉祥院さんはどこか納得したように頷いていた。
「今の子、知り合い?」
「ううん、私の知り合いじゃないよ」
吉祥院さんは紅百合の問いに首を横に振った。
知り合いじゃないのに人違いであそこまで驚くだろうか。
でも、いつもの明るさを失った吉祥院さんの表情を見たら何も言えなくなった。
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